幻燈日記帳

認める・認めない

ジャックはどこに行った

3日

横谷加奈子さんの「遠い日の陽」を読んで、衝撃を受ける。記憶を巡らせていくと多分以前コミティアで本を買ったことのある人だと気がついて、改めてコミティアという場に対して敬意を新たにした。そうしてその漫画がコミティアで出版されると知って、「明日は予定がない。もし明日、目覚ましをセットしないで8時までに起きれたらコミティアに行こう」と布団に入った。目が覚めると7時50分ぐらいだった。ゆっくり支度をして部屋を出て、ビッグサイトに向かう。サークルチェックもろくにしない思いつきコミティアは不安でもあるが、こういうときのワクワク感も嫌いじゃない。11時半ぐらいだっただろうか、会場に着く。ビッグサイトに向かうのだが、いつもと人の流れが違くて西ホールでの開催だと知った。西に来るのは11年ぶりぐらいだろう。コミティア102の時、なぜか壁に配置された思い出が蘇る。会場にはつのさめさんが描いたポスターが貼ってあってすでに私は祝福されているように感じた。会場は穏やかな人の入りで、あまり並ばずにティアマガも買えたし、入場もできた。入り口のすぐそばが「その他」の島で、横谷先生のスペースにもすぐに来れた。本は1冊売り切れていたけど、「遠い日の陽」は買えて、そのままぐるりと回っていく。久しぶりに会う人にも会えた。初めて会う人にも会えた。コミティアのこの楽しさはなんなんだろうか。いい本いっぱい買えたけど予算の都合もあってイラスト島をまともに回れなかったのが心残りだ。またいつか出たい。

 

遠い日の陽 - 横谷加奈子 / 【コミックDAYS読み切り】遠い日の陽 | コミックDAYS

 

7日

土屋くんに誘われてDJのたけたけさんと合同で開催している「でんじは」というイヴェントで弾き語り。完膚なきまでに今、好きな曲だけやった。会場のSPREADの雰囲気も手伝ってか、なんだか10年ぐらい前のライヴハウスの気分を思い出した。選んだ曲は面倒なコード進行の曲ばかりだったけどあの頃の気分が少し透けたような気がして、それもよかった。途中ハプニングがあり、会場を抜けなきゃならなかったのが悔やまれる。でも自分の出番に間に合って良かった。

 

9日

長野の渋温泉に向けて前乗り。温泉地でライヴイヴェントを企画する一風変わった集団のお誘い。渋谷で待ち合わせ、佐久間さんは寿司とワンカップを片手にやってきてもういいライヴの予感しかしなかった。道中ツルヤに寄って爆買い。佐久間さんとなおみちさんは手荷物に、私はクール便で発送するほどいろいろ買い込んだ。いいライヴの予感がする。会場に着いて夕食を摂って年内最後のライヴを楽しむ反面、どうしても慰安旅行のムードも漂ってしまうのでやっぱり5人で来たかったな〜と噛み締める。しかしステージの大きさや、搬入経路のそれを見ると3人で身動き楽に取れる体制じゃないと実現しなかったかもしれない、という現実も見た。金具屋は歴史の古い旅館で、目に入るものすべてが知っているものばかりのはずなのにすべてが目新しい。経験したことのあまりないドアや、経験したことのあまりない天井の高さ、すべてが束になって私に向かってくる感覚。ノスタルジーだなんていうありきたりな言葉では表せない何かだった。車に忘れ物をしたことに気がついて取りにもどる。暗い夜道だが星空でいっぱいと言う感じでもない。ときどき突然湯気が湧き上がっている。知らない街にいる。という実感が湧き上がってきた。車に戻り、荷物を回収して来た道とは違う道を歩いて戻る。枯れ葉を踏みしめてみるが東京とおんなじ音がした。ハリウッドに枯れ葉が落ちてたらまた違う音がしただろうか。リオデジャネイロは?広州は?メルボルンは? 温泉街を歩いてGoogleMapの口コミを頼りに入った店で夕食を摂り、射的をして、風呂に入った。安藤くん、佐久間さんと3人で露天風呂に浸かっていると川辺くんと山崎くんが入ってきてつい「運命じゃん」って口走った。部屋に戻って4人で酒盛りをして翌日に備える。仕上がりは順調だ。

 

10日

7時ぐらいに起きて部屋から移動して静かな会場で地味だけど美味しい朝食を摂る。体が起きるのを待って8時後半ぐらいからリハーサル。誰もいない大広間を突き抜けて、早朝の温泉街に"ODDTAXI"が鳴り響いているのがなんともおかしかった。ライヴは文句なしの満点!ではなかったかもしれないが、昼前(ミュージシャンからしたらまだ早朝)のライヴということと、2回目ということと、変わった環境ということを前提とするならば、よくできたと言っていいだろうし、達成感がある。「3と33」とか今こう響くのか、と新鮮に驚きながら演奏していた。演奏を終え、マネージャーが次の現場があるため、早々に帰京。しかし、日曜だったこともあり、道は混雑。練馬で降りたからそこから家に寄ってもらって一部楽器を積み替え、なおみちさんと佐久間さんを家に送ったので、だいぶ遅い時間の帰宅となった。

 

11日

ムーンライダーズのライヴに向けたミーティングに出席して、夜はアフター6ジャンクション。この日のために買い込んだ漫画をちびちび読んでいたけど、本当にどれも面白かった。放送でも話したけど、私は宇垣さんが藤田和日郎さんの漫画を紹介してくれたことで初めて読むことができたのだけど、とにかく衝撃だった。あと対面で漫画の話するの楽しすぎて時間が押したあとその場にいた全員が「もはや告知なんていいから漫画の話させてくれ」ってそわそわしていたのがおかしくてたまらなかった。ちょうど同じタイミングでTBSにいたカナメストーンのおふたりには会えなかった。零士さんの自作曲、最高でしたよ、って直接伝えたかったのに叶わなかった。無念。

 

12日

十九人と人間横丁のツーマンを観に行く。ネタ終わったとのコーナー?では「100万円あったらどこに一泊二日の旅行に行くか?」とホワイトボード出しながら話し合うあのおかしさはなんだろう。楽しかった。

 

13日〜15日

スケジュール帳には「作曲」と書いてあるが、この三日間私の手元に成果としてあがったのは絶対に仕事向きじゃない曲の弾き語りのデモだけだ。部屋が汚ねえから仕事がうまくいかねえんだよ、と悪態ついて片付けようとしたが、全く片付かなかった。もし生まれ変われるなら勤勉な人間になりたい。怠け者なんだ、という実感が年齢を重ねるにつれてわかってくる。小学生の頃、加藤さんに「お前はいい加減だ、今日からお前はいい加減太郎だ」と言われたことが年齢を重ねるごとに骨身に染みる。

 

某日

帰り道に月を見上げると半月だった。子供の頃、盲腸で入院したとき、入院していた日大病院のすぐそばにあったお菓子屋で売っていたグレープフルーツのゼリー(1/4ぐらいにカットされたグレープフルーツがドラえもんのポケットのように見えていた)がずっと頭の中にあって、半月を見ると俺のグレープフルーツムーンはこれだよ、なんて思ったりしている。

 

 

 

 

 

 

蛇腹街道

1日

OPULENCEを観に行く前に大きいサイズの洋服店をたずねる。あったかい外套はボロボロのしかないのだ。今日もそのボロボロのコートを着て街へ出ている。2つのフロアーを見て回ったのだが悪くはないよね、と思える程度でいいな、と思えるものがなかった。妥協してこれなら着てもいいかな、というものもあって、試着して鏡に向かったのだが、鏡の中の私は寂しそうな顔をしていた。どこにも行けないこの虚しさ。

その虚しさをOPULENCEが吹き飛ばしてくれるよね、と序盤はめちゃくちゃ楽しんで見ていたのだけどインターバルを挟んだ後半、出演者がプレイしている曲で、低音がエグい曲が3曲続いて、これ以上いたら具合悪くなってしまう、と判断して一度ロビーに出る。誰もいないロビーだ。低音が体に回ってしまっていたこともあったのか、がらんとしたロビーは一度も来たことがない場所に見えて恐ろしくなってしまった。居場所も失ってしまったような気がして心に穴があいてしまいそうだ、私はどうしたらいいんだ、と思っていたら救いの手が伸びてきた。扉を隔てた向こう側のフロアからチャカ・カーンの「I'm Every Woman」が流れてきたのだ。ディスコ・ミュージックでありながらその範疇からもはみ出た本当の名曲だ。嬉しい気持ちをいっぱいに抱えて扉を開けるとパイナップル・ドレスを身に纏ったマニラ・ルゾンがそこにいた。前の曲に比べると笑っちゃうぐらい低音がない。でもそれがいい。その隙間にリズムが満ちていく。そうして私の心は浮き足立つ。完璧なパフォーマンスに私も音楽を全身に浴びることで応えた。最高の夜になった。

I'm Every Woman ‑ 曲・歌詞:チャカ・カーン | Spotify

翌日に控えたナイポレの選曲のためにメル・トーメをここ数日聴き返していたのだが、帰宅後、追い込みでさらにいろいろ聴いていたら頭が開いてしまった。音楽最高。音楽ってこんなに嬉しいものなんだね、と気がついたら指を鳴らしてしまっていた。悲しいこともいくつかあったけど音楽がふたをしてくれた。

 

2日

昼間ナイポレの収録。頭がパカーンと開いてしまったため、情熱が語彙力を追い越してしまって変な感じになってしまった気がする。

夜はレコーディング。「窓辺にて」以来のTANTAでこれまたいいテイクが録れた。たのしみ。

 

5日

朝、シゲルさんに髪を切ってもらって11時開店のはずの大勝軒が10時半には開いていてラーメンを食べた。本屋を冷やかして吉祥寺に出る。ルーエでアフター6ジャンクションの予習も兼ねて本を何冊も買って家に戻った。

夕方、大比良さんのライヴに向かうために下北沢に向かう。表情の違う朝と同じ道をまた行く。ADRIFTは初めていくライヴハウスでいいところだった。新しい場所だし、とてもきれいなのに、私が今まで演奏してきた公民館や体育館やライヴハウスも頭をかすめるような不思議な場所だった。いい意味でライヴハウスっぽくなくてここで好きなバンドのライヴを見れてたらいいだろうな、なんてふと思った。ここで誰を見たら気分がいいんだろう?

終演後、直枝さんが観にきてくれたと知って驚く。ちょうど昨夜、カーネーションの新譜を聴いていたのだ。「カルーセル・サークル」は傑作で、そのしなやかさ、その軽やかさは一体なんだろう、とドキドキしながら聴いていたから、目の前にその当人が現れて、数えたらもう10年とかの付き合いになるはずなのにはじめて話すファンのような気持ちになってしまった。とにかく「カルーセル・サークル」は私をそうさせてしまったアルバムだ。傑作、聴くべし。

Carousel Circle ‑「Album」by カーネーション | Spotify

 

 

川からスーパー山からデューパー

某日

スケジュール的には作曲しなければならない日だ。昼過ぎに起き、食事を摂り、テレビを見た。やる気になるのを待つ。素晴らしい音楽の予感を探るのだ。昨夜入れなかった風呂に浸かってduolingoで英語の経験を積む。またソファに座り、テレビを見る。素晴らしい音楽の予感を探るのだ。ところが眠くなり、ソファでうとうとしてしまった。夕方が過ぎていた。これではいけない、と部屋の掃除をする。素晴らしい空腹の予感をキャッチし、先回りして夕食を食べた。作業部屋でレコードを聴きながら積んでいた漫画を読んだ。あっという間に時間が過ぎて、こういう時間が必要だったんだ、とふいに気がついた。こうして今日も私は作曲をしなかった。

 

25日

下北沢で弾き語りのライヴ。駅前の広場?みたいな場所で行われていた古着のイヴェントだった。お客さんもすごく多くて嬉しくなった。寒かったからか、歌もギターもベストコンディションとは言いがたかったのだけど、不思議といいライヴだった、と言えるライヴができた気がする。「私はこんな体型だから選択の自由がない、でも皆さんにはそれがきっとある、楽しんでいってください」みたいなことを冗談でいったけれども、半分以上に本心が宿っている。

ゼキさんとシティポップレイディオのADの子も見にきてくれて、マネージャー安藤くんと4人で終わったあと寒空の下、お笑いの話をずっとしていた。安藤くんとゼキさんと場所を変えて車でロイホに向かい、閉店まで話した。ふたりからマユリカのラジオを勧められたので後日聞いて#2でゾッとした。中谷さんのネットの遺跡をほじくり返される回だ。めちゃくちゃ面白いんだけど私は中谷さんを阪本さんと一緒になって笑えなかった。私もwebの大海に高校1年生から日記を書いているもんだから余計にゾッとしたのだ。この日記だって最初の最初に戻れば大学1年生から書いている。今から17年前のある日に興味本位でアクセスしてみる。生きづらそうだった。しかしこの頃の私を私は笑うことができない。生きづらさは形を変えて今でも私のすぐそばにある。

 

某日

電車で仕事に向かう。昔だったらそれだけのことで一日分の日記を書けた気がする。しかし、すり減った中年は自らを些細なことから繰り返しの毎日に自らを押し込めてしまうのだ。慣れない仕事だったから成果があがったかよくわからない。OAはちょっと先。解禁されたらSNSでお知らせします。

畑々段

某日

ラジオの仕込みのためにいっぱい音楽を聴かなきゃならない日があったので、吉祥寺まで散歩がてらiPhoneで音楽を聴いた。部屋でネットサーフィンしながら聴くより頭も働くしとても良かった。習慣にしたい。

 

某日

カクバリズムで打ち合わせ。ミュージシャンとしての壁は27歳、30歳、33歳だと言い聞かせて生きてきたが33歳の壁はコロナ禍によって3年先延ばしになっただけなのかもしれない。なんとか壁を乗り越えていくために気合を入れて行きたい、という話をする。

 

某日

成年漫画家、高柳カツヤ先生の2冊目の単行本が出た。発売日に手にいれるためルーエに向かう。Twitterで見た表紙のあまりのカッコよさにもシビれていたが店頭に並んだその様があまりにも美しくて泣きそうになった。そして手に取りさらにシビれる。小口(本の側面)が真っ白なのだ。ここまで小口が白い成年漫画は大横山飴先生以来な気がする。komiflo(エロ漫画サブスクサービス)で読んでいるときから漫画として惹かれる部分があって、そこがどこなんだろう、って考えていたけどまさか小口の白さだと思っていなかった。奥付けを読み、「日陰の糸」から5年経っていたと気がついてゾッとした。

 

某日

MURABANKU。のトークイヴェントで土屋くんがたまこまーけっとの話をしたい、と言っていたのでU-NEXTに加入して途中まで見る。「ドラマチックマーケットライド」、リリースされた当時は装飾に耳が行っていて全然正面から聴けていなかったと気づいた。終わりの方のメロディが片岡知子としか言いようがないメロディで泣いてしまった。ちゃんとアニメを観るのはODD TAXI以来かもしれない。アニメはどうも難しいのだ。折り合いがつかないことが多い。今回も4話で妹のあんこの話があったのだけど、抜けてる姉、たまこよりもしっかりした妹として描かれていたのに突然好きな男の子に出会ってしまったら部屋のクローゼットに逃げ込んでしまう描写が全く理解できずそれ以降はうわのそらでの鑑賞になってしまった。アニメに限らずこれまで、たとえば「台風クラブ」では好きな映画だな〜と思って見ていたけど最後に「これが死だ!」と飛び降りた少年を八つ墓村STYLEで死なせるその様が理解できなかったり、「ペット」観たとき大蛇が理由もなく死んだのが受け入れられなかったりしてきたことを思い出していた。これもまた大きな諦めのひとつになってしまいそうだ。

 

15日

土屋くんの話を聞いて考え方が少し変わった気がする。宇多丸さんが「北極百貨店のコンシェルジュさん」を語っていたのを目の当たりにして自分はアニメーションをどう見たらいいのかを全くわかっていなかったと反省していたのだけど、土屋くんの目線で立つとまた別の見え方ができそう、と言うことがわかった。でもまたちょっと落ち込んでいるので続きを観るのはまた今度、とした。

 

某日

ある収録のため、ヒゲの長さを整えようとバリカンを手にもちバスルームで一人きり大暴れしていたらアタッチメントの毛詰まりを改善しようとしたのち、アタッチメントがバカになっていたようでまったく一本のラインとしてまるっと刈り上げてしまった。ヒゲを全部剃ってしまうのもどうかと思い、慌てて鬼越酒井さんスタイルに変更。収録はギリ乗り越えた。

アイ・ワナ・ビー・オーディナリー・ガイ(フー・ジャスト・ライクド・トゥー・バイ・ウィークリー・マガジンズ)

26日

スリーピースのリハーサル。明らかに楽器の数が足りない曲に対してどう迫力をつけたしていくかを話し合い、実際にプレイしていって磨いていく。結果的にいい形になった。スカートのリハーサルは休憩に本質が宿ることが多いのだが、この日はろくに休憩もしないでどんどん試したり、体に馴染ませるために演奏を繰り返した。途中、おなかが痛くなってトイレに入ったついでにメルカリ見たら今から54年前の日本盤、帯付きのレコードを安くはないけど買うことができた。痛みなくして得るものなし、とは言うけれども。

 

27日

打ち合わせ。うれしい打ち合わせ。うまくいくといいのだけど、うまくいくようにするのよ〜

ナイポレの収録。24日に一日で終わらせるはずだったナイポレの選曲(「6周年」をテーマにデビューしてから6年の曲)が終わりきらなかったっため、26日のリハーサルのために家を出るギリギリまでまた選曲をしていたのに、この日も追加で検証、組み替えを直前までする。今回は「このテーマならこの曲かけたい」というよりも、このバンドはどうだ?このアーティストはどうだ!と総当たりしていって、調べて、やっと選曲リストに入っていくので時間はめちゃくちゃかかったけど、6周年にふさわしい回になった気がする。全部撮り終わって流石に暗すぎる、となり、急遽差し替えまでした。みなさんがどう思うのか早く知りたい。

 

28日

若洲公園キャンプ場で弾き語りのライヴ。状況からすると完全にアウェイ、でも季節や環境はホームと思える不思議なライヴになった。お客さんの反応を見て、がっつりいくか、チルにいくか考えていたのだが、結局どっちが正解だったのかがいまだにわからない。でも考えあぐねいて選んだ「オータムリーヴス」で吹いた口笛は本当に気持ちがよかった。

 

29日

豊田道倫さんとのツーマン。自然と気合が入る。しかもこのメンバーでは初めてのスリーピース。セットリストは豊田さんから強く影響を受けていた時期の曲から、最近の曲で3人でやったらまた違う面が見えるような曲まで広く選曲しなければならなく、ものすごく気を遣った。結果、激情のスカートと言った感じにもなれた気がする。やりきった達成感だけはあって、楽屋に引っ込むと豊田さんが「アンコールでなにかやろうか?」と言ってくれた。名古屋に豊田さんと小西さんとのライヴを見に行く前、もし会ったら「当日何かセッションとかします?」ときこうと思っていたのに、ライヴを見終わるとそんなことは聞いちゃいけないようなことの気がして飲み込んでいたのだった。豊田さんが「SING A SONG」をリリースした自主レーベルの名前はHAPPENINGだ。「どの曲やりましょう?なおみちさんさすがに急には参加できないだろうから"City Light 2001"で僕がベース弾くとかどうですか?」と提案すると、いやせっかくだから3人みんなでやろう、と言ってくれて、なおみちさんもノってくれることになった。そして出された案が「ゴッホの手紙、オレの手紙」だった。昆虫キッズとのコラボレーションで録音された『ABCD』収録に収録され、35歳の時のゴッホが書いた手紙と自分を重ね自暴自棄になる名曲だ。オリジナル・レコーディングにも佐久間さんは参加していたけれど、実際にこの曲を叩くのは13年ぶりのことになる。僕も好きな曲だからなんとなく頭に入っているけどちゃんと演奏するのは多分初めて。で、なおみちさんからすると聴いたこともない曲。なんだかハイになってしまって楽屋で簡単なコード譜を書き殴り終えた頃には豊田さんのステージは3曲演奏しおえたぐらいの時だった。ハイになった状態で観る豊田さんのステージは実に奇妙だった。基本的には近年の曲で固められたセットリストだったが最後の最後にパラダイス・ガラージ期の名曲「スーパーマーケットハニー」が大爆発。興奮したまま演奏した「ゴッホの手紙、オレの手紙」はまさにそういう演奏になった。前奏が始まって、歌が始まったら王子パートをなぞろうと思っていたが、合わせてみるとうまくいかなく、すぐに高橋くんパートに戻す。岩淵さんが撮影した動画がYouTubeにあがっていて、そういう瞬間瞬間の判断が記録されている、見てもらえたらわかる。

 

豊田道倫 with スカート「ゴッホの手紙、オレの手紙」(live at 晴れたら空にまいて,2023.10.29) - YouTube

 

31日

母校の音楽祭で演奏。18年ぶりに池袋芸術劇場のステージに戻ってきた。バックヤードで先生に「前回が2005年でしょう?ここにいる学生まだ生まれてない人も結構いるんじゃないんですかね〜」なんて言っていたが18年経っているのでほとんどの生徒が産まれていないのであった。この日のことは別にもうちょっと詳しく書くつもり。

 

3日

日芸の文化祭で放送学科がやるラジオにゲスト出演。日芸は初めて行くな、と気がついてちょっと動揺していた。江古田はどういうわけか自分にとって近いようで遠い街だ。ココナッツの江古田店にもまだ行ったことがないと記憶している。自分の中でぽっかりと穴が空いた街、江古田で若者と話して、数曲歌った。ハプニングもあったけど、その感じもなんだか懐かしかった。言葉にするのが本当に難しいのだが、スカートは本当に誰が聴いているのか見えない。だからこそ、こういう場に呼ばれて終わった後に持ってきてくれたレコードにサインするような瞬間というのが訪れて、ようやく誰が聴いているのか、というのがわかって安心するのだ。

帰り道に吉祥寺のHMVによってブッチャーズのbirdyと浅川マキさんの2枚を買ってそのままNICE POP RADIO収録。

 

4-6日

札幌でライヴのため前乗り。ケーキ店ププリエで念願のガレットを食し、さらにはケーキまで食う。この選択は果たして「昼食」としていいのかしら、と頭にも浮かぶのだが後悔は一切なかった。ガレットも本当に美味しいのだけど、ケーキもどれも最高。でもどれかひとつだけ教えろ、というならば私はかぼちゃのプリンを推します。マスターが「今、ちょうど紅葉が見頃なんです」というので、北海道大学の銀杏並木を歩く。札幌駅からわずかに歩いたところにこの大自然。北海道の偉大さを思い知る。一日中歩き回って夜21時から翌日のためのリハーサル。VJの渡部さんとのすり合わせなのだけど、基本的に私はいつも通りのことをすることしかできないし、映像が見れない。見れても映写機の小窓に反射するとても小さい映像だけだった。でもその感じが良かった。終わった後、スタッフとして同行した妻に感想をきくと「すごい、すごい、すごい」と3種類の言い方ですごいと言っていたのできっといいものだったのだろう。本番のライヴも密度が濃いものにできたという実感があったし、観てくれた人からもすごくいい反応があった。

最終日は飛行機が遅い時間に設定してあったので朝からギリギリまで北海道を堪能しよう、という話になり、とりあえずレンタカーを借りてテレビで見たジンギスカン屋に行ったり、道の駅に行ったりなどする。途中でナビの示す行程を無視してしまい、巻き返すために入った道路がまるで赤毛のアンに出てきそうな道で心が弾む。まっすぐな道だ。その道の両側には樹がさみしそうに等間隔に植えられている。私にとっては豊かな景色にも映ったが、アン・シャーリーだったらこの道になんて名前をつけただろう。

 

7日

夜、ランジャタイのがんばれ地上波のイヴェントを見に行った。豊洲PITの最寄りの駅から見えた豊洲PITが信じられないぐらいスンとしていて笑ってしまった。本当にこの後ここでライヴあるのかよ、と言いたくなるような雰囲気だった。ライヴは最高だった。鏡に映る自分にぶちぎれる、という恒例の企画で虹の黄昏さんが鏡の前に立ったあの後ろ姿の美しさが忘れられない。

 

某日

小忙しかった日々がようやく安寧に傾き始め、傾いた拍子にそこからなにかが溢れた。それでも時々ギターを持つ。5拍子の曲が全く進まない。時々あるのだ。気に入りすぎると続きが思い浮かばない。歳を重ねてそういうことも増えてきて、代案を思いつくにも時間がかかるようになってしまった。じっと考える。別のスケッチも少しずつ進めていく。次の形が見えてくるような気もする。しかし形が見えてきたからなんだというのだ。結局は考える時間も増えて自分が今なぜ音楽をやっているのか、なぜ音楽で身を立て続けようとしているのか、自問自答の日々になった。

探求の端っこ

20日

 

(藤井)洋平ちゃん(敬意を込めて)とLIVE HAUSでツーマン。家を出る前に「洋平ちゃんと一緒にやるのにセックスの歌ひとつもセットリストにないのはどうなんだ」と思い、慌てて部屋で「イケナイコトカイ」を練習した。吉祥寺にでて簡単な用事を済ませて、下北沢に向かった。洋平ちゃんはリハーサルの段階からキれていてめちゃくちゃにかっこいい。今夜この人の前で演奏するのか、なんて思いながら自分のリハーサルを済ませ、JETSETに盤の歪みを直すサーヴィスの申し込みに行った。1度に2枚まで申し込みができるサーヴィスだったので部屋にある歪んでしまった盤から、もう10年以上前に買ったけど歪みにつきPLAY不可、いつかDJでかけたい、とCOMPLEXの"BE MY BABY"を選び、ちょっと前に京都の中古屋で5000円ぐらいで買ったのに盤がぐにゃんとなってしまっていたTMBGの"The Eles"を選んだ。なぜか少し緊張する。豊田道倫 / パラダイス・ガラージのベスト盤のアナログを取り置きして店を出た。

LIVE HAUSはそこそこの人の入り。ギターを乱暴にかき鳴らしてセクシーに決められただろうか。観にきてくれた写真家の宇壽山さんがアップしてくれています。確認してくれ。

澤部渡(スカート)による岡村靖幸カバー『イケナイコトカイ』からの『静かな夜がいい』弾き語り @ 下北沢LIVE HAUS 2023.10.20 - YouTube

洋平ちゃんのライヴは最高。1月にレコ発ワンマンがあるらしい。こない手はない。

 

21日

名古屋へ向かう。翌日に控えたライヴのための前乗り、ではない。豊田道倫さんと小西康陽さんのライヴがあるのだ。渋谷WWWでのライヴには自分の仕事の都合でいけなかったから余計に観に行かなければ、なんて気持ちがノってしまった。大学生の頃に夏休みに青春18きっぷで大阪、名古屋と豊田さんのライヴを今の妻とおっかけにいったのは何年前だったろうか。妻はもう社会人で、お金も持っていたはずで、大阪で落ち合うようにして私はひとり鈍行列車に揺られ、シートン動物記を読んでいた。そういう夏だった。あの夏と同じ、会場は名古屋の得三。共演は灰野さんだった。小西さんのライヴが衝撃的なほどに素晴らしかった。音楽が本人の手でほどかれ、また編まれていく、そんなライヴだった。豊田さんのライヴもめちゃくちゃよかった。大好きな「うどん、食べるか」ではじまったのが嬉しい。一時期ほど、熱心なリスナーではなくなってしまったから初めて聴く曲もたくさんあってドキドキした。四谷三丁目の駅の話をしてから歌われた「フィッティングルーム」という曲は学生の頃に私を戻してくれた気がする。それがいいのかわるいのかはわからない。今池にいるのに、新宿を思ってしまったのだからもしかしたらわるいのかもしれない。でもこれが豊田さんだよな、なんて気持ちがグッと入った。

 

22日

ライヴの前にレコード屋に一軒だけ寄ることにした。以前来た時、Revelationのレコードを買えたラジオデイズというお店にホテルから歩いて向かう。地下鉄の駅でいうと3駅ほどだっただろうか、とても気持ちのいい天気の日だったような気がする。店に着くと開店の少し前だった。向かいにあった無人の古本屋で時間を潰して、定刻になって入店。ラジオデイズはほどよいサイズのいいお店で、それでも窓が大きいのが気分がいい。大きい窓があるレコード屋は好きだよ。新入荷を見ていると、深すぎるブルーのジャケットが目に飛び込んできた。写真家でギタリストのスティーヴ・ハイエット「渚にて…」だった。まどろっこしく説明するならば、ムーンライダーズ関連作のレア盤だけど、バレアリックな作品として再評価が高まり、AORシリーズとして1000円で再発されたアルバムだ。私も再発されたときにはじめて手に取り、聴くことができたが目眩がするようなギターの音の世界がたまらなく好きだった。窓越しに街が見えて、手に取ったレコードには深すぎる空が映っている。この空が町田洋さんの漫画にでてくる夏の青空のように思えて、つい買ってしまった。レア盤とはいえ、再発も進んでいたからか、比較的安価で手に入った。嬉しい買い物だ。

ライヴは調子良かった。年内最後のフルバンドだからなのだろうか、ちょっと寂しい気持ちすらしていた。藤原さくらさんにも会えて、遠くで自分が弾くギターの音も聴けた(Chelmicoの"Love Is Over"のギターはオレなんだぜ)。車に乗せてもらって東京へと戻る。車の中では再びどうやったら売れるのか、の話になった。優介がふいに「いやでも、やりたいことやれててなんとかなっているんだったら今のままでもいいんじゃないの?」(大意)というので気持ちが揺れる。そして結局メントスコーラから始めるしかない、という話に落ち着いた。

 

23日

ナイポレの収録。週末のライヴも控えていたので豊田道倫/パラダイス・ガラージ特集。私には愛憎入り混じった濃厚な思いがあるから一時間やったら大変なことになる、と判断して番組の半分だけにした。いただいたお便りもyes, mama ok?やムーンライダーズの話だったので結果的には濃い話になってしまったが、ぜひ聴いてほしい。

2023年10月27日(金)20:00~21:00 | NICE POP RADIO | α-STATION FM KYOTO | radiko

 

24日

シティポップレイディオの収録を終え、半蔵門から新宿に向かって歩く。以前、先輩ミュージシャンから教えてもらったお店で中華を食べ、四谷三丁目の駅に向かった。豊田さんが東京を懐かしむように四谷三丁目の駅の話をしていたのが印象に残って、実際にどんな駅だったかな、もしかしたら利用したことはないかもしれないから、と向かってみると、古い東京の地下鉄の駅のムードがあった。どよんとした壁の色、妙に上り下りしなければならない絶妙な鈍臭さ、そうだった、東京の地下鉄ってこうだった、と東京にいながら知った。

夜はカナメストーンのおふたり、ディレクターのメキシさんと飲み会。ラジオ番組の罰ゲームでテーマソングを作ることになった零士さんにアドバイスをするための会だった。ずっと笑って、ときどき真剣な顔をして、ご褒美みたいな一日だった。

https://open.spotify.com/show/0EnJ2fbQxIN0GnjqMdxWN5?si=92d200ec00e44c6e

 

25日

一日中、部屋にこもってナイポレの選曲を進める。「6周年なんでデビューや結成から6年経った音楽の特集」というお題を受け取り、各種ライブラリー、インターネットに張り付いて選曲をしてあるひとつの結論に辿り着く。6年続けるのって本当に大変。気持ちが塞がりながらもエモくなっていく近年稀に見る経験だった。

 

 

 

 

ジャズ束

15日

ギターポップレストラン出演。yes, mama ok?でもう10年以上出入りしているイヴェントだけど何回出演してもギターポップレストランという名称に体が慣れない。yes, mama ok?以外にも今回は弾き語りの出演もあり、直前にムーンライダーズのライヴがあったことも加わって完全に頭がスパークした状態でステージにあがることに。お客さんの調子も最後まで掴めず、木の棒でぶん殴るようなライヴになってしまった。yes, mama ok?は本番開始直前に「今回は来なそうだ」となっていたキラー氏が突然登場。奔放さとポップネスに満ち溢れたライヴになった。終演後、yes, mama ok?で打ち上げ。2日後に迫った曲出しの打ち合わせまでに曲を書かなきゃいけないから、って早めに出ちゃいますが、と参加したのだが遅い時間までずーっと話し込んだ。うれしい☺️

 

16日

ツチカさん、tofuくんを迎えてナイポレの収録、の前にスタジオに入って作曲。区切りの悪い時間にスタジオに着いてしまったのでドーナツ買って時間を潰した。夕暮れ迫る吉祥寺はいい。ギアをいれるためにコーヒー飲みながらギターを触り、スウィートソウルライクないいモチーフがひとつできた。ナイポレの収録は作曲から上手く切り替わらない部分があって変な感じになってしまった場所もあったけど、めちゃくちゃ楽しく話せたのでよしとしたい。収録終わって仮眠をとるつもりで布団に入ったのだがコーヒーが祟ったのか、頭がまわったままだったからなのか、まったく寝付けず、またスタジオに入る。昨年のPOP YOURS、PUNPEEさんのゲストで出演したときに1万人ぐらいを前にして「ODDTAXI」を歌ったときに、「普段のライヴのペースで1年間やっても1万人聴いてくれるかどうかわからないのに、たった一晩でこんなに多くの人が聴いてくれたのか」というのがいい意味でショックで、それ以来よせばいいのに売れるとは、売れる音楽とは、と考え続けて悶々としている。そのひとつの通過点に「期待と予感」はあったはずだが、結果は完全な横ばいだった。だからこそ、もっと真摯に売れるとは、ということを考えなければならない、とギターを持ってできたのが5拍子のモチーフだった。俺は世の中をナメているのだろうか。

 

17日

2曲のモチーフも携え、打ち合わせに向かうために外に出る。風は冷たいが陽射しにさらされるとまだ暑いぐらいに思えてしまった。季節はいつまで我々を翻弄するのだろうか。打ち合わせを終えて整体に向かった。随分行けていなかったからとにかく効いた。外を歩くと感覚が変わる。ワンフレーム遅く感じるのが心地よい。

 

夏の間は休んでしまっていた週に1日は1万歩あるく、というのを再び初めていて、この日もよく歩いた。根津での施術を終えて、途中、湯島にあるナワブに寄りビリヤニに似た何かを食べ、御茶ノ水まで歩いた。私が育った西台(高島平)は坂がある街で、練馬に引っ越してからというもの、坂の少なさを気持ちよく思っていたが、実際あの辺りの坂の多い道を歩いてみると、自分はどうして坂が少ないことをよしとしたのかわからなくなってしまった。途中、歩いているときに靴に何かが当たっていつもと違う感覚があった。なにかを踏んだ、というわけでもなかったのだが、そのことが妙に気持ちに残った。

 

18日

リハーサル。コロナに怯え、自分から企画を打つ度胸も体力も消失してしまったからリリースツアー以外、今年は呼ばれたライヴに出ただけだったからライヴが少ない。この日のリハーサルも年内最後のフルバンドのリハーサルだ。22日、名古屋のライヴのためだ。フリーだし、フェスモードの選曲にしたので楽しんでもらえたら最高。リハーサルが終わってメンバーとも売れるとは何かを話し合った。結局YouTuberデビューして過去にバズった定型のフォーマットに沿ってやっていくしかない、という話になった。メントスコーラとアイスバケツチャレンジから始めます。

クラブ東別院 in ドデ祭2023 : スカート オフィシャルサイト

 

19日

ゴーストワールド」の試写の招待を受け、観に行く。2001年公開の映画で、リヴァイヴァル上映が11月から決まったのだそうだ。私は未見だったが、23歳マネージャーA氏のフェイヴァリットの一本だったそうで、ホムカミ福富も好きだったよな、観ておかないと、ぐらいの軽い気持ちで観に行ったが、「売れたい」と口では言いながら5拍子の曲を書いているような今の自分に重なってしまい見事にズタボロになる。終盤でイーニドが部屋で雑にかけたレコードからある大好きな曲が流れ出してつい涙がこぼれた。その曲は無垢を持ってぶん殴られるような曲で、大好きだけどなんならちょっと畏れすら感じていた、ここ2年ぐらいの私がお守りのように思っていた曲だった。イーニドも俺だし、シーモアも俺だ。マネージャーA氏が以前、雑談のなかで「映画観終わったあと感想戦になるのしんどくて……」と言っていたのを覚えていたので、サラッと別れてしまったのもよくなかったのかもしれない。レコード屋に行って気持ちを落ち着けよう、ハイファイに行けば馴染みの店員さんに会えるかもしれない、と、イーニドが部屋で雑にかけたあの曲を聴きながら渋谷の街を歩くのだが、目の前の景色が違いすぎて今の私はイーニドにもなれなかったし、シーモアにもなれなかった、と気がついてしまった。HMVに入るつもりはなかったのに、なんとなくHMVに入って、レコードを物色して店を出たら声をかけられ、振り向くとミツメの川辺くんがいた。本当に救われた気がした。用事で渋谷に来ていてたまたまHMVにいたそうだ。そのまま上の階のルノアールに行って近況を少し話す。いい意味でズタボロになった心に友人との会話というのがジツにシミた。川辺くんも随分昔に「ゴーストワールド」を観ていたから、「こうこうこうだったんだよ!あのシーンがさ、今の自分に重なっちゃって」とか話す。「俺たちってブシュミ(シーモア)ぐらいの年齢なのかな」「作中ではどうだったかわからないけどブシュミの生年月日と映画公開の時期から察するに40代ぐらいだね。もう手が届きそうだ、ははは」。今度は飲みに行こうよ、と言って別れた。嬉しい一日になった。本やちょっとした惣菜を買ってから帰る。帰り道はいつもと変わらない。ホームに向かうと、電車が来て、その電車に乗れた。駅からバス停に向かうと、バスが来て、そのバスに乗れた。

映画『ゴーストワールド』オフィシャルサイト

チョコレート ‑ 曲・歌詞:ミツメ | Spotify