幻燈日記帳

認める・認めない

ターンの才能

某日

慶一さんと優介でラジオの収録で渋谷に向かう。はじめて入る収録スタジオで楽しく話せた。打ち上げや飲み会といったコミュニケーションが取りづらくなったから、こうして収録で話せるのが嬉しくて仕方がない。収録が終わって、Hi-Fiに向かい松永さんと少ししゃべる。何枚かレコードを紹介してもらう。7インチコーナーからデニス・ランバートの最初期の7インチを見つけて、ちょっと高かったけれど存在すら知らない曲だったからこれは払うべきお金だ、と購入。夜の渋谷は人が多かった。これまでとこれからに思いを馳せる。

冬目景さんの新刊を買いに渋谷のTSUTAYAのコミックフロアに行ったのだが、在庫がなかった。発売日から数日と経っていなかったはずなのに。大いにしょげてしまう。

 

某日

ナイポレの収録が終わったあとにどんな特集をするか、というかんたんな会議のなかで「RSDもありましたけど、なんか買いました?」なんて会話になって、そういえば全くチェックしてなかった、と、その場でサイトをひらいた。その際、「一番星」と書かれたレコードが一際異彩を放っていて気になり、購入してみた。帯からして「ショッキング歌謡登場!」ときたもんで、それはそれは素晴らしい内容だった。次回収録のナイポレは新入荷報告会です。

ルーエにいだ天ふにすけさんの初単行本を買いに出かける。成年漫画のサブスクリプション・サーヴィス、Komifloでチェックしていたから、紙の単行本が出ることがこんなにも嬉しい。早く書棚に納めたい、と3階まで階段を駆け上がるも見つからなかった。成年漫画だったからレジの人に問い合わせるわけにもいかず、大いにしょげてしまう。

 

某日

お笑いのライヴを見に行ったら沖縄で対バンしたシバノソウさんと遭遇することが増えてきた。その際に「今昆虫キッズめっちゃ聞いてます」と言われて嬉しい気持ちになる。「マイベスト!(昆虫キッズとかをリリースしていたレーベル)は20年後にはURCとかベルウッドみたいになってますよ」と当時言ってしまった記憶があったが、ギリあるかもしれない。

 

某日

実家の老バセットハウンド(13歳)にお迎えが来そうだ、というので実家にちょくちょく顔を出している。最初の頃は「ごはんは食べないけどバウムクーヘンなら食べる」だったがついにバウムクーヘンすら食べなくなり、水すら口にすることもできなくなってしまったようだ。そんな状況だから顔を出すごとに老犬は衰弱していくようだし、見ていて寂しい。私の実家は不思議なことに動物が途切れたことがなく、あるときはいとこの家の屋根裏で生まれてしまった子猫が来て、あるときは児童館の脇に子猫が捨てられる瞬間を目撃してしまったり、あるときはご近所で飼いきれなくなってしまった犬が我が家に引き取られてきたり、といった具合。5/2現在、まだゆきちゃんは生きている。これまでまあまあの数の動物たちを送ってきたがやはり慣れないのう。

 

某日

映画の試写に呼ばれて渋谷に向かう。坂の向こうからズーシミが降りてきてほんの少しだけ話した。すると姫乃さんのコンカフェ?がやっていて本人がいる、という情報を教えてくれた。「このあともう一本観るんです」と言っていた。元気でよろしい。試写が終わり、晴れやかな気持ちで姫乃さんのコンカフェに向かい、チャイをすすりながら少しだけ話した。渋谷の街に出てユニオンを覗いた。爆音で音楽がかかっていて神経がすり減ってしまった。盤をなくしてしまっていた昆虫キッズ「アンネ」のCDRがあったから購入。俺でいいのか、他の人が手にとった方がいいのではないか、と一瞬ためらいもあったのだが、そういった奥ゆかしさにも似たエセ・ロマンティシズムは店内でかかる爆音の音楽にかき消されていった。

 

某日

リハーサル。暫く続くライヴのためのリハーサルと仕事のためのリハーサルをどちらもやる。なんと4時間も。それでも時間が足りなく、リハーサルの終わりの方は駆け足になってしまった。仕事のために書いた新曲を合わせていて、全然アレンジも固まってないんだけどレコーダーを止めたときに2分20秒で「うわーめっちゃいい〜〜〜」って言ってしまって佐久間さんに「こんな素描も素描でそんなに手応えあるかね」と突っ込まれる。なぜか私は短い曲はできると嬉しくてたまらなくなってしまうのだ。

 

某日

母と話していて小学校の卒アルを捨てたことを思い出した。もうすべてがおぼろげだけど、吹奏楽部のゴミ箱に捨てた覚えがある。しかもなぜか捨てた、というより、燃やした、という感覚が残っている。きっとゴミ捨ての当番か何かのときに一緒に捨てた、ということだと思う。(どうしてそんなことを……)という気持ちもあるし(よくやった)と思う気持ちもある。人の心はフクザツなのである。