幻燈日記帳

認める・認めない

煙が目にしみる

21日

長野は白樺湖で行われるライヴに誘われて、実家の車を借りてひとり長野に向かう。父親が釣りに行くために買ったグランビアはとにかくタフなので広い車内を持て余しながらも長野に向かったのだ。このグランビアはCDしか聴けないので部屋にあるCDを何枚か、さらに数枚のCDRを焼いた。近々のあれこれをみていると心が潰れそうになりながらも、かと言ってここで「ヤダヤダ!行きたくない!」ってなっても地獄のような気持ちで家にいるだけなんだろうな。俺も気をつける、みんなも頼むから気をつけてくれ、そう言い聞かせることしかできない。

昼食を食いっぱぐれていたのでどこかいいところないか、と適当に大きめのSAに入ったが魅力的なものはなく玉こんにゃくだけ買った。青空が広がり、玉こんにゃくもまた然り。美しい光景だ。またしばらく行ったSAではおやきを買った。ひとくち食べた時はなんて愛想のない皮なんだ!と思って食べていたが、ナスの餡が美味しくて結果的には上々。車は順調に関越を抜け、みたこともない道をすり抜けて行く。立科町に入ったあたりでグッと冷え込んだ。「もうもう」という牧場?を見つけ、少し休む。冷たいミルクを薄着で流し込み、遠くに見える街を眺めた。

ゆっくり向かっていたから5時間近くかかって白樺湖についた。知らない風景というのはいつも楽しい。車を止めて宿に入ろうとすると、会場の方から音楽が聞こえた。低音の方しか聞こえないけど絶対これ"PLASTIC LOVE"だし、東京フレンドパークに想いを馳せる。部屋に入り、シャツを脱ぎ、ジーンズを脱ぎ、窓を開け、湖を眺めた。雑にテレビをつけ、布団に入ったらうとうとしてしまって、30分後あまりの寒さに目が覚める。体の芯から冷えたところにヒートテックを装着、セーターを着込みまた布団に入って暖をとった。宿の食事の時間になり、食堂へ向かう。共演者の方のお子さんなのか、一般のお客さんのお子さんなのかわからないけど「ふとってる」、と続けざまにふたりから言われる。普段いかに自分が安全圏で行動しているか、ということを思い知らされてなんとも言えないぐんにゃりとした気持ちになった。苦手だったはずの魚がでたけど危うげながらも平らげた。今年で33です。窓際の席でまだ冷えから解放されない私に「コロナ後、初ライヴですか?」と主催の方から尋ねられ、一瞬たじろいでしまって「そうです」と行った後、気がついて一言付け足した。「弾き語りでは、ね!」 。私はどうしてたじろいでしまったのだろう。帰り道にはロビーでくつろぐさっきの子供に「ふとおじさん」と呼ばれ、一緒にいた10代中頃のお兄さんだったのだろうか、彼が慌てて口を塞いで「わーっ!す、すみません!問題児なんですっ」と言われて漫画みたいだな、と思った。宿にある少し大きめの風呂で全てを清算する。

 

22日

真夜中に目を覚ましたりしながら気がついたら朝になっていた。8時に朝食を摂り、ぼんやりして部屋でギターを弾く。体がだんだんここに馴染んできたような気がする。マネージャーと合流して湖畔の会場入り。風が強く、とても寒い。リハーサルも早々に切り上げるべきか、それともちょっとでも歌っておいてあっためるべきか悩んだが、結局何曲かやった。本番は寒く、眩しく、風が強く、焚き火の煙に悩まされたが、久しぶりの人前でのライヴということもあり、燃えた。ホテルの部屋では寂しい曲ばかり練習していたが、結果的に強めの曲ばかりが並んでしまったのは果たしてよかったのだろうか。終わってマネージャーと出店に向かう。若人に声をかけられて嬉しかった。いくつかある選択肢の中からラーメンを昼食に選んだ。楽屋に戻って寒さに震えながらラーメンをすする。Salyuさんの演奏を見て、りんごジュースを啜り、宿に戻りマネージャーと別れた。少し行ったところに温泉があるというので車でそこに向かった。44℃の熱い温泉が冷えた体に染み入る。湯から上がり、ソフトクリームを食べてテラスに出た。テラスの正面は枯れた森で、川の流れる音だけが聴こえた。