幻燈日記帳

認める・認めない

探求の端っこ

20日

 

(藤井)洋平ちゃん(敬意を込めて)とLIVE HAUSでツーマン。家を出る前に「洋平ちゃんと一緒にやるのにセックスの歌ひとつもセットリストにないのはどうなんだ」と思い、慌てて部屋で「イケナイコトカイ」を練習した。吉祥寺にでて簡単な用事を済ませて、下北沢に向かった。洋平ちゃんはリハーサルの段階からキれていてめちゃくちゃにかっこいい。今夜この人の前で演奏するのか、なんて思いながら自分のリハーサルを済ませ、JETSETに盤の歪みを直すサーヴィスの申し込みに行った。1度に2枚まで申し込みができるサーヴィスだったので部屋にある歪んでしまった盤から、もう10年以上前に買ったけど歪みにつきPLAY不可、いつかDJでかけたい、とCOMPLEXの"BE MY BABY"を選び、ちょっと前に京都の中古屋で5000円ぐらいで買ったのに盤がぐにゃんとなってしまっていたTMBGの"The Eles"を選んだ。なぜか少し緊張する。豊田道倫 / パラダイス・ガラージのベスト盤のアナログを取り置きして店を出た。

LIVE HAUSはそこそこの人の入り。ギターを乱暴にかき鳴らしてセクシーに決められただろうか。観にきてくれた写真家の宇壽山さんがアップしてくれています。確認してくれ。

澤部渡(スカート)による岡村靖幸カバー『イケナイコトカイ』からの『静かな夜がいい』弾き語り @ 下北沢LIVE HAUS 2023.10.20 - YouTube

洋平ちゃんのライヴは最高。1月にレコ発ワンマンがあるらしい。こない手はない。

 

21日

名古屋へ向かう。翌日に控えたライヴのための前乗り、ではない。豊田道倫さんと小西康陽さんのライヴがあるのだ。渋谷WWWでのライヴには自分の仕事の都合でいけなかったから余計に観に行かなければ、なんて気持ちがノってしまった。大学生の頃に夏休みに青春18きっぷで大阪、名古屋と豊田さんのライヴを今の妻とおっかけにいったのは何年前だったろうか。妻はもう社会人で、お金も持っていたはずで、大阪で落ち合うようにして私はひとり鈍行列車に揺られ、シートン動物記を読んでいた。そういう夏だった。あの夏と同じ、会場は名古屋の得三。共演は灰野さんだった。小西さんのライヴが衝撃的なほどに素晴らしかった。音楽が本人の手でほどかれ、また編まれていく、そんなライヴだった。豊田さんのライヴもめちゃくちゃよかった。大好きな「うどん、食べるか」ではじまったのが嬉しい。一時期ほど、熱心なリスナーではなくなってしまったから初めて聴く曲もたくさんあってドキドキした。四谷三丁目の駅の話をしてから歌われた「フィッティングルーム」という曲は学生の頃に私を戻してくれた気がする。それがいいのかわるいのかはわからない。今池にいるのに、新宿を思ってしまったのだからもしかしたらわるいのかもしれない。でもこれが豊田さんだよな、なんて気持ちがグッと入った。

 

22日

ライヴの前にレコード屋に一軒だけ寄ることにした。以前来た時、Revelationのレコードを買えたラジオデイズというお店にホテルから歩いて向かう。地下鉄の駅でいうと3駅ほどだっただろうか、とても気持ちのいい天気の日だったような気がする。店に着くと開店の少し前だった。向かいにあった無人の古本屋で時間を潰して、定刻になって入店。ラジオデイズはほどよいサイズのいいお店で、それでも窓が大きいのが気分がいい。大きい窓があるレコード屋は好きだよ。新入荷を見ていると、深すぎるブルーのジャケットが目に飛び込んできた。写真家でギタリストのスティーヴ・ハイエット「渚にて…」だった。まどろっこしく説明するならば、ムーンライダーズ関連作のレア盤だけど、バレアリックな作品として再評価が高まり、AORシリーズとして1000円で再発されたアルバムだ。私も再発されたときにはじめて手に取り、聴くことができたが目眩がするようなギターの音の世界がたまらなく好きだった。窓越しに街が見えて、手に取ったレコードには深すぎる空が映っている。この空が町田洋さんの漫画にでてくる夏の青空のように思えて、つい買ってしまった。レア盤とはいえ、再発も進んでいたからか、比較的安価で手に入った。嬉しい買い物だ。

ライヴは調子良かった。年内最後のフルバンドだからなのだろうか、ちょっと寂しい気持ちすらしていた。藤原さくらさんにも会えて、遠くで自分が弾くギターの音も聴けた(Chelmicoの"Love Is Over"のギターはオレなんだぜ)。車に乗せてもらって東京へと戻る。車の中では再びどうやったら売れるのか、の話になった。優介がふいに「いやでも、やりたいことやれててなんとかなっているんだったら今のままでもいいんじゃないの?」(大意)というので気持ちが揺れる。そして結局メントスコーラから始めるしかない、という話に落ち着いた。

 

23日

ナイポレの収録。週末のライヴも控えていたので豊田道倫/パラダイス・ガラージ特集。私には愛憎入り混じった濃厚な思いがあるから一時間やったら大変なことになる、と判断して番組の半分だけにした。いただいたお便りもyes, mama ok?やムーンライダーズの話だったので結果的には濃い話になってしまったが、ぜひ聴いてほしい。

2023年10月27日(金)20:00~21:00 | NICE POP RADIO | α-STATION FM KYOTO | radiko

 

24日

シティポップレイディオの収録を終え、半蔵門から新宿に向かって歩く。以前、先輩ミュージシャンから教えてもらったお店で中華を食べ、四谷三丁目の駅に向かった。豊田さんが東京を懐かしむように四谷三丁目の駅の話をしていたのが印象に残って、実際にどんな駅だったかな、もしかしたら利用したことはないかもしれないから、と向かってみると、古い東京の地下鉄の駅のムードがあった。どよんとした壁の色、妙に上り下りしなければならない絶妙な鈍臭さ、そうだった、東京の地下鉄ってこうだった、と東京にいながら知った。

夜はカナメストーンのおふたり、ディレクターのメキシさんと飲み会。ラジオ番組の罰ゲームでテーマソングを作ることになった零士さんにアドバイスをするための会だった。ずっと笑って、ときどき真剣な顔をして、ご褒美みたいな一日だった。

https://open.spotify.com/show/0EnJ2fbQxIN0GnjqMdxWN5?si=92d200ec00e44c6e

 

25日

一日中、部屋にこもってナイポレの選曲を進める。「6周年なんでデビューや結成から6年経った音楽の特集」というお題を受け取り、各種ライブラリー、インターネットに張り付いて選曲をしてあるひとつの結論に辿り着く。6年続けるのって本当に大変。気持ちが塞がりながらもエモくなっていく近年稀に見る経験だった。

 

 

 

 

ジャズ束

15日

ギターポップレストラン出演。yes, mama ok?でもう10年以上出入りしているイヴェントだけど何回出演してもギターポップレストランという名称に体が慣れない。yes, mama ok?以外にも今回は弾き語りの出演もあり、直前にムーンライダーズのライヴがあったことも加わって完全に頭がスパークした状態でステージにあがることに。お客さんの調子も最後まで掴めず、木の棒でぶん殴るようなライヴになってしまった。yes, mama ok?は本番開始直前に「今回は来なそうだ」となっていたキラー氏が突然登場。奔放さとポップネスに満ち溢れたライヴになった。終演後、yes, mama ok?で打ち上げ。2日後に迫った曲出しの打ち合わせまでに曲を書かなきゃいけないから、って早めに出ちゃいますが、と参加したのだが遅い時間までずーっと話し込んだ。うれしい☺️

 

16日

ツチカさん、tofuくんを迎えてナイポレの収録、の前にスタジオに入って作曲。区切りの悪い時間にスタジオに着いてしまったのでドーナツ買って時間を潰した。夕暮れ迫る吉祥寺はいい。ギアをいれるためにコーヒー飲みながらギターを触り、スウィートソウルライクないいモチーフがひとつできた。ナイポレの収録は作曲から上手く切り替わらない部分があって変な感じになってしまった場所もあったけど、めちゃくちゃ楽しく話せたのでよしとしたい。収録終わって仮眠をとるつもりで布団に入ったのだがコーヒーが祟ったのか、頭がまわったままだったからなのか、まったく寝付けず、またスタジオに入る。昨年のPOP YOURS、PUNPEEさんのゲストで出演したときに1万人ぐらいを前にして「ODDTAXI」を歌ったときに、「普段のライヴのペースで1年間やっても1万人聴いてくれるかどうかわからないのに、たった一晩でこんなに多くの人が聴いてくれたのか」というのがいい意味でショックで、それ以来よせばいいのに売れるとは、売れる音楽とは、と考え続けて悶々としている。そのひとつの通過点に「期待と予感」はあったはずだが、結果は完全な横ばいだった。だからこそ、もっと真摯に売れるとは、ということを考えなければならない、とギターを持ってできたのが5拍子のモチーフだった。俺は世の中をナメているのだろうか。

 

17日

2曲のモチーフも携え、打ち合わせに向かうために外に出る。風は冷たいが陽射しにさらされるとまだ暑いぐらいに思えてしまった。季節はいつまで我々を翻弄するのだろうか。打ち合わせを終えて整体に向かった。随分行けていなかったからとにかく効いた。外を歩くと感覚が変わる。ワンフレーム遅く感じるのが心地よい。

 

夏の間は休んでしまっていた週に1日は1万歩あるく、というのを再び初めていて、この日もよく歩いた。根津での施術を終えて、途中、湯島にあるナワブに寄りビリヤニに似た何かを食べ、御茶ノ水まで歩いた。私が育った西台(高島平)は坂がある街で、練馬に引っ越してからというもの、坂の少なさを気持ちよく思っていたが、実際あの辺りの坂の多い道を歩いてみると、自分はどうして坂が少ないことをよしとしたのかわからなくなってしまった。途中、歩いているときに靴に何かが当たっていつもと違う感覚があった。なにかを踏んだ、というわけでもなかったのだが、そのことが妙に気持ちに残った。

 

18日

リハーサル。コロナに怯え、自分から企画を打つ度胸も体力も消失してしまったからリリースツアー以外、今年は呼ばれたライヴに出ただけだったからライヴが少ない。この日のリハーサルも年内最後のフルバンドのリハーサルだ。22日、名古屋のライヴのためだ。フリーだし、フェスモードの選曲にしたので楽しんでもらえたら最高。リハーサルが終わってメンバーとも売れるとは何かを話し合った。結局YouTuberデビューして過去にバズった定型のフォーマットに沿ってやっていくしかない、という話になった。メントスコーラとアイスバケツチャレンジから始めます。

クラブ東別院 in ドデ祭2023 : スカート オフィシャルサイト

 

19日

ゴーストワールド」の試写の招待を受け、観に行く。2001年公開の映画で、リヴァイヴァル上映が11月から決まったのだそうだ。私は未見だったが、23歳マネージャーA氏のフェイヴァリットの一本だったそうで、ホムカミ福富も好きだったよな、観ておかないと、ぐらいの軽い気持ちで観に行ったが、「売れたい」と口では言いながら5拍子の曲を書いているような今の自分に重なってしまい見事にズタボロになる。終盤でイーニドが部屋で雑にかけたレコードからある大好きな曲が流れ出してつい涙がこぼれた。その曲は無垢を持ってぶん殴られるような曲で、大好きだけどなんならちょっと畏れすら感じていた、ここ2年ぐらいの私がお守りのように思っていた曲だった。イーニドも俺だし、シーモアも俺だ。マネージャーA氏が以前、雑談のなかで「映画観終わったあと感想戦になるのしんどくて……」と言っていたのを覚えていたので、サラッと別れてしまったのもよくなかったのかもしれない。レコード屋に行って気持ちを落ち着けよう、ハイファイに行けば馴染みの店員さんに会えるかもしれない、と、イーニドが部屋で雑にかけたあの曲を聴きながら渋谷の街を歩くのだが、目の前の景色が違いすぎて今の私はイーニドにもなれなかったし、シーモアにもなれなかった、と気がついてしまった。HMVに入るつもりはなかったのに、なんとなくHMVに入って、レコードを物色して店を出たら声をかけられ、振り向くとミツメの川辺くんがいた。本当に救われた気がした。用事で渋谷に来ていてたまたまHMVにいたそうだ。そのまま上の階のルノアールに行って近況を少し話す。いい意味でズタボロになった心に友人との会話というのがジツにシミた。川辺くんも随分昔に「ゴーストワールド」を観ていたから、「こうこうこうだったんだよ!あのシーンがさ、今の自分に重なっちゃって」とか話す。「俺たちってブシュミ(シーモア)ぐらいの年齢なのかな」「作中ではどうだったかわからないけどブシュミの生年月日と映画公開の時期から察するに40代ぐらいだね。もう手が届きそうだ、ははは」。今度は飲みに行こうよ、と言って別れた。嬉しい一日になった。本やちょっとした惣菜を買ってから帰る。帰り道はいつもと変わらない。ホームに向かうと、電車が来て、その電車に乗れた。駅からバス停に向かうと、バスが来て、そのバスに乗れた。

映画『ゴーストワールド』オフィシャルサイト

チョコレート ‑ 曲・歌詞:ミツメ | Spotify

 

デギスタシオン・ア・毎日

某日

昼、仕事の打ち合わせをして、そのままやる気がすぐには出なくてずーっとテレビを見ていた。アコギを弾かなければなかなかったので夕方過ぎに無理矢理気持ちを作ってアコギで作業をして送信。なにやら楽しい。

 

某日

カクバリズムの夏祭りの物販で売るための中古レコードの選定と値付け。日本盤買っちゃった〜とかオリジナル盤買っちゃった〜とか言ってダブったレコードや、もうあまり聴かない気がするものを中心になるべく安価を心がけ値付けをした。1日かかってやったから「こりゃ仕事だわな……」と神妙な気持ちになる。当日、半分とまではいかないまでも結構売れて嬉しい。

 

某日

コロナにかかってしまったが幸い軽症だったため、ひたすらギターを持って送信、リアクションを待つ、というのを繰り返した。

 

某日

とはいえ痰は出続けるし医者にでもかかるか、と医者に向かうが灼熱の外検査場でクラクラしてしまった。

 

某日

夜、眠れなくてApexをやりながら昔の自分のラジオを聴いていた。「泣いちゃう曲特集」の中で「9月の海はクラゲの海」をかけて「とにかく音ならざる音みたいなのがいっぱい入ってて、久しぶりに読み返した市川春子さんの"25時のバカンス"での人と人ならざるものの間のようなものに近いように受け取って泣けて仕方ない」みたいなこと言ってて、そうだよその通りだよ、と真夜中にひざをうった。

9月の海はクラゲの海 - song and lyrics by Moonriders | Spotify

『25時のバカンス 市川春子作品集(2)』(市川 春子)|講談社コミックプラス

 

某日

収録スタジオの前の駐車場が3台とはいえ全部アルファードで埋まっていてさすがに声出た。

 

某日

映画を試写で見せていただいた。ものすごく静かな映画で、観終わった後に映画と現実の境界がわからなくなって少し街を慎重に歩く。駐車場の値段が結構な額になっていてようやく現実に戻って来れた。エンジンをかけるがどうやってもうまくいっている気がしないので自分の曲を聴きながらミックスチェックに向かった。

 

某日

「スキップとローファー」の記念切手を買った。アニメ版はまだ観ていないというのに、「スキップとローファー」の切手を貼ったら手紙だったりちょっとした小包みなら届く、というのがあまりに嬉しくて2セット買った。ひとつは使ってみたい。

『アンダーカレントを訪ねて』より"アメリカ紀行" (Extended Version)

CREA webで連載中の「アンダーカレントを訪ねて」のためにエッセイみたいな日記を書こうと思ったら18000文字超えてしまったため、冒頭は本懐である「アンダーカレントを訪ねて」に掲載してもらいました。しかし「アンダーカレントを訪ねて」とはよく言ったものだ、という回になった気がします。こちらをご覧ください。

 

crea.bunshun.jp

 

7/13の続き

 

ホテルのチェックインを済ませて、ようやくアメリカに来た、という実感が湧いてきた。シティ・ヴューの部屋を取っていたので街が一望できる。テレビの横にはミネラルウォーターのFIJIが置いてある。テレビからは英語ばかりが流れてくる。アメリカである。荷物をほどいて、夕食を摂りに街へ出た。もう10時を過ぎた頃だったから松永さんに教えてもらったIN-N-OUTバーガーに向かった。半袖では寒いハリウッドを歩く。不思議な街だ。栄えてはいるけれど、近代的な建物はほとんどなく、建物の背も低い。そして臭い。生ゴミの臭いではなく、公園の公衆便所のような臭いが街の至る所からする。ホテルから10分ほど歩いてIN-N-OUTバーガーに辿り着いた。店内は大混雑!オーダーの列もできていて冷房がガンガンに効いていた。アメリカに着いて初めての食事で、オーダーにも気合が入るのだが、3種類しかメニューはない。事前に下調べした妻によると裏メニューも存在しているらしい。それを教えてもらってダブルダブルバーガーのアニマルスタイル(!)をオーダー。思い描いていたようなバカでかいハンバーガーではなく、日本のハンバーガーと大きさ自体はそんなに変わらない気がしたのだけど、味は最高、食べ応えもとんでもなかった。

 

ホテルへの帰り道、本当にアメリカに来たんだねえ、と感慨深く妻と話す。ホテルの向かいにあるセブンイレブンに入ってみることにした。扉を開けるとなぜかインド系のポップミュージックがかかっている。そして陳列棚に知っているものがひとつもない様子を見てさらにカルチャーショック。さらに日本では販売が終了してしまったグラソー・ビタミン・ウォーターが売られていて泣きそうになった。グラソー・ビタミン・ウォーターはいくつも種類があって、どれを日本で飲んでいたのか忘れてしまったのだけど「赤かった」という記憶を頼りに「with love」というフレーヴァーをチョイス。ついでにレジ横にあった日本で言うと唐揚げ棒によく似たホットスナックも購入、部屋に戻って、唐揚げ棒によく似たホットスナックを食べたのだが、固いすぎるぬれおかきのような感じといえば伝わるだろうか、じわじわと不快になる楽しい経験だった。ちなみにwith loveは一口飲むと、全く知らない味だったので笑ってしまった。

 

7/14

 

早く目が覚めてしまったが、妻も同じだったようでIHOPに行きモーニングと洒落込む。陽が登り切る前のハリウッドは気持ちよく、日本の夏もこう言う感じだった瞬間あったよな、なんて思いを巡らせた。昨日と同じ道を通ったのだが、ふと上を見上げると電線になにかがひっかかっている。カルフォルニアの青い空(とはよく言ったもんだ)の手前に映るのはギターのヘッドの一部、それも2本分だった。怖い街に来てしまった。

 

IHOPはパンケーキのファミレスみたいな感じで、ノリでいうとガストに近いらしい。妻が唐木元氏から受け取った「アメリカのさもしい飯も食ってほしい」(大意)という言葉の割とそばにある食事。私はサニーサイドアップにステーキ、そしてパンケーキというセットを選んだ。めちゃくちゃ美味しいものでは決してなかったのだが、有線から60年代~70年代のヒット曲がかかっていて、届いた食事を食べて行くと、ぽそぽそした肉、(なぜかサニーサイドアップではなく)バターがたっぷり入ったスクランブルエッグ、甘いパンケーキを食べ飽きてきた頃、全てがないまぜになり、有線から流れる音楽が強烈に染み入る。これがアメリカなのか。そうか、アメリカなのだな。

 

食事を終え、腹ごなしのため、そのまま歩いて妻が視察したいというスーパーへ向かう。本当のカリフォルニアの陽光が我々に降り注ぐ。暑い。暑すぎるのだが、不思議と汗はあまり流れていないよう。かいたその端から乾いていっているようだ。スーパーについて、どういうものがあるかだけさらっと眺め、ファーマーズ・マーケットに向かった。このファーマーズ・マーケット、映画「スパークス・ブラザーズ」で兄弟がコーヒーをオーダーしていた場所で、ちょっとした市場みたいな場所だ。いくつも飲食店があり、雑貨屋があり、とてもいい雰囲気。なぜこの暑さでオーダーしたのか、もはや思い出せないのだが、ホットのチャイラテをすすって、マーケットを散策していると、ステッカー・プラネットというお店を見つけてしまった。狭い店内に文字通り所狭しとステッカーが並べられているのだけど、そのステッカーのほとんどがロール状のステッカーになっていて、自分でロールから切り離して会計する、というシステムだ。そのデザインがすべて最高だった。昔、衿沢世衣子さんの原画展でシール交換会をやっていて、そこで衿沢さんのご友人からシール交換で最高にかわいいくじゃくのシールをいただいたことがあった。もらってからずっと大事に持っていて、どうしたらこういうかわいいシールが手に入ったんだろう、と不思議に思っていたのだけど、それらがここにあった。店舗の広さからしたらすごく長く滞在して、慎重かつ大胆になにを買うか選んだ。人生のスローガンに「ステッカーとバッヂは2つ買う」を掲げているので、会計したら40ドルになっていて笑っちゃったし、日本帰って優介にその話したら一通り笑われて呆れた顔で「40ドル!?寄付とかしなさいよ」と言われた。寄付はしよう、と思った。

 

その後、周りで洋服買えるところはないだろうか、といくつか探してみる。そう、今回の旅のもう一つの目的はプラスサイズ(4XL)を生きる私自身を肯定してくれる場所を探すことでもあったのだ。ショウ・ウインドウに飾ってあったシャツがかわいかったから、と入った店は基本XLまでだった。XLといってもでかいんでしょう?と袖を通すも、それはせいぜい日本の2XLぐらいなもん。GAPも基本XLまで、時々あってもごくわずか2XLがある程度。突然、現実を突きつけられて悲しい気持ちになった。

 

部屋に戻り、一休みして夕食を摂りに街に出る。その日の夕食はGoogle Mapで見つけたピザ屋にした。ドリンクにミルクがあったのでオーダーしようとすると、「こんなおっきいサイズで来ちゃうけど大丈夫?」と問われて怖気付き、アイスティーにオーダーを変更した。ウェイターのおばちゃんに「どこからきたの?」と問われ「日本です」と答えると「じゃあ、簡単にオーダーができるようにしてあげる」と言って、日本人の店員を連れてきた。どうやら旦那さんだそうだ。円滑にコミュニケーションをとりながらオーダーができて、助かった。ピザはアメリカらしい大味なピザだけど、日本ではチーズの中に埋められてしまいがちな野菜類が、チーズの上に散りばめられていた。野菜の食感と味にほんのりした生感があって、日本ではあまり食べれない感覚で最高だった。

 

ホテルに戻って明日はレコード屋へ行きたい……近くといえば近くに大きい動物園がありますな……行けたら行きたいねえ、なんて話しながら眠ってしまった。

 

15日

 

計画通りレコード屋に行こう、とHollywood/Western駅まで電車に乗ることにする。異国の地で電車に乗るのは大変だった。妻はフィジカルのSuicaみたいなやつ、私はアプリでSuicaみたいなやつを入れた(のだがその後、全く入金できなくなってしまい結局フィジカルを買った。帰国後も入金を試みたが、結局できないようだった。カリフォルニアの宙に浮いた俺の1.5ドル……)。地下鉄はものものしい雰囲気が漂っていて、そうか、スプラトゥーン2のオクト・エキスパンションで描かれている地下鉄の感じか~と膝を打った。(あとで調べたらニューヨークの地下鉄がモデルだったそうだ。)タイレストランで食事を摂って、バスに乗り換えてRecord Safariに向かう。道中のバスは強すぎる日差しに配慮してか、窓ガラスがかなり暗くて、どんな景色なのかはわかっても、どんな店かまではわからないのがちょっと寂しかった。

 

バスは目的地に到着、2分ぐらい歩くとお目当てのレコード屋だった。お店に入るととても賑わっていた。「所狭しとレコードが並んでいる」というわけではなく、抜けのいい店内。DJがレコードをかけて、レコードを見ながらそれぞれが楽しんでる。ゲームの筺体があったり、ドリンクのたっぷり入った冷蔵ショウケースがドンと置いてあったり、知らない光景でどきどきした。新入荷コーナーをめくるたびに気持ちがはやる。日本じゃ買えないようなあんなレコード、そんなレコードがいっぱいあるかもしれない、と興奮していた。日本のレコ屋でいうさだまさしさんとか小椋佳さんみたいなノリでジャクソン・ブラウンのレコードがあったりしてクラクラした。日本ではこの値段じゃ絶対買えないでしょう!っていうものがゴロゴロしていてとても刺激的だった。特にジャッキー・デシャノンの”For You”と”Me About You”が3ドルで買えたのが嬉しかった。

 

そのままバスに乗り、バーバンクの方まで出る。途中ショッピングモールに寄ったりしてその間も大きサイズの服がないか見たが、どこもXL止まりだった。どうせ向こうで服いっぱい買うだろ、と少なめに荷物持ってきた自分を少し恨む。アメリカですら私を受け入れてくれないのか。街の適当な服屋に入ったら自分でも入るサイズがある、というのはこちらの勝手な幻想だったということがわかってしまった瞬間だった。

 

Atomic RecordまでUberで向かう。Record Safariとは違っていわゆる「レコード屋」といったような雰囲気の店内。通路は狭く、すれ違うのはやや大変。壁には高額盤がぎっしり飾られていて、ロジャー・ニコルズのアルバム、ボビー・ボイルのアルバム、セルジュ・ゲンズブールのアルバムなどがズラーッと並べられていてめまいがするほどだった。Record Safariと比べると、値段は高いけど、いわゆる定番っぽいものがしっかりと押さえられた在庫という印象。アメリカだし……とボウイの『ヤング・アメリカンズ』を買った。安かったわけではない、でも異邦人としてのアメリカ土産だ。他にもマーク・ムーギー・クリングマンをジャケ買いサヴァンナ・バンドの3枚目も5ドルぐらいで買えた。日本で倍以上の値段で買ったドン・カニンガムのセカンドも購入。うれしい。閉店時間ギリギリまで物色して、会計を済ませると、Atomic Recordの人が奥から出てきて、つい数日前まで大阪にある別邸にいたんだ、と話してくれた。買い付けとかで行くんですかね、と訊きたかったが買い付けという言葉がなんて言ったらいいかは咄嗟に出てこなくて想像するだけだった。

 

夕方、5時、レコード屋を出て近くにあったRun Out Groove Recordsへ。こちらは小洒落た小さなレコード屋。デヴィッド・セヴィルの”Witch Doctor”の7インチがあり、購入。さすがに疲れたので、ポルトズ・ベーカリー・アンド・カフェという店でちょっと休む。変わったルールの店で、見た感じ普通の飲食店なのだが、ルール的にはテイクアウトのオーダーをして、その場でイートインするということらしい。一日歩きっぱなしだったので、体が甘いものを求め、ついグアヴァ・レモネードとティラミスを注文してしまったのだが、どちらもおいしいのに食い合わせとしては最悪で、もうちょっと慎重にオーダーするべきだった、と後悔。でも慎重になるスキなんて微塵もなかった気がする。

 

ホテルに戻って、夜の遅い時間にしか予約できなかったムッソー・アンド・フランク・グリルへ。松永さんもヴァン・ダイクの接待で使ったという超有名店。かつてはチャップリンも愛した、ハリウッドスター御用達の名店という訳だ。「値段のことを気にするのはやめよう」と妻と話して、欲望の赴くままにオーダーした。フィレ・ミニョンのステーキがおいしかったのはもちろんなのだが、妻が頼んでいたコンソメスープが衝撃的だった。セロリだろうか、香味野菜のダシがきいていて、上品ともまた違う奥深さ。経験したことがない味だった。食後に紳士なウェイターがデザートはどうだい?と勧めてくれる。しかしその段階で私たちはお腹いっぱいだったので、そう伝えると、「うちのチーズケーキは食べた方がいいよ!シナトラは知ってるかな?彼をしてチーズケーキと言わしめたチーズケーキだよ。ふたりでシェアして食べてみたら?」というのでオーダーしたのだが、このチーズケーキが本当に絶品だった。決してなめらか、というわけでない。でも愛らしく、濃厚なのに嫌味がない完璧なチーズケーキだった。日本に帰ってもきっと私はこのチーズケーキの幻影を追うだろう。あまりの満足度。そして会計は大変に、もうべらぼうに高い。想定していた値段の1.5倍ぐらいだった。高級店だからチップも多めに払わなければならないため、さらに高額になった気もするのだが、振り返ってみるとアメリカで食べた一番美味しいものの大半はこの店で食べたものになった。(これは人生においてのある側面だけの話だけど)金を出せばこれほどの美味しいものが食べれるのなら、この人生頑張っていきたい、とさえ思える美味しさだった。

 

 

16日

 

『アネット』のロケ地のひとつでもあり、ル・ポールのドラァグ・レースのグランド・フィナーレが行われるオルフェウム・シアターをどうしてもこの目で見てみたいので、ダウンタウンの方へ向かった。せっかくなら、と妻の提案でダウンタウンのファーマーズ・マーケットに向かってみる。Pershing Square駅で下車。ダウンタウンはより治安が悪い雰囲気で、悪臭もマシマシ、街角から大麻のにおいが沸き立つ。セキュリティが軒先で大麻吸ってたのには驚いた。駅からすぐだったファーマーズ・マーケットは活気のある市場、というより文化祭のような雰囲気だった。何か買ってみようか?と話すも、なんとなく怖気付いてしまって何も買わずに出てしまった。オルフェウム・シアターをこの目で見る。劇場にはジンクス・モンスーン(『ル・ポールのドラァグ・レース』シーズン5の優勝者であるドラァグ・クイーン)の公演のポスターが貼ってあった。そこからタコスを食べるためにさらに歩く。妻は日本を発つ前、iPhoneにあるタコスのドキュメンタリー番組をしこたま仕込んでアメリカに向かっていたので随分気持ちが高まっているようだった。実際、ソノラタウンのタコスは絶品で、暑すぎるダウンタウンの日差しを受けて、より輝いているように見え、瓶のコーラはあっという間に底をついた。その辺りはファッション街だというので大きいサイズの服を求めて彷徨おうかと思っていたが、日曜日ということもあってか店はほとんど閉まっているようだ。TwitterにSOSを出すと、いくつかのアイデアが送られてくる。その中の店の一つは郊外の店で、そうか観光都市だと大きいサイズもあんまりないのかもな、と自分をむりやり納得させた。有力情報になったのはROSSというディスカウントショップの存在だった。近くにそのお店があるというので足を運んでみたら、数は限られてはいたものの、なんとかいくつかかわいいシャツを買うことができた。が、心は大いにすり減ってしまった。何千枚もあるように見えた在庫の中から3XLのものは30枚ほどだったのだ。「世界に取り残され 初めて何が書ける?」とうたう歌がある。砂の上に座ることができたら、私はその時、オルガンを弾けるだろうか。

 

アメリカには気軽に飲み物を買う環境と、トイレがあんまりない。ROSSにいるときもトイレに行きたくなってお店の人に訊いたのだが、「ここにはないけど右に出て右に曲がった先にシェイクシャックがあるからそこなら貸してくれると思うわ」と教えてくれて、なんとかたどり着いたのだが、シェイクシャックのトイレが番号錠だったそうで、陽気な店員から「Three……Nine……Three……」と6桁の数字を突然言い渡される。トイレを借りようとして数字を覚えることになるなんて考えてもいなかったからパニックになった。そして、英語で言われるとなぜか覚えづらい、ということもわかった。その後、本日、ドラァグ・レースのイヴェントがやっているマイクロソフト・シアターまで足を伸ばす。ヴィジョンに映るクイーンたちをみて、せっかくだから本場のショウも見てみたたかったな、と後ろ髪を引かれる気持ちでホテルに戻る。英気を養い、いよいよハリウッド・ボウルに向かうことにした。ホテルから5分ほど歩いて、シャトルバス乗り場に向かった。

 

これ以降はこの日記から抜粋して物販でTシャツ買ったことを削って、ちょっとした序文を足したものがこちらにまとまっております。

 

スパークス&ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツLA公演レポート | TURN

 

17日

 

この日は古着屋を回ろう、と妻が計画を立てていた。バスを乗り継いで古着屋がたくさんあるメルローズ・アヴェニューのあたりにつく。最初に寄ったのはJET RAGというお店。古着屋にしては面積が広く、置いてある数もとんでもない量だった。ここならきっと自分のサイズもあるだろう、と物色していくと、あったよXXXXL!!!と黒いシャツに手を伸ばした。しかしデザインはいわゆるカウボーイとかの胸についているひらひらがあしらわれたもので、ずいぶんご挨拶じゃないか、と笑ってしまった。気を取り直して店内をあらためて物色していくのだが、ほとんどXL止まり、あっても2XLという状態が続く。店内のBGMがINXSのシングル盤らしく、同じ曲のリミックスがずっと続いていたことも悲しい気分に拍車をかけた。サイズが合うやつがいくつかあっても、傷つきすぎた心はすでにズタボロになっていて、冷静な判断が下せず、結局1時間以上探したが、買えるサイズでかわいいと思えたものはラルフローレンのオレンジ色のボーダーのポロシャツ(サイズは2XB!)だけだった。

 

その後、近くにあった古くからあるホットドッグ店で昼食を摂ったのだが、ここのオニオンリングが信じられないぐらいかわいくなかった。ぼってりとした衣がまとわりつき、最初に食べたものに関してはドーナツと言っていいほどだった。あまりの衝撃にちょっと落ち込んだが、気を取り直して古着屋めぐりを再開。その後、数店舗回ったが私が求めるようなものはなく、世界はこんなに悲しいのか、日本が悲しいだけではなかったんだ、とようやく受け入れることにした。強い日差しの中、憐れな男が日陰にそっと倒れ込もうとしている。妻は手を差し伸べてくれたが君ならどうする? 

 

取り直せない気を抱いてロックTシャツ屋に入るとフレネシさんのファーストの1曲目がかかっていてのけぞり、元気が出た。その次は鈴木茂さんの「LADY PINK PANTHER」だ。それでもサイズはやっぱりなくて店はすぐに出た。Google Mapによるとその店から少し進んだところにレコードコレクターというレコード屋があるらしいので寄ってみよう、と少し歩く。20時まで開いているそうなのでまだ全然余裕がある、と思っていたのだが、ついた時には店は閉まりかけていた。ところが、店の前に停めてあった車から、帰ろうとしていたのであろう、おっちゃんに声をかけられる。「ロックのレコードを探しているのか?うちには色々あるぞ。ピンク・フロイドか?ビーチ・ボーイズか?」というので「ビーチ・ボーイズ」のあたりで大袈裟に首を縦に降ってみたらお店に入れてくれた。かなしクラシカルな店内で、高い天井に向かってぎっしりレコードが詰められている。圧倒される光景だった。しかしこの店、何かがおかしい。そう、ジャンル分けがされていないのだ。通常のレコード屋には新入荷のコーナーがあり、ジャズのコーナーがあり、ロックのコーナーがあり、ソウルのコーナーがあり……といった具合なのだが、無尽蔵かつ無秩序にレコードが置かれている、といった印象だった。そんな中、おっちゃんとコンビを組むおじいさんが「ビーチ・ボーイズならこれだね」と2枚だけレコードを出してきてくれた。「他に探しているものはあるか?」というので咄嗟に「ボブ・ドロウ!」と答えてしまった。ボブ・ドロウで探しているレコードはもうほとんどないにも関わらず、だ。すると発音が悪くてボブ・ディランのレコードを渡されてしまった。もう一度ちゃんと説明してボブ・ドロウを探してくれているおっちゃんの指を目で追うのだが、この時、もうひとつの違和感の理由がわかった。どのレコードにも値札がついていないのだ。そして出てきたのは相棒、ビル・タカスとのデュオで発表されたライヴ・アルバム”Beginning To See The Light”だった。「サイモン・スミスと踊る熊」で幕を開ける最高にヒップなライヴ・アルバム。もう持っているけど、記念に買うんだったらいいか。「いくら?」と訊くと「25ドル」というではないか。確かに傑作だ。ここに収録された”I’m Hip”は野生味が強く、鋭さがにじむ最高のテイク。でも人気のある盤では決してないと思う。足元を見られていることはすぐにわかったのだが、わざわざお店を開けてくれた代わりに何か買って帰りたい、ならばその値段だって安いものだよ、と思って、「オッケー、これ買います」と伝える。「他にも探しているものは?」というのでいくつか具体的なアルバムのタイトルや、アーティストの名前を伝えるも、欲しかったものは在庫がないようだった。店内はどうやら厳粛なABC順になっているようで、探しているアーティストのスペルをおっちゃんがおじいさんに矢継ぎ早に伝えていたのが印象的だった。「ブロッサム・ディアリーはある?」というと、「ブロッサム・ディアリーは俺も大好きだよ!ちょっと待っててくれ」と、おじいさんを倉庫の方に向かわせ、しばらくすると5枚ほどレコードを抱えて戻ってきた。”Neelde Point Magic”と”Simply”から値段を訊いていく。「まあ珍しいレコードじゃないよ、25ドル」。”May I Come In?”は「オリジナル盤だぜ!50ドル。コンディションもいいよ」。”Once Upon A Summertime”と”Give Him The Ooh-la-la”は「もっと高いぜ、80ドル。でももうほとんど見つからないんじゃないの」という。最初の4枚は「もうすでに持っているんだ。”May I Come In”はジャパン・リイシューだけどね」と伝えたが、”Give Him The Ooh-La-La”を悩みに悩んで購入することにした。コンディションははっきりいってよくない。ジャケットはセロテープによる補修があり、これで80ドルかいな、と正直思った。でも買うんだよ。そして、それならば、とボブ・ドロウとビル・タカスのライヴ盤はいいや、を「あの~、こっちはキャンセルしたいんだけど……」と伝えると、「いーや、絶対に買った方がいい!後悔はさせないよ」というので笑いながらクレジット・カードを差し出していた。はっきりいって悪手の買い物だ。じゃあなぜ買ったのか?「買わない後悔より、買う後悔」としてはいるが、それでは説明しきれないなにかが渦巻いていた。まあ、狐にでも化かされたと思うことにする。

 

アメリカ最後の夕食だったが、歩き続けて疲れ果てた我々にはもうUber Eatsでギリシャ料理を頼むことしかできなかった。マウンテン・デューを飲んだら、バイト終わりにロング缶で飲んでいた頃と全く同じ味がした。日本のマウンテン・デューは何年か前にリニューアルしていて、味が変わってしまっていたのだ。100円でロング缶が買えた時代の話さ。最低賃金が750円だった時代の話さ。健康保険も、国民年金も、住民税も考えなくてよかった時代の話さ。グラソー・ビタミン・ウォーターもそうだが、遠く離れたアメリカに、俺の正統なノスタルジーが転がっていたことがなんとも嬉しい。

 

18日

 

朝起きても昨日買ったレコードはバッグのなかにあった。なんだったんだあのレコード屋は。

 

最終日、飛行機は夕方なので最後にもうひと足掻きをすることに。途中まで一緒に行動していたし、単独行動はしないようにしていたけれど、この日ばかりは時間が足りずふた手に別れることに。チェックアウトと荷物のパッキングを買って出て、ひとりでホテルに戻った。妻はそのままスーパーマーケットへ買い出し、私は部屋に戻り、なんとかパッキングとチェックアウトを済ませ、荷物をホテルに預け、Amoeba Musicにレコードを買いに行った。Amoebaは実は昨日の閉店間際に20分だけ覗きにきていた。新品のレコードも多いから少しの時間でも足りるかもしれない、と淡い期待を寄せていたのだが、こりゃいかん、とてもじゃないけれど見切れなかったので、あらためてひとりで向かうことにしたのだ。道中、バスに揺られながらいくつか音楽を聴いた。TMBGも聴いたし、スパークスも聴いたが、今の気分にぴったり合ったのはスケッチ・ショウの”Wilson”だけだった。Amoebaではセール品のコーナー、ジャズのコーナー、オールディーズなどのコーナーを中心的に見て、ロックのコーナーがあまり見れなかったが、とてもいい買い物ができた。

 

ホテルで妻と合流してUberで空港へ向かう。空港であらためて調べてみるとペットボトルの飲料はスーツケースに入れたら持って帰れる、というのでグラソー・ビタミン・ウォーターのXXXとEnergyの2本購入してパンパンになったスーツケースの隙間になんとか忍ばせた。荷物を預けようとチェックインを試みるのだがうまくいかない。窓口に訊いてみると、行きと同様、妻と離れなければならない予定だったが、妻の隣の席が空いたそうで、並びに変えてくれたそうで、少し安心した。無事に保安検査場も通過、搭乗までの時間を空港で過ごす。マウンテン・デューが売店にあったので追加で一本購入した。帰りのフライトの方が時間が経つのが長く感じたし、何より下半身への負担が大きかった。行きのフライトではほとんど見なかったモニターにかじりつき、古畑任三郎などの力を借りながらようやく東京に戻ってくることができた。東京に着いた頃には19日の21時を過ぎていたと思う。私の7月19日はどこに行ってしまったのだろうか? 高速バスで吉祥寺まで出て、重すぎる荷物を持っては店内に入れないため、交互にコンビニで夕食を買い、タクシーに乗り込み、無事に家まで帰ってくることができた。久々の日本での食事はインスタントの袋麺にした。アメリカでの食事はあたたかで汁気のあるものが多くなく、確かにジューシーではあるが「ヘイユー、スープでもおくれよ」と言いたくなることが何度もあった。そして何より生卵が食べたい。だったら選択肢はひとつだった。くたくただけど充実感を持って布団に入ったが、その日ぐらいは汚い布団でキングサイズのベッドの夢ぐらい見たかった。

いまは最悪

7月の後半から新しく仕事に手をつける。過去に全くやったことがないわけではないけれど、いままであまりやってきたことがない作業。あまり家から出ることもなく、毎日が過ぎていくため、たいしたことが起きない。でもそれも人生なので、日記に落とし込もうとつとめる。

 

7月末、某日

とまいちゃんに誘われて上野耕路さん率いる捏造と贋作チームの朝食会に参加する。特別ゲストはなんとラッセル・メイル!!!本当か、そんな催し本当にあるのか、と半信半疑で参加すると本当に捏造と贋作チームとラッセルがコーヒーを囲んでいた。序盤は英語力の無さからニコニコと佇んでいるだけだったのだけど、後半は勇気を出して「ハリウッド・ボウルまで観に行ったんですよ!素晴らしい体験でした」とか伝えることもできたし、サインもいただけた。”Thanks For To Coming The Hollywood Bowl!”と書いてもらえたし一生の宝物がひとつまた増えた。ラッセルと別れて、捏造と贋作チームでハンバーガーを囲んでいろんな話を伺う。当時のニューウェーヴのシーンだったり、上野さんが聴いてきた音楽の話を聴いて嬉しくなっちゃった。

夜はNICE POP RADIOの収録で松永さんと音楽の話ができて、より最高の一日になった。

 

8月某日

健康に想いを巡らせながらネットサーフィンをしていた。Hi-Fi Record Storeの新入荷は見ると毒(この世に素晴らしい音楽が溢れすぎていて、それを手にいれるだけの稼ぎがないという事実を突きつけられる)なのでなるべくみないようにしてきたのだが、やっぱり見ると楽しい。新入荷にトッドのセカンドがあがっていて、異常な俺はアメリカのレコードサファリで買ったトッド・ラングレンのセカンドに針を下ろす。大学生の頃に聴いてから大好きな1枚で、学生の頃に買ったCD、ちょっと前に大阪で買った日本盤のLP、そして今回のオリジナル盤という流れ。日本盤のLPについていた中川五郎さんの翻訳した訳詩を読む。「Bleeding」に「いまは最悪」という節があり、心がぐっと近づいていくのを感じた。

 

Bleeding - 2015 Remaster - song and lyrics by Todd Rundgren | Spotify

 

某日

ときどき思い出してはあの時の自分は間違っていた、と思うべきなのか、いやそうではない、とあの時の自分に声をかけるべきなのか、だとしたらどうやって?と考えを巡らせていることがある。10年ぐらい前だ。コミティアに参加した時、「私も音楽やっているんです。よかったら聴いてください。スカートすごく好きで、YouTubeでいつも聴いています」と言われて、話しかけてくれた人をちょっとだけ冷たく「あ〜そうですか〜あざ〜す」って言ってしまったことだ。なんなら当時、Twitterでもう〜んみたいなことも書いた。当時の私はコミティアという場において、創作に対価を払わないのが気に入らなかったのだろう。どっちにしろ私はそのバンドのメンバーの一人からブロックを喰らうに至っている。私はどうしたらよかったのだろうか。

 

某日

18000字あるアメリカ紀行から切り出して整えたライヴレポートが公開されています。日記でありながら、どこかにライヴレポとか書けないかな、って思っていたから中間みたいな感じになっていますが、この日記を読んでいるみなさんには是非読んでいただきたい。

スパークス&ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツLA公演レポート | TURN

 

某日

岩本ナオさんの「マロニエ王国の七人の騎士」のアクスタリリースの知らせをツイッターで見てその素晴らしさについオーダーしてしまった。おれは今まで岩本作品の登場人物で一番好きなのはライララさんだったけど、今はコレットさんが好きで、あまりにも素敵すぎるそのアクスタを組み立てることもできず、改めて読み返している。6巻172ページの麺すすってるコレットさんかわいすぎる。

 

ブルームアベニュー - 小学館少女まんが誌公式通販サイト

 

なんでもない毎日を日記として記録するのが好きだったはずだったのだが、昔のようにはいかないらしい。私は歳を取った。アーティストは27歳、30歳、33歳と社会的な折り合いがつかなくなるから気をつけなければならない、と自分に言い聞かせて、33歳まで頑張ろう、そうしたらまた開ける何かがある、と生きてきたが、33歳を超えると毎日は毎日なのだ。

 

 

正しいこと委員会

アメリカ日記は18000字になってしまったのでちょっと考えます

 

20日

キングサイズのベッドの夢も見れず泥のように眠り、大阪に向かう。大比良瑞希さんのライヴのため。自分でもよくやるよ、というスケジュールだったが、なんだがこの慌ただしい感じは経験がないので、楽しい。体は日本だが、頭はまだ太平洋に浮かんでいるようで、セットリストを決めた方がいいのか、と思ったのだけど、冷水ぶっかけないと頭が日本戻ってこれないような気がして、荒療治だがいつも通り、舞台で演奏する曲を決めていった。結果、惨敗ではなかったが、普通に反省が残る感じになった。しかし不思議なのがあの曲の次はあの曲じゃなかったな、とかじゃない。もっとピリッといくか、ニコッと行くか、その線引きが曖昧だったのかもしれない。アンコールで演奏した大比良さんとの新曲めっちゃよかったでしょう。タイトルはその場でデモを送る時の仮タイトルが採用されました。"1000 Love Songs I Don't Like"。大比良さんには言えなかったけどタイトルの元ネタはOur Hourが嫌いなバンドを列挙していくこれ……

10000 Groups I Don't Like - song and lyrics by Our Hour | Spotify

打ち上げでスタッフY氏とバカ盛り上がって私物で何枚もストックしているレコードをいくつか送ってくれることになった。嬉しい。ものすごくいい一日だった。

 

21日

ちょっとだけ大阪の街を散策するも、ギターを背負って歩ける天気じゃなかった。LAの気候が恋しい。ギター以外の手荷物は百貨店に預けることができたので、おいしいものいっぱい家に買って帰った。何にも考えずに夕方前ぐらいの新幹線に乗ったら東京着いた頃には帰宅ラッシュでもっと遅い時間か早い時間にすればよかったと後悔。

 

22日

数日前に見たスパークスの東京公演。会場はduo。ひと月前に立ったステージにスパークスがいるというのは不思議な気分だ。そして数日前見たスパークスをまた見る。ところがハリウッドボウルとは何から何まで勝手が違う。スタンディングというのもそうだけど、音響の感じもやはり変わってくる。大音量!という感じでバンド感がありありと見えてくるライヴだった。ハリウッド公演ではカットされてしまった"Escalator"と"The Toughest Girl In Town"が復活。"The Toughest Girl In Town"なんて「インテリア・デザイン」からの演奏だよ!!!元は打ち込みだったけど、生演奏になることによってとんでもない次元に昇華されていたし、何より"Balls"がライヴハウスだと全く違う聴こえ方をしていたのが楽しかった。ギュっとする感じって言って伝わるだろうか?とにかくハリウッドボウルでの"Balls"とduoでの"Balls"は機能が全然違った。言語化はできない。

この日はハリウッドボウルの後だったからか、ちょっと肩の力抜けていて、ラッセルもロンも"This Town"で間違えていて、そういうのもこのduoに合っていてバンド感マシマシ。最高だった。

 

23日

恵比寿のBaticaで開催される大ヴァーリ・トゥードにDJとして参加。主催のT氏からはシティポップ風で、とオーダーされたがいろいろ持っていってはいたものの、いつもの感じ+サヴァンナ・バンド風味といったセットになった。どうなるかと思ったけど、結果的には好評だったようで安心する。この日はとんかつ街道や車海老のダンスと共演できて嬉しかった。

 

24日

大興奮のNICE POP RADIO収録。お恥ずかしいほどの大興奮だった。

 

25日

スパークスを見に渋谷公会堂へ。わずか10日もたたないうちに3度もスパークスをみるなんて酔狂がすぎる、と思っていたのだが、結果的に全日見に行けて本当によかった。ハリウッド・ボウルは完璧なショウを見せてくれるスパークス、duoはライヴバンドとしてのスパークス、渋公はそのいいとこ取り、といった感じだっただろうか。この日、胸に染みたのは「The Number One Song In Heaven」。この日は演出として結構な量のスモークがたかれていて、照明も相まってまさにヘヴンリィな演奏だった。同じ曲でもここまで表情が変わるのか……自分もそういうライヴをやりたい!!がんばるゾ

 

 

トンメトーパア

17日

やついフェスティバル出演。サーキットイヴェントに出るのは本当に久しぶりで、あの独特な雰囲気を思い出すのに随分と時間がかかった。ロンドンへ向かう優介を見送り、メンバーで王将ステージへ向かい、酒やソフトドリンクを浴びていた。ぎゅうぎゅうのEASTに戻って、スチャダラパー、お笑いステージを続けてみる。ダウ90000のみんなにも会えて嬉しい。頼もしい、いい顔をしていた。

トリプルファイヤーを観に行ったが入場規制がかかるほどの大盛況。入れてもぎゅうぎゅうすぎてとてもいられなく、音漏れを聴いては「やべ〜〜〜」とか話していた。後半、ようやく入れてじっくりとみる。やっぱり最高。いつでもトリプルファイヤーだけが俺を裏切り続けてくれる。

 

20日-23日

ムーンライダーズのリハーサル。元々三日しかリハーサルがない、と聞いていたので優介とセットリストの叩き台を決める時に新ネタはあまり多くは入れられないね〜と話していて、3曲ぐらいにとどめていたのだけど、気がついたら四日に増えていた。優介はピーター・ガブリエルを観にロンドンに行っていたので最後の一日だけの参加でヒヤヒヤしたが、見事に乗りこなしていて、いつもより優介がまぶしく見えた。

終演後に流れるCiao!のアナログ盤の盤起こしを買って出て、家で作業をする。悲しくなっちゃってメソメソしていたのだけど、EQのアナライザ見て涙が止まった。16kあたりの超高音域がピーンと立っていて爆笑してしまった。サージェント・ペパーズの犬を困らせるやつ(子供の頃は「犬のためのレコードがあってもよくない?」って伝え聞いていた気がする)だ!芸が細かすぎる。

 

25日

ハイドパーク、circleとなんとか無事だったけどこの日の「さよならは夜明けの夢」はさすがにヤバかった。慶一さんが演奏のあとに「どうもありがとう」と言ったのだけど、その言葉が幾重にも意味があるように聞こえた。

 

某日

数日、作詞でロイヤルホストに缶詰になる。安い客だと思われたくないからつい注文してしまうから普通に経済的でない。大比良瑞希さんのは割と筆が乗ったのだけど、U-25 OWARAI CHAMPION SHIPのテーマ曲の方は今までにない感じをチャレンジしたくて、ものすごく時間がかかってしまった。ふと窓の外を眺める、みたいな余裕が全くない、これはよくない、と、普段飲まないコーヒーを淹れてみたり、普段なら注文しないであろうフィッシュ・アンド・チップス頼んでみたり、注文したことがなかったヨーグルトジャーマニーを頼んでみたりしたけど、どれも大きな効果はなく、結局ものすごくギリギリに詩は完成した。けど、書き上がった詩を見て「チャレンジしたくて」と言っていた自分はどこに行ったのだろうか。トイレの鏡を見てみたが、どうやら私はここにいるようだ。

 

29日

元昆虫キッズの高橋くんと弾き語りのツーマンライヴだった。エレキギターを弾く高橋くんを観て、あ〜そうだよ、昆虫キッズは最高のロックバンドだった、と思い出せた。そして今、ソロをやっている高橋くんが頼もしく写ったのも嬉しい。私は高橋くんと出会った頃に作った曲を中心に演奏した。CALLも視界良好もやらなかったけどスミレとヘルメットとショパンはやった。そんなライヴになった。

高橋くんに「こないだ福岡行った時に向井さんと飲んだんだよ」というと「えっ、スカートで福岡行ったの?」と訊かれたので「あ、いやムーンライダーズ」と答えた時に、高橋くんと出会った頃から今が突然一本の線、いや一本の矢のようなものが駆け抜けていくのを感じた。言葉に表せない驚きだった。

終演後、出待ちの青年たちが居てカリスマとしての力量の違いも見せられた。俺のライヴだとそういうのほとんどないっすよ

 

7月1日

ブロッサム・ディアリーのボックスが届く。自分の夢以上のなにかがこのボックスセットだ。未発表のどの曲を聴いても嬉しくてたまらない。オランダでのライヴ盤を聴いた時に、「1971年のブロッサム・ディアリーはドラム、アコースティック・ピアノ、エレキ・ベースという編成だったのか!」と驚いていたけど、その延長にいろいろまた見えてきて興味が尽きない。そしてライナーちゃんと読めるようになりたい。その一心からDeepLに文章ちまちま打って翻訳していたのだが、ある時カメラからテキスト読み込める、と気がついて気が抜ける。しかし知りたい情報は書かれていなかった。

 

2日

ムーンライダーズのアナログ視聴会はとても楽しかった。Happnings......のアナログめちゃくちゃ音良くて最高。終わった後、皆さんと食事会で、楽しい話をいくつも聴いた。アメリカに旅行に行く、という話になり、くじらさんがかつてアメリカに行ったときの話を聞かせてもらった。セコイヤ国立公園の景色の話だ。今回行くのはハリウッドだから少し距離があって多分行けないけれど、GoogleMapにピンを立てる。そうしてきっとずっと忘れない。

 

7日

前日に見たお笑いライヴは面白かったのだけど、心の置き所がわからなくなってしまい、悶々としながら4時まで起きてしまっていたため、ふらふらでランドリーに向い、洗濯を済ませる。部屋に戻り、赤城忠治さんの訃報を受け取った。むう。

大比良瑞希さんのYouTubeの撮影で六本木待ち合わせ。数日前に車のエアコンが故障してしまって大汗かきながら向かったのだが行けども行けども青梅街道は大混雑。ただでさえ7分ぐらい遅刻していたのだが、ひどい混雑に巻き込まれ、対処方法も見つからず、30分遅れて到着した。さらに最悪だったのが集合場所を間違えてしまっていたことだ。50分の遅刻はさすがに人間として最悪すぎる。俺は醜い。というのに大比良さんチームは暖かく迎えてくれた。収録中、カメラが熱くなりすぎてカメラが止まるハプニングがあったが、私の気持ちは勝手に救われていた。

楽しい収録を終え、一度部屋に戻り、PANTAさんの訃報を受け取った。どうしたら。ぼんやりした頭を抱えながら、リハーサル。7/13のリハーサルだった。持ち時間がめっちゃ長くて全14曲。久々な曲もある。長い持ち時間が故に、セットリストの可能性が無限すぎて困った。いわゆるチョー定番はもちろん、nestに出演する、ということも加味して今でもよくやるけど、あの頃にはもっとよくやっていた曲などで構成できた。最初持って行った叩き台を主に佐久間さんに意見を仰ぎながらいい具合に収まった、と思いたい。バンドでは2018年ぶりのo-nest、お見逃しなく。

neutral「スカート×ゆうらん船」 : スカート オフィシャルサイト