6/1
4人編成の最終調整。ギリギリまで粘って曲順を入れ替えたりしていく。みんなで意見出し合った結果とても良い形にまとまった気がする。
某日
昼はナイポレの収録に藤井隆さんがきてくれて夜は岡村詩野さんにお誘いを受けてスパークスのインタヴューという無茶苦茶な一日。藤井さんと話すと自分の感覚が拡張されていく感じがする。本当にいい回になったと思います。まだラジコのプレミアムなプランなら間に合う!是非。
https://radiko.jp/#!/ts/ALPHA-STATION/20250613200000
スパークスは過去に2度インタヴューをしている。ひとつは「スパークス・ブラザーズ」公開時。
スカート澤部渡が深堀りインタビュー!『スパークス・ブラザーズ』 エドガー・ライト監督初の音楽ドキュメンタリー | 映画 | BANGER!!!(バンガー) 映画愛、爆発!!!
もうひとつは未発表に終わってしまったが2017年に「アネット」の制作が動き出した時、「ヒポポタマス」のツアーに合わせて行われたインタヴューだった。当時の私は「20/20」をリリースしたばかりでキネマ倶楽部で行われたライヴは観れなかったのだが、インタヴュアーとしてスパークスに会うことができたのであった。「アネット」が公開されたらパンフに収録されるインタヴューとのことだったけど、当時はキャストも違っていたりしたことも影響したのか、結局使われなかった。というわけで3度目のスパークス!前回の「スパークス・ブラザーズ」公開時のインタヴューは事前にしっかりと質問を用意して、そこにおふたりにのってもらう、というものだったけど、TURNならばミュージシャンとしてどういうことを聞くべきか、ということを考え方がいいだろう、と「こういうことを訊きたい」ということを頭の中に浮かべ「そこからふたりの言葉から次に広げるような……」と妄想していたのだけどやはり緊張でうまく喋れなかったり、英語にしづらい日本語をバンバン使ってしまって通訳さんに申し訳なかった。近日公開予定。
終わって「灯りは遠く」のミックスに向かう。1年ぐらい前に録音していた「ふたりソロキャンプ」のOPのために書いた曲で、アルバムの制作で記憶の片隅に追いやられていたのだけど、ロッドで叩かれるドラムの気持ちよさ、地味だけどいい具合に捻くれたメロディ、どれを取ってもお気に入りで安心した。いい仕上がり!!
5日
関西キャンペーン始まる。京都のタワレコでインストア。店の中でドカンとやるインストアで嬉しくなる。たのしい。ひとしきり予定が終わった頃、ジャーマネI氏も交えてポニーYくん、Tくんと4人で飲む。一件目で「みんなあんまり食べないんだな〜」と机の上にあるものをひょいひょいつまんでいたらあっという間に満腹になってしまって、二件目に移動した際においしそうなものがたくさんあったのに一口ぐらいしか手をつけられなかった。何度目かの気付きだけどだからみんなシメとかいうんだな。飲み会みたいなものの作法とまではいかないけど、ハウツー本とかないんですかね。
6日
磔磔でのライヴを前に街を歩く。どこで昼食を摂ろうかと彷徨うのだが、なかなか決まらず、自分でもどうしてそうなったのかわからないんだけど気がついたらかつくらでとんかつを食べていた。それにしてもとんかつというのはいつでも私に勇気をくれる。とんかつを前にすれば対価を支払う、そしてその値段を気にする、というのがこんなにも愚かしいことなのか、とさえ思えてくる。
とんかつに勇気をもらった私は揚々と磔磔へ向かった。定刻のスタート。客入れのBGM、The Whoの"So Sad About Us"を背負ってステージに向かう。ライヴはお客さんの熱狂的な盛り上がりがとにかく「受け入れられている」というムードに満ち溢れていて最高だった。得三もそうなんだけど、磔磔もなぜかヴォーカルが取れなくて毎度苦労する。今回も苦労した。どうしてこうなるんだ。終演後PA松田さんと相談して、どこの帯域が膨らんでしまうような気がするのか、などを話す。地球屋というお店で打ち上げ。スピーカーがときどきハウリングをなぜか起こすことを除けばかかっていた音楽も最高だったし、雰囲気も歴史もあってさらにいい夜になった。ホテルに戻って、翌朝にかけて早速送ってもらった録音をちょっとずつ聴き返していく。初日らしいいい演奏。
7日
10時チェックアウトで街に放り出され、名古屋へ移動。セイロンママというお店に移動してみんなでカレーを食べる。私が食べたミールス的なセットもおいしかったけど、ボーイが注文していたパイナップルジュースが異常なほどにおいしかった。いいドライヴがかかっている気がする。この日はXTCの"Making Plans For Nigel"を背負ってステージへ。ライヴは京都とはまた違う盛り上がり。体感としてはガツンと盛り上がる前列、熱い演奏をしっとりかつホットに受け止める後列、という感じだったような気がしてこれはこれでいい。メンバーは新幹線で帰京、私は京都行きの新幹線に乗った。
8日
京都の朝はいい。気候もいい。街を歩くだけで最高。イノダで優雅にモーニングと洒落込み、ジョーズ・ガレージでCDを買って、妻と落ち合ってタケリア・タコスでタコスを食べる。噛む前、口に持って行った瞬間から美味しい。束の間京都を楽しむ。
今夜はスパークスのワールド・ツアーの初日だ。思い切って参加を決めたのだが、いろんな思いが乗っかって気分が高揚する。はじめてスパークスを観に行ったフジロックのときの気持ちも少し混ざっている気がする。今夜、我々はまだ誰も知らない、setlist.fmにも載ってないワールド・ツアーのセットリストの目撃者になるのだ。どうしたら高揚しないでいれようか!ロームシアターのサウスホールは定員800名ほどのホールで音響から照明、全てがちょうどよい素晴らしいホールだった。ラッセルの「イキマショウ!」という声でライヴはスタート。「So May We Start」で始まり、「Do Things My Own Way」に繋がるこの鮮やかさ。近年の代表的な2曲を浴びた後、51年前に発表された「Reinforcements」のイントロが鳴ってあまりの事態に驚く。そこからはそりゃみんなその曲好きだけどそれやるかね!っていう絶妙なラインの過去の曲を数曲演奏して、2019年にシングルとして発表され、2020年のアルバムにもラストを飾る曲として収録された「Please Don't Fuck Up My World」へ。「お願いだからぼくの世界をめちゃくちゃにしないで」と歌われるこの曲は現状と重なって、発表時とはまた違う聴こえ方をしてくる。インタヴューをした時に「Insane」という言葉が出た時に「A Land Insane」を引き合いに出すべきかとても迷って引っ込めた。ボウイの「アラジン・セイン」の元となった言葉、という言い方でいいのかわからないのだけど、とにかく私にとって「MAD!」、そして昨今の街や社会や私やあなたの表情の裏には「1913-1938-202?」が刻まれてしまっている気がする。今夜はそれをポップ・アートとして噛み締めるひとときなのかもしれない。「Suburban Homeboy」でロンがデコイことデコピンのキャップをかぶって登場、そこから「All You Ever Think About Is Sex」!!!!ホットに演奏するスパークス、ロンにのみパイが投げられるあのMVでお馴染みの!!影アナの「ものを投げないでください」の警告がこんなところに効いてくるとは。デコピンのキャップも「ドジャースとメッツの試合を覚えてる?」への伏線だったか、と妙に納得してしまった。近年のスパークスはアルバムで提示したエレクトロニクスを中心にした世界をバンドでの表現としてステージ上で再提示するような部分がある気がするのだけど、この日演奏された新曲でその気持ちよさを最も感じたのが「 Drowned In A Sea Of Tears」だった。あの縦乗りの感じ!音源では巧みなミキシングから縦乗りのリズム感をあえて前に出さない設計になっていたのか、と気がついた。我が人生の一曲「The Number One Song In Heaven」ではもちろん落涙。「ランランララ」とハミングする瞬間が毎回たまらない。あの瞬間に私の人生があると言って過言ではないのだ。
「Music That You Can Dance To」〜「My Way」〜「Heaven」〜「This Town」と近年ではお馴染みの流れでこのまま終わりか、と思ったところで、さらにまた演奏が始まった。すぐ聴いただけではどの曲だったっけ、とわからなかったのだけどセカンドアルバムから「Whippings And Apologies」だった。そこから最新作からの「Lord Have Marcy」にこの日のライヴが着地するその様子があまりにも美しくて、スパークスが持つ歴史の軽やかさにめまいがした。最高のショウだった。強いて言うなら「A Little Bit Of Light Banter」が聴きたかった。たとえば「A Little Bit Of Light Banter」からファーストの「Slow Boat」が演奏されて本編が終わるようなことがあっても違和感がなかっただろう。これってマジすげーんすよ……
岸野さんと落ち合ってマルシン飯店に向かうも満員で入れず、龍門で楽しく食事を摂った。
9日
京都は割と仕事でくるから妻の行きたいところを中心に回っていくはずで、heathで揚げたてのドーナツを食べたまでは良かったけど、葵屋やきもち総本舗でおはぎを買い、カリルでカレーを食べ、リンデンバウムでクッキー買う、というのは私の範疇のような気がしてならない。
夜のグレイモヤXに間に合うように新幹線に乗る。ライヴは最高だった。柴田さんがあまりに素晴らしくて、普段開かない部位がひらいたようで終演後、お馴染みの「元気のシャワー」の歌詞がどんどん自分に入ってきて、なんというか怖かった。普段のグレイモヤの終演後にかかる「元気のシャワー」とは全くの別物だった。部屋に帰って調べてみると作詞が松本隆さんで膝から崩れ落ちる。
10日
タワー新宿でインストアライヴ。昔のようなフィーリングが自分にもタワーにもまだちゃんとあるということがわかって嬉しくなった。終わって街に出て上白石萌歌氏の写真集を買う。写真集を買うことってほとんどなかったのだけど、今の私にはこれが必要なのだ。クルンテープで食事を摂って帰宅。
12日
スパークスは東京公演も最高だった。京都では二階席だったけど、この日は1階のスタンディング。景色も音響もまた違って楽しい☺️ 前回のツアーはduo Music EXchangeでの、渋谷公会堂での、ハリウッドボウルでの、それぞれの揺れ方みたいなものがあって、グッとくる瞬間が会場によってかなり違いがあったのだけど、今回はあまりそういう揺れのようななく、ずっと感動しっぱなしだった。
13日
シャッポのツアーにゲスト出演するために金沢へ。元ジャーマネ安藤ロス極まれる状態にあり、同行スタッフなし。でもシャッポもカクバリズムのアーティストだからね、こういうときは持ちつ持たれつよ、と新幹線も自分で押さえて向かう。東海道線とは違って本数も少なく、自由席で金沢に入ることになった。駅のホームで向井秀徳さんとバッタリお会いして握手を交わす。「今夜はもっきりやなんです」と言うと「おぉ、ンもっきり」とかえってきた。THIS IS 向井秀徳を喰らって一人静かにブチ上がる。いいスタート。昼食を食いっぱぐれたので金沢駅構内をうろついてかつぞうというお店で派手なカツ丼を食べた。美味しかった。店をあとにしようとするとお店の方が声をかけてくれてファンだと言うので驚いてしまった。いい流れ。
バスに乗る。目に飛び込んできた景色が普通の街とは少し違うことが気になった。行ったことないけどロンドンのようにも思えた瞬間があるかと思えば、街の中心地の角だなんて東京だったら大きいビルが立っていそうな場所に植え込みと銅像だけがあったり、なんとも言えない雰囲気がもう立ち込めていた。バスを降りてもっきりやを目指す。大通りから路地に入る。なんてことない街だと思っていると、すぐに川が流れ出す。店の入り口が橋の向こうにある、あの形だ。そうしてしばらく歩いていると古い教会ともう営業していない古い喫茶店が目に入ってきた。店の名前は「芝生」だった。どういうわけか息をのんだ。この時はただそのレトロ感に圧倒されていただけだったはずだった。
もっきりやについてリハーサルを終え、弊バンドの物販がないことに気が付く。私は「シャッポだってカクバリズムのバンドだもんね、きっと用意してくれる」ぐらいに思っていたが、安藤氏の後継で入った複数のスタッフはもともとのそれぞれの業務に忙殺されていてバタバタだったらしく、当然のように物販は用意されいなかった。むう。しかし、この事態、カクバリズムに10年いる私ならば予想しようと思えばできたはずだ。「新幹線の切符を自分で取る」、というのはさすがに初めてだったから、まずここで何かひとつ警戒すべきだった。それにしても安藤氏がつくまでは「現場やライヴにスタッフが付かない」なんていうのが当たり前だった時期もあるので、もはや特別と感じていなかった、そこで確認を怠ってしまった、ということだ。無念。不覚。金沢のみなさん、すみません。
ホテルへチェックインに向かう。さっきの芝生と教会の横に川が流れていて、カーヴしていることに気づいて胸が張り裂けそうになる。そしてその右手奥には真新しいマンション、そして石彫刻まで建っている。この街は一体どうなってしまっているんだ。堅町通りという小さな目抜通りを横切ると、"What's Going On"のサックスが小さく聴こえてきた。これも重要な瞬間の一つだった。ホテルにつき、チェックインを済ませて、もっきりやの方に戻ってあたりを散策してみる。古くからある「ビューティーミキ」という美容室の看板が妙に頼もしい。そこから2分も歩かないうちに二十一世紀美術館が見えて私は本当に感動していた。この街は過去も現在も未来も否定しないのだろう。
ライヴは札止め、シャッポの演奏も中で聴けないぐらい。演奏も好調。シャッポとのセッションも気持ちよく終わってひと安心。みんなで飲みに行って楽しい夜になった。
14日
ギリギリまで金沢を楽しもうと妻に伺いを立てると、おいしいパン屋とビリヤニ屋の情報が入ってきた。バスに2,30分ぐらい乗ったのだけど、やっぱり街の雰囲気は少しだけ違う気がする。ビリヤニ屋では工藤祐次郎くんの曲がかかっていてそれが本当に良かった。そこからまたバスに乗ってエブリデイレコードという店で買い物。手頃な広さのいいお店だった。次のバスが来るまでの1時間、じっくりみる。デリック・ハリオットのクリスマスアルバムが買えた。たとえ内容がよくなくてもデリック・ハリオットのクリスマスアルバムが手元にある、というだけで私の気持ちは少しは軽くなる気がするのだ。昨日のライヴを観ていたというお客さんから驚いたように声をかけられたけど、それもそうだろう、という気がする。
バスを途中で降りて、前から来てみたかった甘納豆のお店、かわむらで買い物。このかわむらのあたりはまた街並みが極端に古く、本当に奥が深い街だぜ、なんて簡単に思う。かわむらからホテルまであまり距離がなさそうだったので歩いて向かう。その際に数時間前にバスで渡った橋を渡った時、橋の向こうとこちらであまりにも景色が違ったから本当に驚いた。我々の生活における橋、というのはせいぜい「向こう」と「こちら」をつなぐ、ぐらいのものだったはずだったのだが、「向こう」と「こちら」でその表情が全く違っていたのだ。橋の向こう、繁華街の方は建物の背も高く、ぎゅうぎゅうとした景色が広がっていたのだが、橋のこちら側はおだやかな街並みが続いていた。あとでもちろんくんとTwitterでやりとりしたけど、空襲がなかったから街の役割が当時のまま残っている部分がある、とのことだった。簡単に思ってしまったが、決して簡単ではなかった。
釜めし食って帰京。
15日
翌日、エアコンの取り替え工事が決まったので慌てて掃除をする。泣きながら掃除をする。
16日
なんとか取り替え工事が完了する。冷房のスイッチを押してみると涼しい風が出てくる。これがなんとも嬉しい。ギリ眠れるぐらいのぬるい風がぴゅーと出るだけだったのだ。うれしさからつけっぱなしにして外に出て、戻ってきたときに部屋全体が涼しくなっていて衝撃を受けた。
17日
リハーサル。順調すぎて怖い。京都・名古屋でのライヴを受けて、曲順の最終調整をしていった。
18日
キャンペーンのため、札幌入り。5時起きで6時ちょっと過ぎのバスに乗ったのだが大渋滞で肝が冷える。集合時間から30分も遅刻したけど無事に飛行機に乗れた。ラジオ局をいくつか回る。この時期の札幌は最高としか言いようがない。東京よりは明らかに涼しく、それでも札幌の方々は「暑いでしょう!」なんて言ってくれる。これぐらいの気候だったら大歓迎だ。入りが早かった分、あがりも早い。ポニーキャニオンチームと新ジャーマネI氏と寿司を喰む。I氏と移動してププリエでケーキを食べる。チョコブリュレ。あまりにも最高。ホテルの部屋にカボチャプリンをテイクアウトしてこの日は静かにすすきのに散る(ひとりジンギスカン食って寝た)……
19日
ライヴ当日。入りは夕方なのでラーメン食べたりレコードみたりしよう、と向かったのがファイブ・レコーズ。噂には聞いていたけど全然想像していた感じと違う。店に入ろうとしても、あまりに在庫が多くて入れないのだ。店主が軒先にブルーシートを敷いて、そこに店の在庫を広げてくれる。「うちはね!シングル1万枚あるから」と言いながら置いていくのだけど、風が強くてたびたび吹き飛ばされていたのが、わけわからなくて楽しい時間だった。「普通の客だったらこのへんで引いていくんだろうな」というのを店主のまなざしから察したのだけど、宝の山であることには変わりはなく、どんどんギラついた目で「もっと!もっと見たいんです!!」とジャンジャン出してもらっていろいろいい買い物ができた。特に嬉しかったのがエイブラハム先生とストロベリー小学校の4年生の"America, Let's Get Started Again"の7インチだった。うれしさを胸に抱いて店を後にして、以前慶一さんに教えてもらったクラシックなラーメンを食べて、会場に向かった。
トラブル発生。物販が届いていないという。しかしカクバリズムが送った物販は届いていて、ポニーが送ったCD類がなんと秋田に届いてしまった、ということだった。どういう手違いだったんだ……もう物販につよい神社仏閣を訪ねてお祓いしてもらうしかないのか。音響のトラブルも発生。どうしてもノイズが乗る。あゆくんに連絡してあーだこーだやっていたのだけど、結局DIから一本シールド延ばして靴に突っ込む、という対策をしてことなきを得た。
ライヴは弾き語りなのに熱狂的に迎え入れてくれて本当に嬉しい。リクエストも珍しい曲がいくつか並んだ。ププリエのマスター、しほさんがケーキを抱えてみにきてくれて、終演後にみんなで食べたのだけど、これが幸せでなかったら何が幸せというのだろう、という時間だった。
札幌から移動。にぎりめしで買ったおにぎりを胸に抱いて福岡に向かう。二時間とちょっとで福岡についてしまって14時間かかったLAって本当に遠かったんだな、なんてぼんやり思う。絶妙な時間早く着いてしまったため、20分ぐらい宿のすぐ隣にあったまんだらけを冷やかす。「イエスタデイをうたって」のAfterwordという外伝本?が棚に並んでいて、存在すら知らなかったので驚いた。調べてみると、アニメ化の頃に出版されたもので、内容は過去にでた「EX」に後日談が足されただけのものとのことだった。新品で買おう、と調べたのだが、もうどうやら在庫はないらしく、無念、と言いながら古本で購入。カットされていなければどこかのラジオで話したのだけど「ひとつ欠けただけ」は「イエスタデイをうたって」の榀子の歌を書こうと思ったのが最初だった。アルバムを作っているときに気持ちが折れそうになって「こんな恵まれた環境でいつまでもレコード作れるわけがない」「今回が最後かもしれない」「だとしたら、ファーストの1曲目がハルなのだから」「榀子の歌がアルバムの最後になればスカートというバンドのキャリアがひとつの円になる」と作詞をはじめた。結果的に気持ちは折れきれず、榀子的なワードが桜というところににじむにとどまったのだけど。ホテルの机に乱雑に置いてみると、ハルが私をみているような気持ちになった。気持ちに気合が入る。いつだっていつが最後になるかわかったものではないのだ。
プロモーションが終わってお気に入りのもつ鍋屋へ。Tさん、Tくん、Iさんの4人でわいわいやって天神に散る(腹ちぎれるぐらい食って寝た)……
21日
ハイダルで昼食を摂る。マトンビリヤニにトッピング全部のせ。何口か食べ進めていくと突然スコーンと口の中を何かが撃ち抜く。最高の瞬間だ。今夜のライヴはうまくいく気がする。レコードポリスでスパークスの"Tryout For The Human Race"の7インチを購入。"No.1 In Heaven"期のシングルはジャケットも最高だから嬉しい。マヌコーヒーに向かって、細かい調整をして、楽屋に引っ込む。コーヒー屋でのライヴなのにコーヒーが飲めない私、デカフェのラテを出してもらっておいしさに衝撃を受ける。カフェインが体質的にダメだとわかってきたのでコーヒーは積極的に遠ざけなければならなかったのだけど、やはりコーヒー飲める人が羨ましく思える私にとって束の間、劣等感が埋まった瞬間となった。ライヴが始まってみると、昼間の予感はあたって、ここ最近のライヴで一番というぐらい声が飛んだ気がした。リクエストでも「3と33」を出すなんて、なかなかシビれた。マヌコーヒーには結構な人が集まってくれて嬉しい反面、気のせいでなければ「6年前もここで演奏したんです。あの時は楽しかったなあ、あの日いらっしゃった方いますか?」と訊いてみると、4人ぐらいしか手が上がらなかった。これがいいことなのか、悪いことなのか、いまだに心の中で答えが出せない。しかも、そのうち2人は当時の主催格のふたりだった。
22日
8時50分の飛行機で東京に戻り、投票を済ませて、14時から5時間リハーサル。普段入らないスタジオを借りたら、真新しいスタジオで、西陽が異常なほどに突き刺してきて大変だった。最初の通しのリハーサルは元気よくできたのだけど、2回目の通しリハを前に電池が切れる。休憩時間にスタジオを抜け出し、ファミマで買った唐揚げをアンプの上に置いて「これがあるから!がんばれるんですよ!」と力説するなどした。夜中まで選挙の結果がどうなったか気にする。投票した方は無事当選していて安堵。それにしても、日本人ファーストって相入れない考え方。本当に危険だと思う。でも危険なのはそこだけじゃない。あまりにキツいからこっちも「日本人ファーストキツい」っていうけど、きついのはここだけではない。どうなっちゃうの。勘弁してくれ。Please Don't Fuck Up My Worldだよトホホ〜
27日
あおやぎくんの整体へ。道中鞄にパンパンに詰めた漫画を取っ替え引っ替え読んでいく。ようやく漫画が読めてるようになった。頭がチリチリいっちゃって文字も絵も滑っていく時期が続いていたから嬉しい。そして面白い漫画がたくさん、本当にたくさんある。整体をしてもらって街に出る。Thinkというパン屋に寄ってみたかったんだ。整体をしてもらった直後というのは、自分が自分でないような感覚になる。歩く、腕を振る、息をする、影が揺れる、どれかがワンフレーム早いか遅いかするような感覚だ。軽くバグったような感覚。その感覚をつれて真夏のような街を歩き、たどり着いたらThinkはイヴェント出展による臨時休業だった。
28日
ライヴ。燃え尽きた。衣装でネクタイをしてみるとギターの演奏に信じられないぐらい支障があったりして驚く。あんなに支障があるとは思ってなかった。おかげで「Aを弾け」のソロはボロボロになってしまった。メンタル強化は永遠のテーマだ。京都と名古屋での機材面、居住面での反省を生かしかなり手を尽くしてもらった。アンプを普段のYAMAHAのアンプからマーシャルに変更。これはどうやらよかったらしい。どうやっても低音が回るため、ライヴはヴォーカルがマスキングされてしまいがち。特にギターと歌だけのパートになるとより不安定になってしまうのをなんとかしようとドラムが敷くマットを広げてくれたりもした。京都名古屋に比べれば格段に歌いやすくはなったが、それは単純にステージの大きさの問題かも知れない。やはりイヤモニしかないのだろうか。でもイヤモニは、口を開け方で顎が動いてイヤフォンも動いて聞こえ方が瞬時に変わる、というのが本当に落ち着かない。苦手そうな要素がたくさんあるからなかなか踏み込みきれない。10万かけて「合いませんでした〜」ってなったら悲惨だしなあ。Clairoがやってたみたいにヘッドフォンのモニターが一番性に合ってる気はするが、パフォーマンスとの相性は悪そうだ。課題はいつも残る。
終演後、「四月怪談」と「すみか」の感想を多く受け取ってうれしい。打ち上げもしっとりとした良い打ち上げだった。
年末から続いたムードがようやく終わる。棚上げしてしまっている仕事がいくつかある。がんばる。
7月1日
SpotifyのCEOが兵器開発の会社に投資をしている、ということからディアフーフがSpotifyからの撤退を決めた、と記事で読む。悲しい気持ちになる。私は20年以上継ぎ足してきた旧iTunesのデータを蹂躙されたくないがために、サブスクはSpotifyを中心にせざるを得ない。現状Apple MusicとSpotifyの二足の草鞋を履く私は、過去にLINE MUSICもTOWER RECORD MUSICも登録したけど使い勝手の面から、結局Spotifyに戻ってきてしまった。思うところがある。本当に毎日思うところがたくさんある。ここで立ち止まらなければならない理由というのは、ここで悲しい気持ちになっている私というのは、一体なんなんだろう。
