幻燈日記帳

認める・認めない

レトロニム



ある曲の印税支払いの明細書が届いた。いままで自主でやっててアルバム全体でいくら分、とかそういう明細ならいくつも見てきたけど、単曲の明細書、しかもちゃんとした額の明細書は初めてだった。この1曲ががんばってくれたおかげて私は今こうやってマンションの集合ポストの前でこらえきれず開封した明細書を見られているんだ、と泣きそうな気持ちになった。30歳にして、ようやく現実の足音が聞こえてきたような気がする。幻聴かもしれない。幻聴だとしたらユリイカから原稿の以来が来たあたりからおかしいなと思っていたんだ。実家から持ってきた古いコンポは24年前のものだ。恋人との付き合いは10年を越えた。エス・オー・エスをリリースして8年経ち、実家を出て5年も経った。夢見心地で時々きっつい悪夢を見させられる人生にようやく現実というものが私の肩に手をかけようとしているのだろうか。現実が私の肩に手をかけたとき、私は殴り飛ばされるのかもしれない、抱擁を求められるのかもしれない、ただあいさつされるだけかもしれない。だからこそ、その入金が本当に嬉しかった。私はタワーレコードに向かい様々なCDを買った。買い逃していたニール・アンド・イライザの新譜、NRQの新譜、サンプル頂いていたのに特典のカセットが欲しいからとceroの新譜も買った。もうずいぶん前に勧められたブルニエール&カルチエールや、晩年のチェット・ベイカーの録音、メル・トーメのラジオの放送のために吹き込んだライヴ録音なんかも買った。取材とかで時々「初めて買ったCDはなんですか?」と訊かれる事がある。子供の頃から音楽漬けだったので、細かく覚えていない。途切れなく音楽を聴いていたから始めてもらったお小遣いで何を買ったかも覚えていないのだ。もしかすると今回のタワレコでの買い物は本質的にはそれに近いのかもしれない。