幻燈日記帳

認める・認めない

してほしい'25

2日

ミックスの最終チェック。ロンドン帰りの葛西さんを無理やり召喚し、わずかにやり直し、イギー・ポップを当日券で観にいく。こういう言い方はあまりよくないのだけど、自分かイギーのどちらかが死ぬ前に一度、姿だけでも見れればいい、ぐらいの気持ちで観に行った。今までイギー・ポップを聴いてきたどの瞬間よりも音楽的な体験で、"T.V.eye"の終盤で泣いた。イギーの音楽を聴いて泣く日が来るなんて考えたことがなかった。客出しの列の中、ライヴを思い出してもう一度泣いた。『Post Pop Depression』からは1曲も聴けなかったけど、気持ちの上では十分。これから数日、イギー・ポップのことしか考えられなくなるぐらい最高だった。イギー・ポップは母が十代の頃夢中になって聴いていて、レコードが残っていて、それを多感な時期に聴くことができた。無理してでも母も連れてくればよかった、と反省する。私でこれだけ感動しているんだ、青春の一部を捧げたような人ならどういうふうにあのライヴを受け取ったんだろう。終わって葛西さんのところに戻って最終チェックの最終チェックを済ませる。4日、5日と2日かけてマスタリングも無事終了。『スペシャル』完成!

 

8日

堀込泰行さんとツーマン。憧れの人との共演がついに叶う!以前レコードで共演させてもらったときはコロナ禍もコロナ禍で、どうにもうまくいかず、ライヴも特になく時間ばかりがすぎた。スカートもセットリストを決める際、「4/8は絶対外せない」と言いながら決めたため、バチバチ。実際の演奏もHOTかつ軽快にキメたい、と試行錯誤する。いつもよりギターの高さを低くしてオルタナ感も演出。クアトロとアンダーカレントの相性の良さは抜群だと認識しているのでもちろん組み込んだ。演奏も上々。新曲としておろした「スペシャル」はかなりボロボロだったけど、不思議とそれでもいいか、と思える。泰行さんは「ビリー」が聴けたのが本当に嬉しかった。谷口くんのキーボードも決まっていて、いろんな巡り合わせに感謝する一日だった。

 

某日

てんやわんや。ここに便利なのに美しい言葉がある。「後になって笑えるなら君にも話そう」。

最終定理 -post modern living- ‑ 曲・歌詞:yes, mama ok? | Spotify

 

某日

長年勤めていたアルバイト先で飲み会があるというので声をかけてもらって参加。社長は今、移住していて東京にはあまりいなく、ときどき戻ってくる、という状態だったので、会うのも久しぶり。待ち合わせ場所がかつての事務所だったので、今はテナントが入っていない地下の売り場を見せてもらったのだけど、がらんとしていてなんとも言えない気持ちになる。でもそこから立ち上がってくる景色のようなものがはっきりと見えた。あの瞬間は言葉にできない。あと教科書販売のための作業場にもなっていたから本の匂いがしたことに対して本当に嬉しくもなったし、でもここが人のために開かれることはないんだな、と寂しくもなった。打ち上げの場所はコテコテの居酒屋で、この年まで打ち上げをなんとか回避してきた人間からしたらカルチャーショックが満載だった。久しぶりに会うみなさんも本当にお変わりなくて安心。前の中高の同窓会でも思ったことだったけど、ここにいないたとえばFさんやTくんやSくんやOさん、みんな元気だろうか、ということが気にかかる。

 

12日

GO OUT JAMBOREE出演。ジャーマネA氏が自宅に迎えに来てくれるというV.I.P.待遇に涙が出そうになる。ふもとっぱらまでなんてそんなかからないと思っていたけれど、土曜日だったこともあり混雑。到着してみると富士山のあまりの大きさに戸惑う。我々が感じていた富士山は富士山ではなかった。ライヴはTBちゃん(tofubeats氏)と半分に割って、という謎ステージ。どうしてこうなったのか誰も覚えてなかったのが本当によかった。帰り道にジャーマネA氏のおすすめで「赤ちゃんのGERA NEXT」を聴く。特別な体験になった。

 

14日

医者にかかり、先月の続きをあれこれと。「血圧計買いました?」「買ってないですよね」「取り寄せられる大きいやつが医療機関用のやつしかなくて」「2万するんですけど」「それがさっきのやつなんですけど」と言われたのだが、その「さっきのやつ」は順番待ちの際、助手の方が何度試してもエラーが出てしまって、どうにもならなかったのだった。重く苦しい空気が流れて、私は全てを諦めた。心が石のようにかたい。それは池に投げれば沈んでいくし、高いところから投げれば割れる。高くなくても強い力でコンクリに打ち付ければ割れる。医者はいう。「BMI値的には……そうですね……80kg痩せましょう」、私は和やかに笑いながら心は静かに散っていった。

 

15日

岸野さんから連絡があって旅行に来ているリン・イーラーさんとごはんに行くことに。久しぶりの再会を喜び、近況を報告し合い、新譜を交換した。「また台湾に行きたい」と真剣な顔をして言った気がする。2019年の末に行った台湾は私にとって初めての海外だったからいろいろ衝撃が大きく、なんてことない街の景色までもが心に刻まれている。

 

16日

sorayaとトリプルファイヤーのライヴを見にいく。4人編成で奏でられる"EXTRA"の楽曲は、確かに足りない。でも足りない分、ベースとギターでこういう動きをしていたのか、とか、ドラムのフレーズでここは引っ張っていたのか、と言ったように骨格が見えて興奮した。転換中にあまりの感動にその衝撃を楽屋に伝えにいった。

フロアに戻るとき、女性から声をかけられて驚く。リン・イーラーさんだった。そんなことある?驚きすぎて気付いてないみたいなリアクションになっていただろう。この日、ギターを弾いていた高木大丈夫さんとは日本でライヴやると一緒に演奏しているそうでその縁で遊びにきたけど楽屋の入り方がわからない、という。さっき行っておいてよかったよ!「終演後、案内するよ!」と胸を張って言えた。

sorayaもさすがのステージング。トリプルファイヤーのカヴァーまではかなりサイケな感じ、60年代〜70年代のヨーロッパのジャズ、MPSのサイケなレコードとか、カーリン・クローグの"We Could Be Flying"とかああいう面が見えていたのだけど、それがなんとも自然にだんだんと「歌」に集約されていく姿は感動的だった。"ルーシー"だったと思うけど、ほんの数小節弾かれたオルガンになにかとんでもないものが滲んでいた。

 

19日

神戸でライヴ。ちょっと早めについてレコード展を2店舗だけ回る。オリジナルのシングルを持っていたので買っていなかったキリンジの「2in1」が買えた。ボートラ付きじゃなかったけど凝った装丁で嬉しい。神戸の街は歩くだけでうきうきする。なぜなら私の心には常に「神戸在住」という漫画があるから。今日のライヴはKiss FM主催のアコースティック・フェスティバルという神戸では馴染みのサーキット・イヴェント。タイムテーブルを見て、お客さんは「ほとんどいない」か「なぜか満員」かのどちらかだと思っていたのだが、蓋を開けてみたら7〜8割埋まっていて逆に驚く。リアルすぎる。演奏も良かったと思うけどもっと威嚇してよかったのかもしれない、と後になって気がついた。しかしその選択肢を取る勇気はあっただろうか。きっとできなかったと思う。終わった後、ポニーT氏と腹ちぎれるぐらい中華を食う。やりすぎた。

 

20日

神戸で一泊してホテルからパウル・クレー展がやっている兵庫県立美術館まで歩いていく。昨日は暑くてたまらなかったけど今日はちょっと暑いぐらいで済んでよかった。海辺を目指すのだがなかなか出られない。大きいマンションの横の公園を突っ切ったら海辺の遊歩道に出た。Blossom Dearie Singsの最後の曲をスキップしてSpotifyが提案するおすすめを片っ端からだらだら歩きながら聴く。うきうきするような曲ばかり、知らない曲ばかり流れて本当に嬉しい気持ちになる。正当に音楽を聴いていないからアニー・ロスがジェリー・マリガン・カルテットとやってるアルバムがあるなんて知らなかったよあたしゃ……

I Guess I'll Have To Change My Plans ‑ 曲・歌詞:アニー・ロス, Gerry Mulligan Quartet | Spotify

美術館についてチケットを買う。今日ここにいるのは昨日、街を歩いていたらパウル・クレーの「北方のフローラのハーモニー」のTシャツを着て歩いている人がいて、そういえば、と思い出したからだった。はっきり言って私はパウル・クレーについてほとんど知らない。教科書やインターネットで知った好きな絵がいくつかある。パウル・クレーを題材にした妙なレコードを一時期よく聴いていた。それぐらいだ。

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実際観にいくと好きだった絵のほとんどは展示がなかった。その代わり、パウル・クレーの人生、その時代、その仲間、その芸術、新しく作品を知ることができた。「都市の描写」と題された絵がずっと残っている。行ってよかった。

美術館から歩いて洋食SAEKIという店で食事を摂って、近くにレコード屋はないか、と検索してみるとフリークアウトレコードという店があるので歩いて向かってみる。途中王子動物園に出くわして「神戸在住で!スケッチに訪れた!あの!王子動物園!」と胸が躍った。店はそこらじゅうに自生しているレコードがあるような雰囲気。あと80kg痩せないと店内の全ては見られなかっただろう。スパークスの"Change"の12インチがあって、「ふ〜ん」と裏面を見てみると"This Town Ain't Enough For Both Of Us (Acoustic Version)"とありたまげる。もちろん購入。あとジェリー・マリガンチェット・ベイカーバディ・デフランコの共演盤があったので購入したのだが、家に帰って針をおろして気づく。これはA面がマリガンのカルテット、B面がデフランコのグループの録音ということだった。ちょっと残念。そのままバスに乗って妻から教えてもらったナダシンの餅に行き、おはぎと草餅がセットになったものを購入して、荷物を預けていたホテルに戻り、そこから新神戸に向かって旅は終了。またゆっくり神戸に行きたい。

 

23日

優介のライヴを観にいく。最初は1979年!!1979年!!!という気持ちで観ていたのだが、上の2ケタだけが変わり続けて3079年に辿り着いていた。開演のギリギリについたから演者はほとんど観えなかったけど、観えない分、何かを補おうと脳も働く。特別濃いライヴ体験になった。本当に何がなんだかわからなくなったところに本当に何がなんだかわからないレゲエセッションが差し込まれて腰を抜かした。なんだったんだ、あれは。コーチェラで観たい。

 

27日

J-WAVEでラジオの収録。六本木→原宿という行程だったので、車停めたらえらいことになるな、とギターを背負って電車で移動。とても気持ちのいい天気。最初の収録は無事に済み、腹が減ったのでどこかで飯でも、と頭にいくつか候補を出すのだが、どうにもむちゃくちゃになりたくてはなまるうどんに向かった。温玉ぶっかけに豚肉のったやつを大で頼んだだけで1000円超えて衝撃を受ける。天ぷら2つつけたら1400円近かった。10年前はうどんだけで600円、なんやかんやつけても1000円いかなかったはずですよ…… むちゃくちゃになったあと、1時間ほどまだ時間があったので歩いて原宿まで行ってみる。勘とGoogleMapを頼りに動いてみると青山霊園に出て、霊園をつっきってみた。不思議なほどに穏やかな日曜日。人もほとんどいない。本当にここは東京なのだろうか、と思いながら歩いていたが、霊園を抜けて1分歩いたらもう東京というか港区というか、そういう感じの雰囲気に満ちていったのがなんともしっくりこなかった。携帯をみてみるともう集合時間になりかけていて、慌ててタクシーを止めてハラカドにあるJ-WAVEのスタジオで収録。よくわからない角度から入ってよくわからない角度に抜けていく今回とびきり濃い収録になった。はじめてのハラカドだったので6階でジェラート食べたり、歩き回ったりする。しかしそれなら因幡うどん食べればよかったじゃん、と白目にもなった。それにしても原宿はとんでもない人ごみ。「人間ってこんなにいたの?」と素直に思った。そこからニューバランスを目指す。かなり前「じゅん散歩」かなにかで足を3Dスキャンして足にフィットするのを紹介してくれる、というのを観てから、私を救ってくれるのはニューバランスしかない、と過度な期待をしていたのだ。実際、街歩きのスニーカーで私が入りそうなものはUSの990v6しかなく、色もグレーだけだった。うっすらわかっていたのだけど、やはりニューバランスは私を救ってはくれなかった。ものすごく悲しい気持ちで電車に乗った。気持ちに余裕がない。

 

某日

最近はジム的な場所で運動している間、Spotifyが提案するおすすめを千切っては投げ、千切っては投げしているのだが、このジャケット出てきて心奪われる。最高すぎる。

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30日

某ライヴ収録。初めてのスタジオ。5人全員揃って演奏するのは今年初めて。だしカクバリズムのスタッフが全員集まっているのも、ものすごく珍しい。なんらかで近々公開とのこと。