幻燈日記帳

認める・認めない

ゆらめき IN THE AIR

ceroフィッシュマンズのライヴを見てきた。アルバム出てからceroを見るのは初めて。リリースされた時、友人が「ポリライフっていうからもっとぐっわんぐわんの想像したけど違って安心した」と言うのでわかったような顔をして「詩の目線とかはポリだよね〜」みたいなこと言った気がするけど、実際ライヴで見ると"Buzzle Bee Ride"や"Waters"のキまり方すごかった。洪水みたいな音楽をやったあと、MCで高城くんが話すと親しみやすさもグッと増すのがいい。

何回か話している事かもしれないけれども書いておく。フィッシュマンズをはじめて聴いたのは高校1年の夏。2003年の夏だった。仲のいい友達に誘われて美術部に入った私は越後妻有トリエンナーレを見に行く、という夏合宿に参加していた。今となっては宿舎のそばにある遅い・まずい・高いの3拍子揃った食堂と、新潟の田舎道を走る車で聴いた音楽のことしか覚えていない。教育実習生の車と顧問の車に分かれ、僕は教育実習生の車に乗っていた。そこで初めて聴いたのが「空中キャンプ」だったのだけどいじわるな教育実習生はそのCDが誰のものなのか教えてくれなかった。でもCDを替える時、印象的なレーベルが見えた。きれいな水色の首のない…いや、これはマネキンか。一瞬ぎょっとしたのもよく覚えている。一緒に乗っていたMくんは「オレンジがどうこうって詩で言ってたよ」と教えてくれた。東京に帰り、池袋のタワーレコードに行った。そしてきっとこれは90年代の音楽だ、という野生の勘を信じてサニーデイ・サービスフィッシュマンズの棚を見始めた。最初に見たのはサニーデイで、やっぱり実物みたぐらいじゃわからねえな、レンタルCDショップ行ったほうがよかったか…とか思ったけど、フィッシュマンズのCDを一枚一枚見ていくと新潟の車で見たあの盤面が見えた。「空中キャンプ」はインレイのないタイプのジャケットで、新品でもCDの盤面が見えるデザインになっていたのだ。あのときの感動はどうやっても表現出来ない。15歳の高校生がこのアルバムに出会うこれ以上ないシチュエーションな気がする。J-POPにもロックにもいい顔ができなかった僕にとって彼らの音楽は必要なものだった。その後、久しぶりのライヴが開催される、となってチケットも買えないだろうな、と思っていたけど、スペースシャワーTV見てたら急に先行販売かなんかが始まって運良くチケットが買えてしまったのだった。いろんな気持ちを抱えてAXに見に行ったのが2005年。茂木さんが歌う「Go Go Round This World」は今でも頭に残っている。

レーベルメイトのceroフィッシュマンズと対バンする、というだけでも大事件なのに初期のメンバーで「あの娘が眠ってる」を0曲目に演奏。メンバーが出てきて1曲目が「Oh Slime」だった。続いて「ナイトクルージング」、「なんてったの」。『'98.12.28 男達の別れ』と同じ曲順だった。Twitterでフォローしてる知人が茂木さんのリハツイートを指して「ドラムセットが今までで1番当時っぽい気がする」と言っていたけど、なるほど、そういうことか。男達の別れゾーンを少し外れ、行くところまで行った「土曜日の夜」も最高だったけど「Smilin' Days, Summer Holiday」のコーラスのサンプルで佐藤伸治の声が流れた(んじゃなかろうか。「Oh Slime」の「THE FISHMANS」のサンプルもおそらく茂木さんが新しくとりなおしたものなんじゃないか、って気がしたし)。その瞬間の寂しさと嬉しさと、いろんな感情が折り重なる。これは確かAXでもそう思った気がする。ライヴも終盤という空気の中、風の音のようなシンセが鳴り響く。「ゆらめき IN THE AIR」だ。茂木さんが「スリー、フォー」と言って演奏が始まって涙腺が崩壊。すると佐藤伸治の歌が聴こえた。何度も、何度も、繰り返し聴いた『'98.12.28 男達の別れ』の佐藤伸治と今、この現在のフィッシュマンズが交差する。大号泣。さっきの知人のツイートを逆さにするならば夢にすら見ることができなかった光景だった。そして間奏でHONZIのヴァイオリンが聴こえた時、ついに声を出して泣いてしまった。何度も聴いたよ。MDLPの最低の音質でだって、AACの128kpbsの圧縮音源でだって、CDでだって何度も聴いた。CDと違ったのは佐藤伸治のヴォーカルにエフェクトがかかることがほとんどなかったこと。その分、生々しくて眩しかった。いないはずの人間が、もちろんいないんだけど、それでもいるんじゃないか、自分が見ているのはなんなんだろう、夢だろうか、幻だろうか。あの世でも見られないライヴを見ているんだ。少し怖くなるけれども、いろんなことを考える暇もなくとめどなく涙が溢れた。そしてCDでキックに深くエコーがかかるところで茂木さんがひときわ大きくキックを踏んだように聴こえてグッとくる。スッ、と音がなくなるエンディングのあと、CDにはないかき回しがアレンジで入っていた。あのままあのかき回しがなかったら一体いつまで拍手や歓声が起きなかったんだろう。こんなにライヴで泣いたのはムーンライダーズのかしぶちさん追悼コンサートぶりです。

アンコール?で高城くんが出てきて「Just Thing」を演奏。現代的にアップデートされながらも93年のオリジナルのフレーズがHAKASE-SUNが弾いたりするもんだから、そうか93年と98年と99年と19年がなかったらこの瞬間はないんだ。90年代の年号はそれぞれの作品や出来事に置き換える。以前、サブスク解禁について書いた日記の「物があれば残る。その価値がそこに宿る。そこだけに宿る。それが希望だった。」の部分をわざわざ引用して「この人はアーティストのくせに想像力に欠けている。ものがあったら遺るなんて当たり前じゃないか」と指摘してきた人間がいたけれども、半分正解で半分くたばっちまえ、と思っていた。当たり前の連続で日常が成り立つならば気は楽なんだ。その人はそこにいながらなぜそこにいるのか、そこにあるならばなぜそこにあるのか、考えたことがきっとなかったんだろう。フィッシュマンズは当たり前の連続を歌いながら、当たり前の連続からの逸脱も同時に歌ってきたんだと思う。だからこそ『8月の現状』のあの「新しい人」を発表できたんじゃないか、と。

帰り道、改めて『'98.12.28 男達の別れ』の「Long Season」を聴いた。僕にとってこのアルバムはその日を切り取ったライヴ盤、という以上の意味を持っている、ということに気がついた。