幻燈日記帳

認める・認めない

ミッドナイトだ それ集まれ

某日

ナイポレの収録。テーマは酒。選曲は最初はお酒について歌った曲を中心に集めていたのだが、なんだか行き詰まりを感じて別の路線に切り替えた。お酒を飲みながら聴いたらいいだろうな、という路線。より曖昧になって話すこともまとまらなくなり、いざ収録となった際、下戸でありすぎるがゆえに酒をテーマにした話が全く思いつかず気が遠くなった。まごついてしまう瞬間が何度もあり、シンプルに「終わった」と思っていたのだが大和さんがうまいこと編集してくれて、OA上は「酒について話すことないんだなこの人」ぐらいになっていたので助かった。

 

某日

何日か前に吉田豪さんがRTしたHanada編集長と斎藤貴男氏の対談を読んだ。それが何日も何日も尾を引いた。「そもそも、容疑者の恨みというのは何なのか。母の高額献金で家庭が壊れたのはもう20年前もことですよ。」と花田氏が言っているのを見て目の前が暗くなったのだ。安倍さんが「こんな人達に負けるわけにはいかない」と言ったことも頭をかすめた。今の居心地の悪さはなんなんだろう。学生の頃の居心地の悪さではないのだ。非常階段に座ってガラスの仮面を読むことでどうにか(ならなかったが)しようとしたときとは少しちがう。俺は俺の居心地の悪さを表現する言葉が態度が見つからない。

 

14日

車で福井に向けて出発する。福井はあまりにも遠く、何度か今の自分を疑った。ハードな移動があるたびに「スカートがもっと売れていたら」と嘆く。髷結ってふんどし締めてテレキャス持つしかないのか。そうしたら半年後には武道館が埋まるかもしれない。新作が出来上がってすぐだからナーヴァスにもなるのだ。私には重い空気がのしかかっていたが、静岡のサーヴィスエリアで佐久間さんがミニ四駆買っているのを見て気持ちが晴れた。もっと頑張ろう、と思えた。8時間近くかかってたどり着いてコンビニ飯を腹に沈めて就寝。

 

15日

福井でライヴ。会場に向かう田舎道の中をナンバーなし、ノーヘルのスクーターが駆けて行った。ヴァイオレンス・シティである。ボーイ不参加のこの日は、サウンドチェックでステージにあがった瞬間、行程と似て、ハードな環境のライヴになる、と確信して頭をハードモードに切り替えた。どういうことかと説明すると、各楽器のバランスを取りながらモニターできるライヴにはならない、ということだ。狭くないステージのはずなのに気持ちはo-nestで演奏していた8年ぐらい前のそれになっていて、ハードでタフかつスウィートにセットリストを駆け抜けた。やりきった。やりきったのだが何故か手応えがない。演奏もよかったはずだ。それなのに何かやりきれなさがある。どういうわけだ。そうか、帰り道もハードだからか。福井を少し過ぎたあたりの高速道路は夜の7時なのに深夜2時のような静けさだった。なんとかみんなの終電の前に東京に着くことができた。

 

某日

弾き語り盤のミックスを進める。「トワイライトひとりぼっち」とはちがう生々しさにしたい、とリヴァーブの類いはかけなかった。ミックスした音をゲームをしながら聴いたり、PCの画面に張り付いて聴いたりしてフェーダーを上げたり下げたりした。なんとか仕上がるが、迷いもあり、ヴォーカル0.5db下げのヴァージョンも作ってマスタリングに持っていく。タイトルは土壇場で「SING A SONGS」に変えてもらった。ミックスしているときに突然気がついたのだ。これは「SING A SONGS」じゃん、と。

 

20日

弾き語り盤のマスタリング。小鐡さんに自分の部屋で録音したものをマスタリングしてもらうというのは贅沢なんだけど、贅沢すぎて申し訳なくもなる。小鐡さんのスタジオのムジークが鳴るその瞬間まで落ち着かなかった。小鐡さんの手腕もあって、自分でも納得いくものができた。マスタリングの合間に昔の話もいくつかうかがったりした。当時のカッティングの話が主だった。ミックスは2曲だけ-0.5dbのものを使った。

マスタリングを8曲目まで終えて家に帰る。そのままNICE POP RADIOの収録。一度別のテーマで進めていたのだが、自分のなかでうまくまとまらず、収録の2日前に大和さんに泣きついて他のテーマにしてもらった。ずっと暖めていた秘蔵のテーマ、ブロッサム・ディアリーと3人のミュージシャン。サイ・コールマン、デイヴ・フリッシュバーグ、ボブ・ドロウの特集。途中、曲が良すぎて泣いてしまった。

Eleanor: If There Were More People Like You (From "Eleanor") - song and lyrics by Cy Coleman | Spotify

「エレノア」というミュージカルの主題歌になるはずの曲だったが、ミュージカルの制作自体が頓挫してしまったそうだ。他のいくつかの曲はその後の別の作品に転用されていったそうだが、この曲は次のミュージカル「シーソー」の試演会で演奏されて、カットされてしまったらしい。こんなに美しい曲あるかね。

 

21日

弾き語り盤、マスタリング2日目。やった〜!いい仕上がり。絶対聴いてくれ!!!

 

22日

久しぶりの仙台遠征。仙台につくなりレコードライブラリーを目指す。久しぶりだったけどお店が相変わらずで本当に嬉しい。ジャズは買わず、ゲイリー・マクファーランド男闘呼組のEPを買った。いかれてると私も思う。でも「TIME ZONE」のステッカー付きをはじめ、ノヴェルティがついているのがいくらかあったからまとめて買わないわけにはいかなかった。本当にいかれてると思う。短い滞在時間でレコードライブラリーを後にして、PARCO2の屋上でカクバリズムの20周年イヴェント。わたしは弾き語りとDJでの参加。弾き語りが特にうまく行った。ギターの音も歌声も一直線に飛んでいく気持ちよさがあった。直前の告知にも関わらずたくさんお客さんが集まってくれたこともあって、久しぶりに「人前に立てた」という気持ちになれた。一度硬くなった心が柔らかくなったのを感じる。ライヴが終わった後、オノマトペ大臣も見に来てくれてDJを聴いてくれた。萩の月のお土産まで頂いて「結局これが一番トべるんですよね」と伝えた。XTALさんのDJも最高で、Princeの"POP LIFE"をかけててその素晴らしさにぐっとくる。あまりにも歪んだ音像の最高のポップ・ミュージック。2日後に開催されたTerminal JiveでのDJで見事にパクった。その後、モーリスさん、XTALさん、OYAT増田くんと話せたのが嬉しかった。モーリスさんは買ったレコードの袋から透けるレコードを見て「ゲイリー・マクファーランド!?」って反応してくれた。素敵な日だ。この日は社長に無理を言って仙台に留まる。夕食を摂ろうとGoogleマップに星付きで保存されていた牛タン屋に行ってみると長蛇の列だった。近くに支店があるというのでそちらも覗いてみたが、そちらも長蛇の列。何もかもいやになり、諦め、そこでお弁当を買ってホテルで虚しく食べる。確かにうまいのだが決して満たされない何かが横たわっていた。部屋でゴロゴロしてコンビニに向かったのだがその道中、ゲロ踏んですっ転んだ。34年生きてきて初めての経験だった。靴とジーンズが少し汚れてしまった。きっとレコードライブラリーで男闘呼組を邪な気持ちでまとめ買いしたバチが当たったのだ。ホテルの部屋に帰り、泣きながら汚れてしまった部分を洗う。俺は仙台でなにしているんだ。

 

23日

洗ったはいいものの気持ちにケチがついたため大きいサイズの洋服を売っている店を探してズボンを買いにいくことにした。その道中、昨晩増田くんから聞いたそば屋に行こうと思ったのだが日曜日は定休日。さらに心が沈むが仙台の街を歩いていて森雅之さんの「ブレイクファースト」とという大好きな漫画を思い出してもいた。「ああ!美しい十月」。(正しい表記は友達に貸してしまっていてわからないのだけど)あの素晴らしい短編を頭の中でなぞる。気持ちのいい朝であることは間違いないようだ。途中、別の店でそばをすすったりして、店を目指した。昔ライヴをやったライヴハウスの楽屋から見えた落書きを訪ねたりしていたらホテルのチェックアウトも近づいてしまっていたので裾上げはあとでまた取りに来ることにした。計画性がないのだ。

ホテルに戻り、荷造りをしてほぼ定刻通りにホテルを出る。そこから歩いてJ&BでレコードとCDを数枚買う。ズボンを無事に受け取り、履き替え、ディスクノートに行こうとしたら突然の大雨。歩いていくつもりだったのだが慌ててタクシーに飛び乗った。雨はひどくなる一方だったのに突然止み、無事ディスクノートにたどり着けた。ハンガリーのジャズ・ピアニストのアルバムと、なぜかなかなか出会えなかったデューク・エリントンの「女王組曲」が買えた。バスに乗り、妻にお土産を買って東京に戻った。帰りの新幹線でトンネルがずっと続く。抜けたと思ったらまたトンネル。なぜかそれが心に残っている。

 

24日

昼間、夜にあるDJイヴェントのためにレコードを選ぶ。そのまま選びきれたら、よかったのだが時間が来てしまった。夕方、某所へ向かう。細野晴臣さんのプログラム、Daisy Holiday!の収録のためだ。カクバリズム20周年の一環で社長と一緒に出演。細野さんの音楽を聴いて人生が狂った、と言っても過言ではないのでこうやってご一緒できるのが本当に嬉しい。ミラクルライトで存在を知って、確か5年か6年のときに新しく入ってきた図工の滝沢先生に「好きな音楽はなんですか?」と訊いたら「YMOだな〜」と教えてくれたことをきっかけに興味が出て母にその話をしたら、家にレコードならある、しかしプレイヤーがない、という。すると父がレコードプレイヤーを買ってきてくれて、晴れて私の人生はめちゃくちゃになったのです。放送では緊張もあって変な言い方をしてしまったような気もするが、はじめて「泰安洋行」を聴いた後に学校行ったときの階段の感じとかを強烈に覚えているのだ。改めて記憶を整理してみると、その階段の先には図工室があった。滝沢先生にその衝撃を伝えたりしたのだろうか。思い出せない。それでも今でも私の記憶に残っているのは図工準備室で聴いた「omni sight Seeing」と「Medicine Compilation」だ。特に「Medicine Compilation」は「怖い」と思った。でも「泰安洋行」をはじめて聴いたときも「怖い」とまではいかなかったがそれに近い何かを思ったはずだ。その細野さんと話している不思議。長く続けるもんだ。

一度家に帰り、またレコードを選ぶ、という効率の悪すぎる方法でなんとかレコードを選んで小里さん主催のDJイヴェントTerminal JiveでDJ。さっきのさっきだったから細野さん関係のレコードを何枚か忍ばせた。