幻燈日記帳

スカート澤部渡公式ブログ

ピザは愛の言葉

Twitterやニュースをみていて気分が落ちる。香港の件や現状のこととか未来のこと、自分にはどうすることもできない無力さを感じ、Twitterにその無力さだけでも残せないか、と、暗くて軽率で邪で簡単なつぶやきを書いたのだが全て消して「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」と書き換えた。「戦争に反対するための唯一の手段は」と吉田健一氏を透かしながら小西康陽氏をじっと見つめる。

友人が結婚した。恋人とふたりで並んで婚姻届の証人になった。証人になるのも生まれてはじめてだったけど、婚姻届を見るのもはじめてだったと思う。いろんな祝いの言葉が口から出ては足元に散らばっていく。「おめでとう!」も「お幸せに!」も意味を超えていかない。ので、下手くそな捺印にいろいろ込めた。

ミックス終わった!マスタリング終わった!もう聴かなくていいのに「トワイライト」を聴いてしまう。いいレコードができた!最初から最後まで流れで聴いて気持ちいいものになったから先行配信で聴いてもらうのも勿体無いのかな?なんて気持ちでいたけど、こちらのトレイラーはその流れが提示できた気がします。ある日、取材かなんかの帰り道にココナッツ寄ろうと井ノ頭通りを走っていたらちょうど夕暮れで「ああ」としか言えなかったんだけど、そういう一瞬があなたの目線でこのレコードに宿るといいなあ〜

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鳩がないている

10分で取材が終わり、新宿に放り出される。マネージャーと少しツアーのことなどについて話して、別れてから伊勢丹の銀行でいくらかの金をおろした。レコード屋に向かう。そう、印税が入ったのだ。31歳にもなると手放したものが遠く感じるし、手元にあるものさえ遠く感じるときがある。手放したものにこそ愛着が宿っていた、という気もするし、手元にあるものにだけ愛情を注いでいるような気にもなる。でも、きっと、どちらも美化だろう。美化というのはどういう現象なんだ。その中間(さよならアメリカさよならニッポンに倣うときのその中間だ)に気持ちを置きたい。

ああ、若かった頃、体重も今ほどなかったあの頃、金も今以上になかったあの頃だ。遊ぶ金欲しさに、聴きたいレコードを買うために、当時ハマっていたクイズ・ゲームをするために、昼食を食べるために手放したCD、レコード。あの時レンタルで済ませてしまったCDもある。買うのを諦めたものだってあったな。入った中古レコード屋でそういったものだけを手にとっていた。雪だとして考える。そうです都市に降るそれだ。降る雪は、積もる雪はきっと最初から泥のような色をしているわけではないのに、そうなんじゃないか、今、私がやっている行為というのは新しく積もっていく雪のはずなのに、最初から砂利や泥がついてしまっているのではないか。さあ、バランスが取れない。私の目抜き通りに積もる雪は未知のものでなくていいのか、と、店内を徘徊するがもうそういうモードになってしまっていて、どうにも修正がきかなかった。この店には窓がないからだと思う。

店を出てタワーレコードで買い物。デヴィッド・ボウイの1990年の日本公演のうさんくさいライヴ盤が出ていて「どれどれ」と収録曲を見てみたらボーナスディスクに1978年の日本でのライヴが入っていた。「STAGE」というライヴ盤がとにかく好きなんだけど、ここで収録されたライヴはツアーからしたら序盤のものだと知ったのはだいぶあとになってからだった。そのツアーの最終公演は日本で、当時NHKで放送された映像もYouTubeで見れた。でもこのツアーで演奏された"Stay"が大好きなのに放送ではカットされてしまったようだった。その日の"Stay"を聴きたいと思っていたのだが、そのCDにはなんと"Stay"がクレジットされていた。天にも昇る気持ちで家に帰って悪いと思いながらもスキップして"Stay"を再生してみたらZiggy Stardustに収録されている"Star"だった。誤植だった。普通に考えたらソースはNHKで放送されたものだろうから"Stay"が入っていないことなんてわかったじゃないか、と少し落ち込んだのだけど、また改めて調べたらヨーロッパツアー終盤のロンドン公演がCDになっていると知ったから近々それ買います。やっぱり雪は白くなくては。

更に王舟の新譜、空中カメラの新譜も買った。どちらも聞くのが楽しみ。

 

 

 

 

 

SGBB

「部屋に飾っていた」けど「プレイヤーもってないから聴いていない」ため「ほぼ新品」のレコードを一か八かでメルカリで購入。部屋に飾っていたから写真ではわからなかったぐらいほんのちょっとだけジャケット焼けてて、盤もちょっとだけ歪んでた。リリースから20年近く経つんだ。仕方ない。この賭けに乗ったのは私の方なので、評価はもちろん「良い」だ。

私の影はどこまで伸びる

電池が切れて変な時間に眠ってしまい、充電されて変な時間に起きてしまった。風呂に入って歯を磨いてすぐに眠った。部屋を出て医者にかかる。薬をもらい書店を覗く。欲しかった本は半分しか置いていなかったけど地元の本屋も利用していくことにした。「波よ聞いてくれ」と「天国大魔境」の新刊をそれぞれ購入。

部屋に帰り簡単だけどおいしい食事をとる。なぜ簡単かつおいしいか。それは沖縄で買った生麺とそばだしがあるから。白だしで鶏肉ちゃっと茹でて乗せりゃ沖縄そばの完成。あと一食分の生麺が希望の形をして冷蔵庫で待っている。素敵じゃないか。

アルバムの本当の追い込みはこれからだ。タイトルが決まっていない曲が数曲あり、アルバムのタイトルもまだこれだ!というものが出ていない。だけれども休みは必要だ、と電車に飛び乗り新宿のレコード屋をいくつか回る。ディスクユニオンではアレスキーとブリジット・フォンテーヌのレコードとかミカ・バンドのファーストをようやく買ったりした。タワーの10階にできたレコードフロアも初めて行った。すると我が社の社長、おもちレコード望月さん、流通会社でお世話になった新実さん、青い果実のDJ、KOYANMUSICさんらにばったり。その少し前にはSOLEILのそれいゆさん、その後にはNegiccoのMeguさんも居たようで場の求心力のエグさにおののいた。

値段は確かにちょっと割高かもしれないけど、おっこれは、というのも何枚もあったし今後も楽しみ。しかし何よりこのフロア、景色がいい。レコ屋特有の閉鎖感がなくて最高です。ずーっといれそう。多くのレコード屋が持つ居心地の悪さも好きなんだけど、逃げ場がなくて棚見ても目が滑ってただ彷徨うだけになることが結構多くて、そこにさらに普段聞かないような音楽が爆音で鳴ってたりするともうおしまい!っていう気持ちになってしまうけど、ここならそうなる心配があまりない気がする。少し解放的なココナッツやダウンタウンレコード、京都の10万tレコードとかの居心地のよさとはまた違う居心地のよさ。とにかく気分がいい。タワーの9階にあった窓際のニューエイジコーナーの試聴機が大好きだった。それを思い出していた。

ちょっと茶店でタイトルでもひねりますか、とか思っていたけどドッと疲れて帰りに大きな本屋寄って帰ってきました。

カーニバルへ

カフェアリエが閉店してしまった。「さみしいね」そういうと店員だったKくんは「そんなに来なかったじゃん」と笑う。今、住んでる街には6年暮らしている。この街には喫茶店やカフェがぼくの知る限り3つある。歩いて3分で行けるコーヒー屋に行った回数は1度きり。駅前にあるシャレたイキフンのくせに流れるBGMはYouTube由来で、片方のスピーカーが死んでるカフェは2回だけ。家とは反対側の出口を少し行った喫茶店もせいぜい3回だ。そんな私が年に数回顔をだす喫茶店は今までなかった。多分見知った顔がいる、というのは大きいのかったもしれない。喫茶店はファミレスよりは他人じゃない、と考えているのかもしれない。街の喫茶店が居心地よくなることはあるんだろうか。僕はいつになったらおおらかなコミュニケーションが取れるようになるんだろう。

柴田聡子さんの「結婚しました」のMVは華やかでばかばかしくって笑っちゃうんだけどなんだか泣ける。

柴田聡子「結婚しました」(Official Video) - YouTube

丸一日かけてNICE POP RADIOのハードコア選曲回の選曲そしてデータ作成。ぽっかりスケジュールが空いていて本当に助かった。いままでで1番時間かかった気がする。6時過ぎにはおなかすいていたのに結局ごはん食べたのは9時を過ぎていた。実時間じっくりかけて音楽聴くのはたのしい。というわけで3/29のNICE POP RADIOはハードコア選曲回です。

神戸・沖縄

オファーを受けた時はアルバム完成しているだろうからご褒美だろうな、なんて思っていた神戸・沖縄への遠征だったが、アルバム制作が押して、その押し出されたものに原稿の締め切りというものがあり、それを抱えての神戸入りとなった。神戸は高校生の時に今みたいに漫画を読むきっかけになった「神戸在住」の舞台だから楽しみにしていた分、失望も大きかったけど、ライヴで新曲をおろす事により気持ちをなんとか保った。UOMOで時々書いている漫画を紹介する原稿だったのだけど、紹介する漫画を東京に忘れて来てしまったことに気が付いたのは新幹線に乗ったぐらいの頃だった。ライヴをおえてホテルにチェックインしてPC広げて三ノ宮、書店を検索。紹介する漫画が少し古い漫画だったため、三ノ宮の書店に片っ端から電話をかけるもどこも在庫を持っていなかった。ところが那覇ジュンク堂にはある、とのことだった。作詞をするためについ最近読み返した作品だったから、諦めて土台だけを書いて、沖縄に持ち越すことを決意。

偉いから早めに神戸空港についた。ポートライナーに乗ってみる風景は僕の知ってる神戸であり、僕の知らない景色だった。那覇に着き、ホテルにチェックインしてベッドに倒れこむ。頭の中ではなぜかdoubleのbedが流れていた。泊まるホテルから少し歩いてジュンク堂へ行き、なんとか題材になる漫画を調達し、outputへ向かう。リハの合間などで少しずつ再読し、原稿のそこはこうして、あそこはこうして、などと考えている間に本番になった。ライヴは好調。特に「アンダーカレント」はよくやれた。analogfishの20周年記念ライヴだった。佐々木さんや下岡さんみたいに歌えたらどんなにいいだろう。言葉の大きさとメロディの大きさとアンサンブルの隙間に宿るそれ!!!!

おおきなオムレツ

アルバムの作業がいよいよ大詰めで毎回苦労する詩に今回も振り回されている。あっちに行ってはこっちに戻り、そうではなかったと書き連ねた文字をぐしゃっと塗りつぶす。メロディがなければ書きたいことなんて山程あるのに!と適当にペンを走らせてももちろんなにも出てこない。この曲にはこの風景、というのを頭に浮かべてそこにめがけて作業をする。でもそのプールに水が張ってなかったら?

ある時、ピチカート・ファイヴの「カップルズ」を聴き返していたら「むこうとこちら」というフレーズが耳に入ってきてハッとする。読んでいなかった樹村みのりさんの「菜の花畑のむこうとこちら」をすぐに注文した。本屋で働いているときに注文できたはずだったのにどうしてしなかったんだろう。ぼくの手元には「雨」という作品集だけがあった。深夜のファミリーレストランで苦手なコーヒーを啜りながら、なんて自分は寂しい場所に居るんだ、と思ったら気が滅入ってしまった。どこまでも西に続きそうな街道沿いの24時間営業のファミリーレストランで、なかった場所を想い、誰かのセンチメンタルが自分のセンチメンタルになるのを待つ。屋上のサーカスの娘を、神戸に住むあの娘のことを考える。