幻燈日記帳

スカート・澤部渡のせつないまいにち

ひとごみのなか

LP40枚売って空いた隙間にレコードを詰めていったのだがまだ100枚ぐらい棚からはみ出ている。どういうことだ。金がなくてレコードを売るのと、置く場所がなくてレコードを売るのでは、後者のほうがしみったれていて情けない気がする。金がなくて売ったレコードあとはもっとささくれだっていた気持ちでいれたし、売った金で食ったはなまるうどんの味はまだ忘れていないはずだ。しかし、なんだかこう、金がないから売ったわけではないから気持ちに妙な余裕があったのだ。その余白を情けなく感じてしまう。そういったら昔の私は今の俺を見てどうつばを吐き、どう罵声を浴びせるだろうか。

 

気持ちが上向きになっているかはまだわからないけど、だんだん意欲が戻ってきた気がする。インスタライヴも何度かやって勘が戻ってきた気がする。予感をもっと感じたいから配信のためのダイナミックマイクを購入した。

 

次、配信でライヴをやるならリズムボックスを使いたいから、といろいろ試行錯誤をする。ギターのヘッドでCR-68のオン・オフができるというのは今回最大の収穫だった。試行錯誤のようすはこちらから。https://www.instagram.com/tv/COFNGG4pSq2/?utm_source=ig_web_copy_link

なぜノーウェアー

某日

ある夜、突然気がついた。ろくすっぽキルも取れないApexをやって、ネットサーフィンして、ル・ポールのドラァグ・レース2周目するだけの抜け殻の毎日を抜け出さなければならない!と。(だが、この毎日はこの毎日で最高。だってル・ポールのドラァグ・レースを観ているから)そうだ、明日からとりあえず掃除を始めよう、と口に出したのだ。そうして翌日昼前に目が覚め、パーフェクトな一日にするべく私は雑な食事を摂る。皿など洗わない。そうしてSwitchの電源を入れる。勝てないことにイラつきさえもしない。そうしてPCの前に座っていたら3時になろうとしていた。明るいうちに気持ちを切り替えなければ、と座っていた椅子をベランダにぶん投げ、掃除を始めようとするも、ものが多すぎて絶望、まず増えすぎたレコードがよくない、と売るためのレコードを何枚か選び始めた。なんとなく買って合わなかったもの、古い日本盤を手に入れたからリイシューはもういいか、なんていうもの。そうしていたら佐久間さんから今夜Apexやりませんか、という誘いが来る。行けたら行きますの精神で返信をした。レコード棚をひっくり返してあーでもないこーでもないやっていたらあっという間に20時近かった。冷蔵庫もからにちかかったので近くの中華料理屋に電話をする。「今から行ってテイクアウトってしてもらえますか……?」と尋ねると、「うちは20時以降、テイクアウトだったらやってるよ」というので急いで自転車に飛び乗る。自転車に乗るのも久しぶりで、駐輪場から引き出そうと触れたサドルがほこりっぽかった。中華料理屋につくと店の入り口の電気は消えていて、恐る恐る入ると薄暗い店内で一組が食事をしているだけだった。注文をしおえると、配達員の青年が入ってきてオーダーを受け取っている。「もうさー、お酒もだせないじゃない。大変だよ〜」と言っていた。あつあつの食事を受け取り、複雑な気持ちで家に帰る。文明とは…生活とは…

食事を摂り、だらけて、Apexを諦める。掃除をもうひと押しやった頃にはベランダにぶん投げた椅子もそこそこ冷たいぐらいで春っちゃ春なのね、とため息をつく。

深夜、Switchにログインすると佐久間さんと優介がまだログインしていたのでボイスチャットに飛び込んで混ぜてもらおうと思ったら、ゲームはすでにもうやっておらず朝の4時まで映画と音楽の話をずっとするばかりだった。少し前、舞台の稽古の合間にみんなでゲームやってたとき「先輩にどれだけ映画を勧めても観やしないんだよ!」と言われショックを受けたことを改めて思い出した。映画は好きだったはずなんだけど、いつぐらいからか人の顔を覚えるのが本当に苦手なのだと気づいてしまってからは映画を観ても結局、物語のなかでこの人が誰だったのか、っていうのを見失うことがあまりにもつらくて、自然と見る本数も減っていってしまっていたし、たまに観た映画でどうしても納得がいかない部分があったり(台風クラブの最後の男子の死に方とかペットの大蛇の死に方とか)するのを受けて、自分にはあまりにも映画を観る才能がない、と落ち込んでいたのだけど、今年のGWは映画見れるぐらいの気持ちに戻そう、と思った。

 

某日

40枚、LP売ってもこのザマさ(アッ、575ですね!)

Dancing On The Ceiling

舞台の中止を受けて、やはりいっちょ前にもぬけの殻になってしまっているようだ。朝起きてApexやって全然勝てなくて悲しい気持ちになってPCの前に座って、という毎日。新しくギターを買ったからそれでも弾きたくなるのが唯一の救いかもしれない。

ここひと月の間にかった漫画やレコードを少しずつ読んで、聴いた。1950年代前半のRed Norvo Trio(ベースがレッド・ミッチェルのやつ)の10インチを聴いていたら改めて興奮してしまって、レコード屋でRed Norvoは見かけるたびに買い足すようにしていたけどそういえば1930年代のキャリアの初期の吹き込みというのは持っていない、と気がついてオーダー。届くのが楽しみ。

Tenderly - song by Red Norvo | Spotify

またちょっとずつリハビリをしないといけない、とインスタライヴをゲリラ的にやっております。自分の曲に対してこの1年間で鈍りまくった部分というのが確実にあって、そのサビを少しでも落としていくための自分のなかでのいくつか段階があって、まずゲリラ的なインスタ配信。次の段階が事前告知ありのインスタ配信。で、YouTubeとかの在宅ライヴ、という感じでしょうか。毎度わざわざこんなしみったれた一方通行の日記読んでる人にはこっそりお教えしますがいくつかアーカイヴが残っています。こちらからどうぞ。

https://www.instagram.com/skirt_oh_skirt/channel/

ワニ、おまえを

2/25

稽古が始まった。まずは体を動かすところから、ということで1時間みっちり体を動かす。配布されたスケジュールには「ストレッチ&個性のままに動くワーク」と書いてあった。ミュージシャン勢の体の硬さが浮き彫りになる一方、他の共演者たちの体の柔らかさにおののく。それが済んで振り付けもいれていくことに。コロナ禍で鈍った体に磨きがかかっていたのでどうにもならないほどに疲れた。そして他の共演者たちの振り付けが入っていくのがはやいことはやいこと。ル・ポールのドラァグ・レースをみててもこんな速度でふりって頭に入るものなの?と思っていたが、どうやら入るらしい。1時間体を動かしただけでへとへと。帰り道、コンビニによって冷えたイオンウォーター飲んだが、冷たいことへのダメージがでかくて、イオンウォーターを箱でオーダーした。家についても桃鉄を寂しくやることしかできなかったし、動くこともできず気がついたら4時間近く経っていた。

 

2/26

早めに稽古が終わったので帰り道に去年できた東都レコードに寄る。すっかり忘れてしまっていたけど何年も前に渋谷のレコファンで全然人がいないインストアをやったことがあったんだけど、そのときに居てくださった方がはじめたお店だった。Brian Protheroeというアーティストのレコードを教えてもらって聴いたのだけど、これがべらぼうに素晴らしく大いに感動した。

 

某日

だんだん稽古場に向かう道も覚えてきたし、昼間ならば暖かい日も増えてきた。

 

3/9

稽古が早く終わったのでボーイを通り道のどこかで落とす代わりに神保町での買い物に付き合ってもらった。ボーイの台本に大量の付箋が貼ってあり、シーン1から最後までわかりやすいようになっていたのを見て衝撃を受けたからだった。文具堂で付箋といつも使ってるボールペンをひとつ買い足して、三省堂チェンソーマンを探しに向かうとカクバリズムのパーカー着た人とすれ違ってにんまりした。三省堂チェンソーマンが売り切れていたけど、書泉にはあった。もう高岡のない神保町、書泉になかったらどこに行っていただろう。

 

某日

耳鼻科に行く。ここの先生は「コロナなんてただの風邪」「マスコミが煽りすぎている」という。コロナが風邪だろうがなんだろうが、政府の対応に納得がいかないし、私は想像力のない世界にいるんだな、と思い知らされる、という話をする。とにかく納得がいかない。

 

3/23

この部屋の配線はおかしい、と気づいて電源タップを2つ注文。MacMiniを買い替えたのでUSBハブも注文。ここに引っ越してきて5年経ちますが外付けHDDが増えるだけ増えていき、機材も増えていき、5年前の怠惰だけで生活している状態、というわけだ。実家から持ってきた何十年も前と思われる電源タップに別れを告げ、実家を出たときに買った無印の電源タップを2軍に落とした。

部屋の掃除をしながらAaron FrezerとGinger RootとVulfpeckを聴く。Aaron Frezerは鳥居くんと浜くんのインスタのストーリーに同日にあがっていて、こりゃ買えってことだな、とホウボウさがしたのだがどこも売り切れていて、タワレコのオンラインがかろうじて取り寄せの注文を受け付けているだけだった。何度かもうちょっと待って、って連絡が来ていたから過去の経験上、こういうときは入荷しないはずなんだけど、なんとしっかり届けてくれた。ちょーうれしい。

 

3/24

昼寝をしようと布団に入って意識が落ちていくのを楽しんでいたら突然頭だけ起きてしまった。そうして夢を見る。ApexばかりやっていたからなのかApexのようなゲームの中に入り込んで、そのゲームの中のキャラクターになる、という夢だった。「何度やったってどうせ隠れるだけ隠れて、時間が経った頃には撃たれて死ぬんだよ!」と現実でのプレイスタイルを呪いながら銃を抱えて出ていく。そして隠れるだけ隠れて、時間がたった頃に見つかって撃たれて死ぬ。それを何度か繰り返えるのだけど、妙に頭だけはっきりしていたから時間の進みがやたら遅く感じた。宅配便のチャイムで夢からさめ、時計に目をやるとたったの30分しか経っていなかった。過ぎた時間と浅すぎた眠りを鑑みて私は部屋の掃除を始めた。この部屋に越してきてから買ったハンガーラックを買い換えていて、粗大ごみの予約まで押さえたのだが、激化することが予想される稽古のさなか、私にそんな余裕はあるのか、いいや、ない。ばらして部屋のすみに置いておいて新しいものを設置してしまおう、とすべてのシャツを下ろし、ラックの足元に転がっていたあらゆるものを適当なところをうっちゃり、プラスドライバーをむんずと掴んだそのとき、このハンガーラックが極太6角レンチじゃないと解体できないと気がついたのだった。極太6角レンチは見つからなかった。

 

4/3

芸術劇場での稽古が始まった。何公演か中止になったけど、実際の舞台で稽古ができるならとてもいいよね、と切り替える。中学高校と要町の学校に通っていた私には、池袋の西口に、芸術劇場には人並みならぬ思い入れがあるのだ。17歳だった私は17歳らしくギターを抱えて17歳らしくフィッシュマンズ(とアンコールをもらってパラダイス・ガラージ)を歌い、17歳らしく嬉しがったり17歳らしく傷ついたりしたのだった。あれから16年経ち、会場こそプレイハウスではなかったけどこういう形で戻ってくることもあるんだな、と不思議な気持ちでいた。

稽古の合間、休憩があったのでココナッツディスクに向かう。暖かくなってきた気候に気分が高揚する。そうか、さっきまでの気持ちは一応嬉しい気持ちだったんだな、と気づいた。中川くんと束の間、談笑をする。NRBQのレコードなどを買って劇場に戻った。

 

某日

ボーイと朝までこれからどうなる、とLINEで語らう。その中、誰とも連絡先交換していない、というとそれはさすがに…と言われ、自分が今までの人生どうやってパンダとして振る舞ってきたかをひたすら説明するハメになり、翌日までダメージが残る夜になった。

 

4/13

もしかしたらまだ稽古があるかもしれない、と思っているところに、本当にないもんだから、あ、いよいよないんだな、と思い知る。疫病を前に芸術は無力だ。1年前に思っていたことを改めて思い知らされてちょっとキツくなる。

餃子をつくるためにキャベツを出したが3時間経ってようやく調理を開始した。そういう日だ。

 

4/14

公園の中止が発表された。劇場の荷物をまとめに行く。と言っても私の荷物は譜面のファイルと上履きだけだ。ボーイと落ち合って楽器を積む約束をした。1時間早めに家を出て、劇場に車を止めて、街に出た。小雨がふる中、楊に向かい、麻婆麺を食べた。ココナッツに行くと、中川くんはいなかった。なぜかほっとする。友達に合わなくてほっとしたなんていつぶりだろう。

徒労感が車内に滲む。機材を倉庫におろし、ボーイを新宿でおろし、まっすぐ家に帰れる気がしなかったのだが、なんとかまっすぐ帰った。非日常が日常になり、その日常は水のように私の指をすり抜けていって、またどこかへ行ってしまった。部屋に戻ると飲み切ることがなかったイオンウォーターの箱が私を睨んでいるような気がした。

バイバイいうことなかれ

ユニオンから荷物が届く。去年Twitterで見かけて気になったジルベルト・ジルの新譜がアナログで出たよ、というのをたまたまみて買おうか迷っているうちに売り切れてしまっていてしょんぼりしていたのだがやっぱりひっかかりつづけていたので通販でえいや、とCDを買ったのだ。なぜ迷っていたのか、というとジルベルト・ジルのことは「トリピカリア」ぐらいしか聴いていなかったからだったのだけど、あーもっと早く聴くべきだった、と反省した。めちゃくちゃ良かった。

Aさんからプリファブ・スプラウトのレコードをドカンといただいた。以前もいろいろレコードをくれるときがあって、Aさんは「ぼくが持っているよりも澤部くんが持ってるほうがいい」というのだ。その度、牧村さんから続くようなこの伝統を私も守らなければならない、と強く思うのだ。そうして「Nightingales」の12インチに針をおろす。12インチ・ヴァージョンを聴くのははじめて。何周か無音部をトレースしてリズムが鳴りだす。そしておなじみのイントロのフレーズが鳴り、おっ、バンジョーが鳴り、駆け上がりのストリングスが鳴って脳みそがスパーク。幸せすぎる。ここにも貼りたいのだけど、なぜか入力レベル過多で音が割れまくってるのばかりでまともな音源がなく断念。とにかく嬉しいです。

吉祥寺で大石まさるさんの新刊、ミュージック・マガジンレコード・コレクターズを買った。引きこもりの生活をしていたから外にいるだけで新鮮な気持ちになった。

新宿で打ち合わせ。どうなるか楽しみ。久しぶりに来ちゃったんだから、と帰りにタワレコ伊勢丹をハシゴする。タワレコではジルベルト・ジルの2018年のアルバム「OK OK OK」と崎山くんのアルバムを買った。そうして伊勢丹へ。デパ地下は救済だ、と改めて思った。駐車場の精算をするときに料金の改定があります、と紙を渡された。2000円の購入で1時間無料だからなにかの帰りにちらっと寄ったりできたのが最高だったのだけど、今度から駐車場代がサーヴィスになる最低ラインが上がるのだそう。小さなほころびが心に重くのしかかる。

3色ショッピングブギ

某日

ポニーキャニオン本社で取材を受けた後、別の打ち合わせをリモートでやっていたら副社長が来て「やあ!ミスタースカート!」と声をかけてくれた。いい会社に拾われたな〜、としみじみする。

 

某日

荷が重い取材を一件。とても緊張していたが、受けていくうちにだんだんカウンセリングみたいになっていった気がする。うまくいったか不安だったが仕事の都合で冒頭だけ顔出すつもりで来た社長が最後まで居て、「おもしろかったよ」と言ってくれたので、面白かったかもしれない。面白くあってくれ。帰りの車では「ああいった方がよかったかもしれない。いや、あのレコードも引き合いに出せばよかった……」と繰り返し反芻しながらゆらゆら帝国の「空洞です」をきいた。その日話してきた音楽の極北にこのレコードがある、という話をしたかったはずなのに、そこにはいけず気がつくと2時間近く経っていたのだった。

 

某日

急遽ホームメジャーが必要になり近所のスーパーに買いにいくことに。車移動ばかりで自転車すら乗らない暮らしが3ヶ月近く続いているのでたまには歩くか、とイヤフォンをした。ヘッドフォンでの作業はまああるとして、イヤフォンで音楽を聴く、っていうのは結構久しぶりだったようで、「えっ、音楽ってこんな聴こえ方しますっけ」と脳が驚いてしまい、アパートの廊下でよろけてしまった。近所のスーパーにホームメジャーはなく、駅前のスーパーまで向かうことになったのだが、いったりきたりでせいぜい30分ぐらいのはずなのにとても充実した気持ちになる。トリプルファイヤーの「銀行に行った日」を本当の意味でわかった気がした。

 

某日

トリプルファイヤー吉田の自叙伝「持ってこなかった男」をお先に読ませていただいた。同じ時代を違う土地で生きる吉田を追いながら私は一体何をやっていたんだ、と思うに至る。いくつもあった分岐点の選択肢で何を選び、何を選ばなかったのか。たとえばひーくんが頭に浮かんだ。ひーくんの兄ちゃんが買った坂本龍一のボックスセットのほぼすべて、いや全部だったかもしれない。とにかく10枚組のそれをダビングしてもらうだけではなく、電話口で曲のタイトルを教えてもらう暴挙に出た私だったが、「メディア・バーン・ライヴ」のタイトルを教えてもらっている途中、あまりの膨大さに「もういいでしょ!」と電話を切られ、その後話しもしなくなってしまったひーくん。ああ、ひーくん、もしカセットにダビングしてくれ、なんて頼んでいなかったら、いや、せめてタイトルを教えてくれなんて電話をしていなかったら今でも友達でいてくれただろうか。でもあの時ダビングしてくれた「メディア・バーン・ライヴ」は今でも心の一本だよ。そこから何人かの友達が出来たんだよ。他にも、大学の新歓で心を閉じなかったらどうなっていただろう、だとかそういうことを思い始めたりもした。心を閉じたから得られたものもあったはずだ、と信じたい。とにかく、過ぎてしまった日々を振り向くにはその道は西陽が強く、さらにオフロードが過ぎる。あらゆる思い出というには美しくない日々が錆びたオルゴールのように巡るではないか。「持ってこなかった男」は緊急事態宣言の壁面に空いた細く不気味な穴だ。ステイ・ホーム、そして「うちで踊ろう」の先に「個」だけが響く夜がある。

ジャムたっぷり交響曲

8日

ジョン・カビラ氏のラジオに2度目の出演。6時20分起き、というのは随分久しぶりな気がする、と思ったが昨年12月の頭に藤原さくらさんのMVで千葉に行ったときもそれぐらいだった。外に出ると空気はキンと冷えていて、車に乗り込みかじかむ指先で洗浄液を噴射させたところ、たちまち凍っていった。早い時間に出たつもりだったが道が混んでいて少し遅刻をしてしまった。そうしてたどり着いたJ-WAVEは閑散としていた。窓の外に広がる景色は相変わらず壮観。今日は「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌いに行くんだ、と家を出たけど、実際そうなって少し嬉しかった。自分では書けない詩だけど、この曲を歌っている間、少しでも自分がなにかの「役」になりきることができる。それがたまらなく嬉しいのだ。だから照れもせず、本気で歌った。きっと3年後聞き返したら「ふざけてるのかな?」っていうぐらい入り込んじゃっているんだけど、本気だった、ということも書き残しておきたい。

 

9日

新年二度目のナイポレの収録。素晴らしい新入荷がとても多かったおかげで実り多い放送になったかと思います。

 

10日

ソファに座ろうとしたら床板をぶち抜いた。今日はソファに座ろうとしたら床板をぶち抜いた記念日。

 

11日

渋谷のタワーレコードでオンラインライヴの配信。道を間違えてスクランブル交差点を通ったのだけど人の多さに心のそこから驚いた。そりゃ減らないわけだ。車で会場に入って、リハーサルしてひっさしぶりにタワレコ行くもんだから、と、バックヤードから店内にでて物色。しかしとにかく人がいない。ル・ポールのドラァグ・レースのリップシンク対決でとびきり感動したアレサの「ナチュラル・ウーマン」が入っているアルバムや、ジェリー・マリガンのアルバム、そしてラヴェル管弦楽作品全集を買った。4枚組!その後、HMV&BOOKSに足を伸ばす。こちらもまあとにかく人がいない。スクランブル交差点のあたりにいた方々は渋谷で働いている人たち、ということなのだろうか。と思うと、胸がいっぱいになった。あまり参照したことのない感情のまま、レジに並び、鶴谷香央理さんの新刊を2冊購入。再びタワーのバックヤードにどう戻ったらいいかわからずレジの方に「このあとのインストアイヴェントの出演者なんですけれども…」と説明して、「それならあちらの階段から〜」と案内されたがうまく入れず、もう一度戻るとお客さんだと思われていたようで2度ほど「本人です」と言うことに。そりゃそうだ〜。ライヴはうまくできた気もする。話しすぎた。そうして楽屋に引っ込む。片付けをして、終演から20分後には撤収が完了、私は井ノ頭通りを爆走するSUZUKIワゴンRのドライヴァーとなっていたのだった。