幻燈日記帳

認める・認めない

毛布がないじゃん

16日

夕暮れの部屋でアナログフィッシュの配信ライヴをみる。佐々木さんにご招待いただいて見させてもらったのだけど、最高だった。夕方のオッパーラが真っ暗になるまでのドキュメンタリーのようにも見えて、景色と音楽の境目が曖昧になる瞬間というのが時々あってとにかく最高だった。アナログフィッシュは不勉強ながら最近ようやく聴いたし、ほとんどの曲がライヴ会場で初めて聴いたのだけど、一度ライヴで聴いただけの曲なのに突然歌詞の一節を思い出しりしてしまう、ということはあまり人生で経験がなかったから少しドキドキする。「荒野」のリンクを貼っておきますがライヴで初めて聴くというのはとってもいいのかもしれません。

https://www.youtube.com/watch?v=ir3V4KeZx_8

 

17日

街裏ぴんくさんのライヴに行く。ゲストはゾフィー虹の黄昏ハリウッドザコシショウという強烈なメンツ。全員ぶっちぎってて最高だった。でかい舞台でみる街裏さんは本当にカッコいい。大阪も見に行きたくなっちゃった。動画は「おっきなアコースティックギター遊郭があるって知ってました?」で始まる漫談。

https://www.youtube.com/watch?v=SEjlor5ZVsA

 

それでもやっぱり不安なままの渋谷の街に出てmoonのグッズがあるというHMVに向かったがすでに閉店。信号待ちでビルに貼られた大きなポスターを見上げてしばし固まってしまった。「遠くのものをみる」ということをこの数ヶ月でしなくなっていた、というのもあるのだけど、「遠くからでも見えるように大きな文字で書いてあるもの」を見るのが本当に久しぶりのような気がして妙な気持ちになった。シブツタに寄ってアキリさんの新刊、ベルリンうわの空の新刊を購入。

 

18日

やろうと思っていたことを米を炊くぐらいしかやらなかった。

みずからとおいほしをめざそう

10/8

気まぐれに任せて車を走らせ、埼玉にあるうどきちといううどん屋にうどんを食べに行った。1時間車を走らせてたどり着くのは地続きなのに全く知らない、予想もつかなかった街で、たとえば助手席に座った恋人に鈍器でぶん殴られたあとに「ここが香川」だよ、と言われたら信じてしまうかもしれない、なんて思った。

スーパーもち麺みたいな名称の麺があって、それが気になって来て、実際に食べて、実際においしかったのだけど、あまりにももちもちしていて今食べているものは果たして本当にうどんなのか?と変なスイッチが入り、頭がおいつかなくなり、こんな妙な負担がかかるなら普通のうどんにすればよかった!と思ったけれども、気持ちが落ち着いて最終的には食べてよかった、と思えました。

せっかくだから、と近くのレコード店にも寄ってみよう、と新所沢のレコード屋を目指す。駅前の古いレコードショップをしっかりと見る。最終的には7インチは目が滑ってしまったので諦めた。新品のコーナーもあって見ていくといわゆるデッドストックまつり。確かに定価で探してるひともいないかもしれないけどour hourのアナログが2作ともあり、さらにはyes, mama ok?のコーラスでもおなじみ、YOKOさんの12インチまであった。出ていることすら知らなかったので喜んで購入。中古では浅川マキさんの「流れを渡る」、最近きれいな状態のものをめっきり見かけなくなった「LINDBERG 9」初回などを購入。新品CDのコーナーには新品で探していたけど結局見つからず中古で買ったプリファブの「スティーヴ・マックイーン」のレガシー・エディションが転がっていて変な声が出た。

 

10/9

ゲストが来るのでNICE POP RADIOが2月以来久しぶりのスタジオ収録。あゆくんがゲストで来てくれた回はZOOMでの収録だったけど、ZOOMでの収録だと音はモノラルになってしまうし、音質も悪くなってしまうのでお互いにききながら「さいこー」とか言えないのでとても嬉しかった。

いつもだったらスタジオ・ライヴがあるときはギターを積むから車で、なければ電車で向かっていたのだけど車で向かった。下道をとろとろと走り、麻布十番近辺に着いた。収録スタジオの真ん前にある駐車場は放送が始まった頃、打ち止め3000円だったところ、少なくとも前回まで3500円だったのに、その日行ったら4500円になっていた。これは何を意味するのだろうか。少し歩いた坂の上にある駐車場が運良く空いていたのでそこにとめてスタジオに向かう。ディレクターの大和さんと感動の再開を果たし、3月に食べたきりの阿闍梨餅で乾杯。ゲストは藤原さくらさん。ポール・マッカートニーのお互いの好きな曲を聴いていく、というシンプルが故に濃い内容に。(今週放送なので今読んでる人はradikoでNICE POP RADIOと検索してください。)収録が終わってナニワヤに寄ってお惣菜買ったりたっかいたまご買ったり水だこのおさしみ買ったりして再び帰る。ハンドルを握っていて「どうしてこの車に屋根がついているんだ」と思ったりする。

 

10/14

散髪。原宿へ向かう。友人とLINEしていて「もう徹底してマスクして家帰ってきたら風呂はいるようにしてあんまり気にしないようにしてる」と言っていたので意を決して電車に乗った。6月に散髪したぶりの電車だったし、PASMOへのチャージは3月ぶりとかだと思う。あれからどれぐらい時間が経った?という当たり前のことが目の前を数字になって通り過ぎていく。

前に電車に乗ったときはほぼすべての窓が開いていて、大江戸線のようなけたたましい音をたてていたけど、その日乗った電車は一部の窓が開いているだけだった。他の電車もそうだったので、そういうことになったんだな、と気がついた。6月と違って本を読むことができた。些細な違いにこそ、希望を見出したい。

昼前だったからなのか閉店してしまったから7日多くシャッターが下りている竹下通りを抜けてtete coquetteに。シゲルさんにいつもどおり良くしてもらった。人の少ない裏原宿を抜けて表参道の交差点の方に出る。HIGASHIYAで棗バターをお土産に買って、前から行ってみたかった鳥政でランチを食べ、恋人のためにお弁当も包んでもらった。表参道から丸ノ内線赤坂見附で乗り換える。ああ、しろたえも寄りたかった、と思いながら新宿三丁目で降りた。ユニオンをいくつか回る。本館の地下では店に入ったときにMagic, Drums & Loveがかかっていて、そこからシャムキャッツカーネーションとBGMが変わっていった。とても素敵な気持ちで棚を見ることができた。東京ブルースブレイカーズのLPをようやく購入。エレベーターで上にあがってオルタナ、ロックのフロアーを見ていく。前にばるぼらさんもツイッターで言っていたけどゲンスブールのCDの中古が今割と底値に近い気がして、以前輸入盤で買っていた「メロディ・ネルソンの物語」を日本盤で買い直したり、ポールの「ファイン・ライン」のシングルを買ったりした。らんぶるでパフェを食べながらぐったりと休憩をする。まるで懐かしい休日だ。休日のように振る舞うことにより、なくなった本当の平日が取り戻せないか、と紀伊国屋を覗いたり、ユニオン中古センターを見たりしたけど、ロックのフロアーでメタルがかかりだして「今、ここにいてはいけない」と言われた気がして、すぐに店をでてしまった。

 

某日

某撮影で有明に向かう。10月の海は想像以上に寂しくて、想像以上に寒かった。カイロも買ったしおでんも食った。多分驚いてもらえる案件です。チョー楽しかった。

帰り道、突然スイッチが入り、アジアカレーハウスに車を走らせる。そしてその道中、東陽町を走っていると気がついてダウンタウンレコードに寄って、店主おすすめのレコードを買った。そこから錦糸町に向かい、カレーをオーダー。テイクアウトしたカレーは助手席で薫っている。シャッフルでフリッパーズ・ギターの「スライド」という曲がかかった。メロディと言葉とアコーディオンが重なってすごい気持ちになる。どうして今、雪が降っていないんだろう。

open.spotify.com

 

 

10/17

サウンドハウスのポイントの期限が切れたことをタッチの差で知る。スーパーで買い物をしていたら鼻の奥になにかひとつ言葉が投げかけられたならそれは冬が来たということだ、と気がついて泣いてしまいそうになった。

こんな風に過ぎて行くのなら

昼寝をして起きたら咽頭に違和感が走った。なにもしていないのに炭酸水飲んで自転車で45分ぐらい走っては眠りこけるだけの毎日。自粛がどうこうってなったときはもうちょっと料理したりしようとしていたけれども、もはや私はそこにはいない。これはその毎日のバツなのかもしれない、と一瞬思ってすぐ(心の中にある)バケツの氷水をかぶった。「ふふふ、私は本当に素晴らしい毎日を過ごしていて、来たるべきの時に備えているだけだよ」と(心の中にあるまたいくつもの)バケツの波紋に対してそう語りかけた。それでも舌の付け根に何かがあるような違和感が一日消えなかった。しかし、次の日起きたらその違和感はいなくなっていた。医者にかかって鼻からカメラまで入れてもらったが異常に大きな扁桃腺、というおなじみの光景が広がっているだけで大きな異常は見られなく、安堵する。自転車を飛ばして移転したふんだりけのカレーをテイクアウトして部屋で昼食を食べていると郵便が届いた。Discogsで注文していた手回しオルガンのLPの再配達を頼んでいた。学生時代に人から勧めてもらって聴いていたもののLPが欲しくなって探したらオランダに在庫があったので注文していたのだ。本体は12€、送料は16€。ワクワクしながら商品を受け取るとそこにはCDサイズの茶封筒があるじゃないか。問い合わせてみると「ごめん、LPとCDの登録間違えちゃった」とのことで気は遠くなったが「いいんだ、こうして聴けるだけでも嬉しいよ。気長に探します」と返信をする。お人好しとは俺のことだよ。

 

FG-180の弦を張り替える。Twitterに2年ぶりって書いちゃったけど1年半ぐらいでした。「トワイライト」のレコーディングはD-35Eが大活躍して、FGはD-35Eを買う前に録音していた数曲、「トワイライトひとりぼっち」で数曲使った程度に留まってしまったけれども、やっぱりいいギターだな、と改めて思った。このギターは大山でやっているフリーマーケットに祖父と行って800円で買ってもらったギターだ。多くの記憶から季節が欠落してしまっているのだけどなぜかこれは秋だったことを覚えている(気がする)。

 

小学生の頃、YMOにハマったことを知った父の友人から「パブリック・プレッシャー」と浅川マキさんのベスト盤のテープをもらったことがあった。小学生の頃は「パプリック・プレッシャー」ばかり聴いたけど中学にあがったぐらいで浅川マキのベスト盤もよく聴くようになった。(もしかしたら一緒にもらったんじゃなくて別々にもらったのかもしれない。)その当時、浅川マキさんのCDはほとんど出てない、出ているものも廃盤。中古盤は高価で、レコードも安いのはあまりなく、図書館にあったものを聴いたり、そのテープを聴いたりしていたけど、金のない学生時代には結局オリジナルアルバムは「浅川マキの世界」ぐらいしか手に入れることができなかった。大学生になったときには図書館にダークネスシリーズを入れてもらって図書室で聴いたりしていたから、更にオリジナルアルバムは遠くなってしまうばかりという体たらく。しかし昨年出た松永さんの本を読んで浅川マキさんを改めて聴かなきゃ、という気持ちになり、何枚か買っていって、秋の日が来た、という日、ターンテーブルには手に入れたばかりの「裏窓」が乗っていた。さみしい言葉を彩る強いドラムが私を満たしたとき、今年の秋はきっと本当につらいけどなんとかなるかもしれないよ、なんて思った。

https://www.youtube.com/watch?v=whVL0XVuJR4

オ・ダンゴ

苦手な夏が過ぎていって、引きこもりのような暮らしが続いて、ある日ドアを開けたら秋になっていた。嬉しくなって窓を開けて眠ったら次の日は寒くて目が覚めてしまった。かえぽの本番の楽屋で「えーっとじゃあ年内はもしかしてこれでおしまい?」と誰かが言った。「決まりきってない予定がひとつあるけど、これもコロナになる前に仮で入っていたやつで多分何も進んでいないと思うからそうかもしれない……」と答える。帰り道の車で私は(そうか、新しい曲書けばリハーサル入れるな)と思うに至った。そこから次はああいうレコードで、こういう曲が入っていて、と想いを巡らせるのだが、結局形にはなっていない。でも数ヶ月前はそれすらできていなかったのだから、よしとしたいよ。これは散らかり過ぎた部屋のせいかもしれないし、それでもやっぱりまだこの毎日に落ち込み続けているのかもしれない。

天気のせいもあるのか、深夜に落ち着かなくなってしまってフォートナイトのダウンロードを始めてみたのだが1時間近くかかる、というのを見て、録画していた「赤毛のアン」を見て眠ることにした。

起きてフォートナイトやっているか、とログインしようとしたらエラーが二段構えぐらいで出てきて意気消沈。昼過ぎ、車に乗って東に向かう。(そういえば車は数日の整備を経て帰ってきた。「ダイナモとバッテリーがいかれてました」とのことで、SUZUKIのワゴンRはしばらく私の所にいてくれるようで本当に安心した。いま廃車になったら本当に立ち直れなかったと思う。)丸香の真横の白枠に車が止められたのでそのままうどんを食べて、すぐ移動して森さんのデザイン事務所で打ち合わせ。色々話し合って12月発売のアルバムについて詰めていく。打ち合わせが終わって帰り道、森さんが金子朝一でも呼んで飯でも食おうか、と誘ってくれたのだがこんなボロボロの気持ちでどう飯を食っていいのかわからず断ってしまった。だが、ただでは転びたくない、と御茶ノ水の方に出てディスクユニオンを少し見る。プリンスのリマスター、そろそろだったよな、と思ったのだがまだ並んでいなかった。CDを3枚、レコードを1枚買って、そのあとエチオピアのカレーをテイクアウトして、成城石井白バラコーヒーと高いレトルトのカレーをいくつか買って帰った。とにかくスパイスでいいところまで行きたい。これが!俺の!アンサーだっ!!

 

(まるで)(ゾンビ)映画のように

9/8

 

まだ詳細は決まっていないけど配信のライヴのため、某ライヴハウスにて弾き語りの撮影。ワンマン終わって日が浅かったからか、調子は大変よかった。どんな演奏だったか早く聴きたい。共演は誰とかいっていいのかわからないけど記念撮影がdropされていたから、彼らはいいのだろう、藤井洋平さんのライヴを久しぶりに見れた。2009年に高円寺のサブカル喫茶で共演した時はこうなるなんて予想もできなかった。その時はNRQも一緒だったし、藤井さんはまめッこ名義だった。我々にも歴史というものがついて回ってくるようになってなんだか楽しい。とにかく藤井洋平は最高だった。誰もいないフロアーにむけて(愛を込めて)洋平ちゃん(敬称略)がギターのヘッドを垂直にあげたとき、なにかがスパークする。私は今、とても美しいものを見ている。これは未来の音楽なのだろうか、だがその未来はこれから未来になり得る今、その今に宿る未来の音楽だと感じた。

 

9/11

 

Kaedeさんの生誕祭。パンパンの機材を詰めたSUZUKIのワゴンRは横浜へ向かう。会場はオープンして間もない1000CLUB。一番好きな有料道路である第三京浜(・安い・三車線・まっすぐの三拍子揃っている!!!)をまっすぐで辿り着けて、ハマコー気分を束の間味わった。会場に入るとなおみちさんが既に入っていた。そこから続々と会場入り。楽屋でぼんやりするのもそこそこにひとりギターアンプと向き合う。事前の通しリハーサルの音源を聴いてギターソロがしょんぼりしていたからだ。オルタナティヴ・ポップを掲げ損ねた我々でも少し寂しく成る音像だったため、もうかれこれ5年以上は踏んでないであろうBOSSのブルースドライバーを引っ張り出してきて派手さを出すことにした。持ってきたエフェクターの並び替えや音の感じを一人で確かめていく。ブルースドライバー、シックアスのディストーション、いつも使ってるフェイザー、ほとんど使ったことがないコーラス、フタ開けたら入っていた電池の使用期限が2017年で切れていたディレイを足元に並べる。過去にここまでエフェクターを並べたことはなく、ついつい足元の写真を撮ってしまったし、本番ではクラウドナインのソロ明け、エフェクターの切り替えで派手にミスってしまった。慣れないことはするもんじゃないという気持ちより、たまには冒険しないとどうにもならないこともあるよ、という気持ちが僅かに勝っている。本番でまともに弾けたことがないでお馴染みの「スウィート・リグレット」のギターソロもミスタッチはあったけど崩壊しないで弾ききれたのも嬉しかった。大きな事故はなく本番は終了。ウキウキしながら第三京浜走らせて環八しばらく走っていたら車の調子が急に悪くなる。渋滞だったため、止まった時になんとなくエンジンかけなおそうとしたらウンともスンとも言わなくなり即ロードサーヴィスに連絡。即レッカー。おそらく発電機の故障とのこと。この故障が1日でも早かったら、ギリギリまで練習していたらから、今日みたいなライヴはできていなかったはず、とあらゆるものに感謝をした。私はとんだラッキーボーイだ……とタクシーを拾うとすぐ雨が降り出した。

真説・月光密造の夜

眠れない夜は知っている曲しかかからない自分のラジオを流して眠るといいのだ。その日も眠れないだろうなあ〜なんて思って先回りして自分のラジオをかけたがすぐに眠れた。真夜中にすごい汗をかいていて目が覚めたりしたけどただただ自律神経がバイナラしちゃっているようだった。

朝起きてシャワーを浴びて昨夜の残り物で朝食とする。「魔女」と「月の器」は昔の曲過ぎて、なおかつ最近演奏してなく、歌詞カードを印刷していなかったことに通しリハのときに気がついて、それを印刷して五線譜に挟む。本番で着る長袖のシャツを2着+1着、半袖も1着、Tシャツを2着用意して車に乗り込んだ。BGMは岡村靖幸さんを全曲シャッフル。久しぶりにライヴをするという緊張、なんなら久しぶりだし大失敗するんじゃないか、ここ数日喘息も芳しくないし、いやでも純粋に楽しみだ、みんな見に来てくれるんだろうか、いや見に来てくれたとして今やるべき理由って本当にあるのだろうか、そもそも私がここにいる意味って……?と感情がぐちゃぐちゃになっていくたびに「P.A.R.A.C.H.U.T.E. Girl」「シャンパン酒の持つかなりのほら苦さ甘さを経験してんだろ」「若い心臓は9.9の超絶ワザ決めたい」と歌うたびに不安を飲み込んでただただテンションがあがっていくのがとても気持ちよかった。時間に余裕を持って家を出たが、気がつくと首都高をスズキワゴンRでかっ飛ばしていたのだった。

搬入口で機材をおろして三井ホールに入った。スタッフのみなさんがステージをつくってくれていて、しばらくするとメンバーにセッティングの声が徐々にかかっていった。スネアの具合がどうだ、とか、ベースはどのアンプが、どのDIが、と言い合っていて、そうそう、こんな風景だった、と懐かしがってみようとするのだけど、もうすでに何かが違う。まずライヴハウスじゃないっていうのもあるし、そうだとしても座席の間隔が違う。生配信もやるから関わる人も多い。「失われた半年を取り戻す」なんてハナから思っちゃいなかったけど、「こう変わったんだ」ともすぐには思えず、寂しいでも悲しいでもない感情が湧いた。立ち回りが難しいよ。

リハーサルで久しぶりのステージにビビってしまったのか何度も演奏している「視界良好」のDメロのコードが飛んだ。「何回も演奏してる曲なのに!」って笑って済ませたけど、更に緊張感が高まる結果になってしまった。リハーサルを終え、落ち着かないからと言って三越に行ってデパ地下を覗いた。とても美しい風景で、本当に来てよかった、と思えた。なんか差し入れでも、とヨックモックのシガール紅茶味を購入。さらにふらふらしていたら榮太樓の和菓子屋があった。梅ぼ志飴が大好きだったけど生菓子まであるなんて知らなかったから勢いで鰹節がかかった団子、中にみたらしが入った磯辺餅みたいなやつ、豆大福とか買って帰ってメンバーを若干引かせた。

三井ホールに戻るとちょうど開場したてぐらいでうすやまさんのDJが始まっていて、The Sundowners、The Groopがかかっていた。ローディーの秋山さんにステージ袖にスタンバイしていたギターを持ってきてもらって、忘れてしまいそうなコードのチェック。テンパってもすぐ戻ってこれますように。

うすやまさんのDJによる「くすりをたくさん」を背に受けて昼の部が始まり、大きな怪我もなく終了。舞台袖に引っ込んで「ドラムの椅子、もうちょっと高いのないかな」というやりとりを見守る。結果、高い椅子があったかどうかは知らない。すぐにシャワーを浴び、楽屋でしっとりと休みながらライヴを反芻する。序盤は硬かったけどだんだんとバンド自体が大きなグルーヴに飲み込まれていくような感覚があって、これはドキュメントだし、ライヴの醍醐味だな、と思えた。配信の音源担当の葛西さんと録音のチェック。バンドの演奏をPAの松田さんが整えたところにヴォーカルの回線を足して混ぜ込んでいく、というやり方だそう。とてもいい感じ。この日の音響チームはすごくて、PAはよくやってもらっているミツメとかのPAもやられている松田さん、モニターはYSIGとかでおなじみ、スウィート・リグレットも録音してくれた柳田さん、そして配信チームで葛西さんとばばちゃんが来てくれた。結構開場入りするまでどうしよう…、という不安が強かったけど音響面だけじゃなく集まったスタッフがバッチリにフォローしてくれて、大きな不安はなく本番のステージを迎えられたのは本当にありがたい…。

雑談しているとローディーの秋山さんから「あんたがたぐらいですよ、楽屋だろうが機材車だろうがそんなにおしゃべりしてるバンドは」と言われる。ふふふ。

昨年末で退職した元マネージャーがライヴを見に来てくれた。もう絶対返って来ないと思っていた「アパートの鍵貸します」のblu-rayと漫画が数冊返ってきた。blu-rayに至っては買い直していたのでびっくりした。久しぶりに会えてうれしかったし夏木マリのTシャツがいかしていた。

妙な偶然というのはあるものでうすやまさんが夏木マリさんの「ローマを見てから、死ね」とかけていて、本当に最高だった。そうなのよ!これなのよ!とステージに出ていく。昼の部よりリラックスしていた夜の部だけど配信はあるので妙な慣れなさがあって普段だったら終盤にやる「静かな夜がいい」のメンバー紹介のあとで普段なら「そして澤部渡です。今日はどうもありがとう」と言ってギター・ソロにいくのだけど、夜の部で「今日は楽しみましょう」と言ってしまって(ふふふ、何が楽しみましょうだよ!)と照れてしまった。

細かいミスはまあライヴだから仕方がないんだけど用意していたセットリストのアンコール最後の「ポップソング」で集中力が切れたのかコードは間違えるわ、口笛全くでないわで驚いた。これが36曲目なんだな、と。教習所で自動車事故の多くが家から出て5分か家まであと5分のときに起こります、と言われたことを思い出した。それでもやりきった充実感でステージをあとにすると、ダブルアンコールをいただき、「返信」を演奏した。

楽屋に戻って昼に買った榮太樓のおかしを食べたり、差し入れでいただいたお菓子を食べた。朝ごはん食べて以降は何もたべていなかったのでまるで水仙の造花のように胸に染み入る。

後片付けはスタッフのみなさんに全部任せて全力でぐったりした。流石に疲れた。でもここ1ヶ月の自転車の成果がでたのか、ある程度「もう動きたくねえ」の時間を過ごしたらまともに動けた。優介は「このままここに泊まって始発に帰りたい」と言っていたし佐久間さんは「(椅子に座りながら)このまま帰れねえかな」と言っていた。佐久間さんが今日は岡村ちゃんの「ターザンボーイ」聴きながら来た、と言っていてシンクロニシティ!!!

ろくに話もできていなかったうすやまさんと少しだけ話す。役職が変わった、と新しい名刺をもらう。最高。

撮影で来ていた大関さんに話し相手になって貰う代わりに家まで送る。帰り道も薄く岡村ちゃんをかけていた。ゼキさんをおろして岡村ちゃんを熱唱しながらハンドルを握っていたらどうしてもカップのそばが食べたくなり、セブンイレブンに寄った。ついでに光熱費やコロナ禍ゆえに滞納せざるを得なかった税金類も払った。総額で18万とレジが知らせる。椅子に座っていたら転がっていたし、普通の夜だったら膝から崩れ落ちていただろう。半年ぶりのライヴが終わったあとだったから、正気のままATMでその額をおろせたのだと思う。

先のせべちょべちょのどん兵衛を食べながら「さあ、これからどうすればいいんだろう」と正気に戻った。トランプを繰るC.C.バクスターとフラン・キューブリックのそれだ。実はケータリングででていたプルコギ丼も食べていたのでまったく食べる必要がなかったそばをたいらげ、その日3度目のシャワーを浴びながら座右の銘である「なんとかなる」に想いを馳せる。なるようにしかならない。幸い、ちょっとライヴが続くから、少しずつ気持ちを元に戻さないとね。

 

さあ、少し宣伝とお詫び。

当日、生配信もやったのですが、映像と音声に不備があったらしく、現在アーカイヴが見れない状態となっているそうです。それを直してからまたアーカイヴが公開されて、さらに本来だったらアーカイヴの公開は8日までの予定だったそうですが、週末までアーカイヴの期間も延びることになるそうです。詳しいことはカクバリズムに訊いてほしいんですけど、とにかくそんな感じ!チケットはここから買えます。

https://t.pia.jp/pia/artist/artists.do?artistsCd=B5190035

で、この日のライヴ、物販がいつもどおりの形で行えなかったのですが通販でお祭り騒ぎでございます。顔Teeが西村ツチカ氏×森敬太氏の手によりメガ進化!!!これはもはや澤部Tee。そして顔どんぶりが爆誕。一家にひとさらいかがっすか。

『スカート10周年記念公演 “真説・月光密造の夜”』オフィシャルグッズ通信販売のお知らせ : カクバリズム | KAKUBARHYTHM

ハリウッド・ハングオーヴァー

先日、TBSラジオのアフター6ジャンクションに出演して、最近好きな漫画を4冊ほど紹介した。平庫ワカさんの「マイ・ブロークン・マリコ」、トマトスープさんの「ダンピアのおいしい冒険」、衿沢世衣子さんの「光の箱」、灰田高鴻さんの「スインギンドラゴンタイガーブギ」の4冊。アトロクは定期的にキュレーターの方が面白い漫画を紹介されているので、話をいただいたときに「これでしょ、あれでしょ」と思っていたやつはほとんど紹介済みとなってしまっていたので少し焦ったのだけど、面白い漫画は次から次に刊行されていたので全く問題がなかった。ああ、素晴らしい(私の周りの小さな)世界。ものすごくどうでもいいのだけど高校生の頃に、漫研が「MANGA部に改名します。なぜなら漫画はこれから国際的なものになるので」みたいなことを言っていて「どうして漫画が国際的であるということをあなた方が背負って、どうしていまMANGA部と名乗る必要があるんだよ!!」と一人だけブチ切れたことを思い出した。あれに対してブチ切れていたのは城西大学附属城西中学校・高等学校のなかで本当に僕だけだった気がする。話を戻す。「スインギン〜」は1951年の東京が舞台。日本のジャズの話なんだけど読んでいて「そういえば1950年以前の録音なんてほとんど聴いたことがない(パッと思いつくのでレッド・ノーヴォとかメル・トーメの古い吹込みぐらい)」ということに気がついた。そこで更にまたひとつ思い出す。「きれいな女の子との恋愛と、ニューオーリンズデューク・エリントンの音楽以外は消えちまっていい。醜いだけだから」(という内容だったと思う。本棚のどこかに紛れてしまって正確に引用できないのだけど日記としてのスピード感を優先させるため。不完全で申し訳ない。各自読んで)というボリス・ヴィアンの「うたかたの日々」あるいは「日々の泡」の序文だ。それならば、と、著作隣接権の勉強会及び書類にサインするために集められたカクバリズム・ユース(mei eharaさん、VIDEOTAPEMUSICくん、澤部)の面々との署名会の帰り道に吉祥寺に寄ってレコード屋を何軒か見て、1945年から46年にかけて録音されたデューク・エリントン楽団のCDを買って帰った。「スインギン〜」が1951年が舞台で、「うたかたの日々」が執筆されたのは1949年だ。そのことを机の上に置いて、このCDを聴いてもう一度「スインギン〜」を読もうと思う。