幻燈日記帳

認める・認めない

最後のだってしょうがないじゃない

9月23日

ファミレスで譜面の最終整理。リハで躓いたところなどを整理しながら譜面に強調のメモを追加したり、曲によっては五線譜をやめて歌詞だけみる、コード譜をあらたに作る、などの作業をする。これでバッチリ。

 

24日

ムーンライダーズ「ANIMAL INDEX」ライヴの本番。ジョーゼットの幕をメンバーの前にそれぞれ垂らして、そこに映像を投影する、というリリース当時にはテントの中で行われたというライヴの雰囲気を踏襲した演出。スタジオのリハーサルではジョーゼットの幕までは取り入れられなかったから、ここで初めて対峙する。想像上ではやりづらいことこの上なし、かと思ったけど、いざやってみると見えないことはあまり問題ではなかった。しかし会場の特性なのか、反響と低音の回り込みがすごくて狼狽える。リハーサルの半分以上はトラブルに見舞われて、それの対策をどうとるか、などに費やしてしまった。最終的にはいいところに着地できたが、それでも本番、人が入ったら吸われると思っていた低音がより膨らんでいて驚く。低音が回り込んでくると、途端に音階というのがわからなくなってくる。慶一さんも悔しい思いをしたそうだ。私はなんとか気合いで乗り切っていたが「駅は今、朝の中」でいよいよどこを歌っているのかわからなくなった。少し焦って、すぐに冷静になって、初めて「駅は今、朝の中」を聴いた18歳の自分、それ以降、その時々に「駅は今、朝の中」を聴いてきた自分、歌ってきた自分に助けを求めてなんとか乗り切ることができた。録音を聞き返せてはいないけれど、観にきていた妻曰く、問題ないとのことだったので一旦はそれを間に受けることにする。終演後、じゅうたんの導入や、イヤモニの導入など真剣に考える。イヤモニはまだ懐疑的で、歌っている時に顎全体がガッツリ動いて、その動き次第で耳の中で聞こえ方がその都度に変わる、という経験があって、そういう集中力の削がれ方は私にとっては負担が大きく感じるところがあって、じゅうたんあたりから始めるか、と落ち着いた。

 

25日

想像力の血のリハーサル。初手も初手に "Blue Book"を合わせているとき、「ここはフリーで」と言われて、佐久間さんも私もさぐりさぐり優介のいう「フリー」の意図を探っていると「二人ともフリー下手っすね〜」と言われてしまった。速度がはやい。

 

26日

青森に向けて出発。翌日、りんご娘さん擁するRINGO MUSICさんのフェスに出演するため、前乗り。スタッフなしのひとり旅。青森に行くのは初めて。本州でいうなら仙台より北に行くなんていつぶりだろう。子供の頃に雫石にいった記憶はあるが、それが正しいのならばそれが最北。新青森について、iPhoneの充電が寂しかったので構内にある時間貸しの充電器を借りていたら、弘前行きの電車に乗り遅れそうになった。息を整え、座席に座ると流れていく景色があまりにも知らない景色。とにかくススキが多い。今までススキがこんなに揺れてる景色を見たことあっただろうか。多分ない。でもこの景色を私は知っている。思いめぐらせてみると、四人囃子の「空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ」で歌われる景色だと気がついた。

空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ ‑ 曲・歌詞:四人囃子 | Spotify

夕暮れ迫る弘前に到着して、ホテルにチェックインして荷物を預け、また駅に戻る。GoogleMapにレコード屋と入れたら出てきたジェイ・アンド・ビーというお店があるらしく、黒石という駅に向かった。少し外れた場所にあるレコード屋は無条件でわくわくするものだ。とても駅にある券売機とは思えない、学食にある券売機のような券売機できっぷを買い、2両編成の電車に乗り、黒石を目指す。外は暗くなっていて車窓の景色さえ流れていかない。灯りばかりがどこかにある。40分経たないくらいで黒石について、遠くに来たんだな、と改めて思った。閉店間際だったので焦っていたが、駅を出たらタクシーが停まっていてなんとかなる。店の入り口が見つからずに電話をかけると地図上のピンからすると想定外のところに店はあった。お店の広さも置いてあるものもめちゃくちゃいいし、次の電車が来るまで、と閉店時間が過ぎてもレコードを見せてくれた。ブレンダ・ラッセルのセカンドやセルジオ・メンデスのYe-Me-Leなんかが買えて嬉しい。会計の時にお店の方が「珍しいものがあるわけじゃないでしょう?買い付けとかじゃなくて買い取りだけでやってるから……」なんて話してくれて、買ったレコードの重みが一気に増す。気が引き締まった。

弘前に戻って、葛西さんが薦めてくれた居酒屋に向かったのだが、残念、満席。しかし、カウンターで食事をしていたご夫婦が私に気がついてお店に「もうすぐ食事も終わるからここに彼を」と話をつけてくれた。なんと明日のライヴで観に来てくれるそうで、さらに昨年、新潟で上海という人気の中華料理店で、行列を見てそのまま帰っていくスカート一行を目撃したことがあったそう。2017年だったかな?とにかく昔行ってとてもいい思いをした記憶があったから今回も行きたいね、なんて話していたのにリハーサルの合間だったから行列に並ぶ時間はなくてなくなく断念したのだった。そういうこともあり、せっかく弘前まで来たのに!と話をつけてくれたのだそう。ご厚意にあまえてひとり居酒屋でひとり飲めない日本酒を飲みながらこれもおいしそう、あれもおいしそう、と注文してたらいい値段になっていて驚いた。そういうば1人で居酒屋に来たことなんてほとんどなかった。人は傷ついて成長する。それにしても何を食べてもおいしかった。ピーマンの天ぷらがこんなにおいしいなんて知らなかった。最高。

2日後に本番を控えた優介のリハ音源を聴き返しながら青森の夜を歩く。

 

27日

ライヴ当日。10月も目前の青森でしょ、長袖でしょ、と向かってみたのだが、激アツ。夏みたいな天気でたじろぐ。少し時間があったので弘前のいくつかの和菓子屋をめぐることにした。戸田うちわ餅店までタクシーで向かい、餅を買い、歩いて大阪屋まで行く。雪国だときいていたわりには雪深そうな装備がある街に見えず、ハテ……と思う。札幌は入り口が二重になったり、高くなっていたはずだ。でもそういうムードはなかった。各家に掲げられた灯油のタンクが印象にのこる。大きな大学病院のそばを通って、道路の反対側に不動産屋があったので横断歩道を渡り、その土地の賃貸の値段や、一軒家の値段を見て、東京はどうしてこんなに家賃が高いんだ、とめそめそする。私が2016年に部屋を借りてから、大家に払った金額でしっかりした一軒家が買えることがわかって人生の意味を大きく見つめる。

大阪屋は店構えからして名店の雰囲気が立ち込めていた。気になっていた竹流しを購入。「錦玉」とだけ書かれた紙が貼ってあって、パワーを感じ、それも購入。買ったお菓子をひとつも食べていないというのに達成感がある。老いている証拠だと思う。会場に向かうためにタクシーを拾おう、と不動産屋のあった大きい通りに出る。地図上だけの質感で見るとタクシーアプリで配車しないと捕まらなさそうな雰囲気なのに意外とちょいちょいタクシーが通るらしく思ったよりもすぐ乗れた。街というのはわからないものだ。

無事に会場に入り、前室に1時間前に入るという珍しいスケジューリングだったが、これ絶対いいフェスじゃんというのが仮説のテント越しにひしひしと伝わってくる。さあこれからステージ、というときに主催の方がやってきて、「今日も観にきてくれている友人の奥さんがあなたのご両親のいとこなんです」と言い出した。えっ?登場人物多くない?どういうこ?と動揺しているうちに出番がくる。笑っちゃった。

ステージは極めて暑く、日光が直にあたり、目が開いているのに、目視しているのに歌詞カードが読めない、という現象に見舞われる。過去にもあったのでそれほど驚きはしなかったけど、あの現象なんなんだろうな。

終演後、一息つきながら母に連絡を取る。すると父のいとこだということが判明。物販に向かうと、その友人と奥さんがいらっしゃって、最初は親戚があまりに多い家だったから思い出せていなかった。めっちゃ多い祖母の兄弟・姉妹(確か8人いる)をそれぞれの住んでた地名で認識していた(阿佐ヶ谷のばーばなど)のだが、ある地名をきっかけに段々と思い出すことができた。なんと物販までめちゃくちゃに手伝ってもらって本当に助かった。カクバリズムは時給払ったほうがいい。物販を終わらせてふぅ、と一息をつきながら昼食。ケータリングは青森の地のものの小規模なビュッフェだったのだけど、どのメニューもめちゃくちゃおいしい。獄きみという品種のとうもろこしの天ぷらとか、椎茸を焼いただけ、みたいなシンプルなものにこそ強い力が宿っているような気がして(昨夜のピーマンの天ぷらも思い出して)ちょっと恐ろしいものを感じてしまうほどだった。

ぼちぼちおいとまします、というときになんと父親のいとことその旦那さんが新青森まで送ってくれる、というではないか、しかも寄りたい、と話していたJOYPOPSまで寄ってくれる、という。ダメ親戚ムーヴでJOYPOPSに寄ってもらうと、昨日のジェイ・アンド・ビーとはまた違った天国。いい角度でいいレコードがたくさんあった。特に「火の玉ボーイ」のLPは嬉しい。1時間ほど見ただろうか、本当に迷惑な親戚だ、と思いながらも私はDigを止められないのであった。ダメ親戚というよりもダメ人間そのもの!そして新青森まで送ってくれて、なんと土産まで渡してくれたのだ。俺はいろいろ払ったほうがいい。間違いなく酒飲みである母に届けます、と誓い、新幹線に飛び乗って、東京に戻る。

 

28日

優介のユニット、想像力の血のライヴのため、神戸に向かう。ゴリラ祭ーズとの対バンで嬉しい。QUILTという新しくできたライヴハウスは以前は変わったカフェだったそうで、その豪華さの名残がある豪華なソファや机にシビれる。リハーサルが終わって、カレーをいただいて、ホテルの部屋に入って束の間眠った。ぼんやりした頭でQUILTに戻る時、シャツにシミができていることに気がついた。私はまたカレーをこぼしたのだ、オフホワイトのこのシャツに。情けなくて泣けてくるよ。トイレで落とそうとするも落ちなくて肩にも似たようなシミがあることに気がつく。つまりカレーではない。しかしシミがつくような瞬間などあったか?おれはこのシミに気づかず東京から神戸まで来たのか?情けなさばかりが増す夜。

少し遅れてゴリラ祭ーズのライヴ。一曲逃した。無念。めちゃくちゃよかった。下世話な言い方するけど売れるよ。

本番はちょっと段取りグダついたことを除けば楽しく演奏ができた。特に"Quaggi"は格別。ギターを弦楽器というより打楽器のつもりでぐしゃぐしゃ弾くのが楽しい。でもときどきコードも鳴らせる。なんて曖昧。それを許してくれるような器の大きい曲なのである。

Quaggi ‑ 曲・歌詞:想像力の血 | Spotify

終演後、ホテルに戻り荷物を置いてゴリラ祭ーズと軽く打ち上げ。魚が苦手な私でも打ち上げの席なら勇気を出して試せる。この日は佐久間さんがオーダーしたカツオがうまい、というので試してみたがダメだった。しかしアジフライはいけた。日進月歩。3人とも腹いっぱいだっていってるのにラーメン食って穏やかな死を迎える……はずだった。

ホテルに戻ると鍵がない。普段は注意深くホテルの鍵と接している私が、日々の張り詰めた連続から警戒を解いてしまったようだ。立ち寄った店の全てに電話をかけたがどこにもなく諦める。フロントに「諦めたんですけどどうしたら……」と訊ねると、再発行するとその時点で料金がかかるのでチェックアウトまで探されたほうが……とのこと。「料金」と確かに言ったが、詳しくは聞かなかった。眠れなくなるからね。

 

29日

鍵はもちろんなかった。チェックアウトの際、ヒジャブをしたフロントの女性に「鍵をなくしてしまったんです。探したけどやっぱりなかった」と伝えると、9000円かかる、と言われる。盛り上がるオーディエンス。ホームランバッターにでもなった気分だ。「一応伺いますけど……まからないですよね?」と訊くと、彼女はふふっと笑った。オーケー私はその微笑みに9000円を支払うんだ。

「傷心の先輩が行く店選んでください」と優介が言うので、真城さんが前にインスタに投稿されてていつか行ってみたかった洋食のあさひというお店に行く。人気店だけど平日だからそんなに並んではなかろう、と思ったら大行列。新幹線の時間に間に合うか心配になる程だったが、結果最高のランチになった。傷心の先輩を前にして後輩がランチと新幹線を待つ間のクリームソーダを奢ってくれた。ぴえん🥺

東京戻って速攻ナイポレ収録が終わってやっと一息つく。慌ただしい秋が過ぎていくが、長袖では暑い日が多かったこともあり、風情を見出せない。

 

某日

提供曲の作詞。いい具合。

 

10月4日

MASH UP FESTIVALというフェスで高野寛さんと共演。神戸に向かう。起きる時間を一時間間違えてしまったことに気づいて大いに焦った。土曜日、満席の新幹線はこんなに心許なかっただろうか。ギリギリに到着。会場に到着すると、我々の直前の出番の川辺くんの本番が始まるちょっと前のタイミングだった。フェス自体は神戸の海辺の公園の何ヶ所かで開かれていて、私と高野さんの特別デュオは小規模で自由度の高いステージの出演だった。川辺くんのリハを聴きながら、セッションの数曲の確認を済ませて本番。会場は確かに海辺の公園のはずなのだが、あまり海っぽくない。でも海岸線再訪を歌う。前を向くと海辺の気配だけはする。ステージの後ろは古い建物に新しい建物がくっついたような建物も見えていよいよ情緒がおかしくなる。ステージは好調。一緒に演奏した「夢の中で会えるでしょう」には感激。

ステージを終えて、高野さんと夕食をご一緒することになる。少し時間があったので塩谷のジパングレコードへ。地図を見てみると、電車に乗れば夕暮れの海辺が見れるのかもしれない、と思ったのだけど、全然そんなことはなかった。塩谷の駅で降りるのは多分はじめて。10年ぐらい前にライヴで何回か来たけど、どれも車で行ったはずだ。古い駅の階段を降りて、駅前の小さな商店街を歩く。車も通れないような狭い道でなんだか嬉しい。道がまっすぐじゃなくて嬉しい。小さなのぼりくだりがあって嬉しい。すぐにジパングレコードに着いた。店内はニューウェーヴのいいところがかなりあった。ニューウェーヴと捉えていいかわからないけど、もっと体調がよければ(それか気持ちがニューウェーヴだったら)レジデンツとか絶対買ってた。高野さんとの待ち合わせまでまだ時間があったので線路沿いを歩いて須磨まで歩いてみることにした。ところがランナーと釣り人しかすれ違わないような暗黒街道で、容赦なく陽は暮れるし、海はほとんど見えないし、潮風の感じもなく、情緒のようなものはほぼなかった。ただしっかり歩いた、という気概だけが体に降り積もる。そして思ったよりも須磨まで遠くて高野さんとの待ち合わせに遅刻してしまった。すみません……

 

6日

湯浅湾とのツーマン。お声がけに気が引き締まるタイプのオファーで、ちょっとチャレンジするつもりで立ち向かった。ブランクスペースがいい出来だった記憶がある。久しぶりに「しるしをたどる」をやる。『SONGS』はライヴ映えとか考えないで書かれた曲がほとんどだったから今のモードだとやりづらい曲が多いんだけどやっぱりいい曲多い。なんてことない曲だけど、それがいい……

しるしをたどる ‑ 曲・歌詞:スカート | Spotify

 

9日

なおみちさんを介してクジヒロコさんにお誘いを受けてクージー祭りに初参加。迷いに迷って「喝采」「ハッとして!Good」「ハイティーン・ブギ」「天城越え」でキめる。もっとマニアックに行こうか、とか思ったんだけど、どういうわけか正面切りたくなってしまった。リハに入るまでは心配で仕方がなかったのだけど、一度合わせさえしちゃえばなにもかもがばっちり、俺は今夜、たからかに歌うためだけに生まれてきた、と思わせてくれるもんだからクージーバンドはすごいっす。ライヴもトータルで最高だった。特にex.くるりもっくんさんがドラム叩きがたりで遠藤賢司さんの「俺は勝つ」を歌ったところは本当にグッときた。もっくんさんはエンケンさんのバンドのドラマーとしても活動していた分、なんだか泣きそうになった。俺は多分ああいうふうに「さよならは夜明けの夢に」を歌えたりはしない。本当に言葉にできないのだけど、感銘を受けたし、感激したし、出番の前だったこともあって、冷静になろうと努めたけどほとんど泣いてた。すごいものを見た。「天城越え」だけTikTokにフルであげてます。気になる方は自分で探してください。

 

12日

沖縄で街裏ぴんくさんとのツーマンがあったために前乗り。ひと月ぐらい前に2泊3日でパックになってるチケット取ろうとしたら普通に一人で8万ぐらいしたんだけど、3泊4日にしたらめっちゃ安くなったので妻も連れて夕方の飛行機で沖縄に入る。到着したころには浮かれた感じと怠惰が重なり合ってホテルのレストランのビュッフェに飛び込む。メニューはなんと九州の名物料理特集で、沖縄らしいものがほとんどなくてそれはそれでいい。