幻燈日記帳

スカート澤部渡公式ブログ

請要粛自出外

宿でMacBookAirにiPhone繋げて音楽聴いていたら突然途切れた。どうした、どうした、とPCを再起動させたり、iPhoneのアップデートをしたりしたけど結局再び聴けるようにはならなかった。げっそりした気持ちになり、よく眠れた。それゆえに少し寝坊してしまった。α-stationに入ってライブラリーから急遽収録することになった回の選曲をする。ここから先はいつかの放送聴いてくんろ。ディレクターの大和さん、プロデューサー?のさかきさんそれぞれお土産をいただいた。感謝しながらポニーの橋本さんと新幹線で福岡へ向かう。新幹線の改札の中のおみやげ屋にマスク(5枚入り)が売っていて驚いた。でも「マスクは完売です」と言う看板も出ていて、やっぱりたまたまの入荷だったのだろうか。部屋のマスクは5枚ぐらいしかなかったからとても嬉しかった。座席でサンドイッチとさかきさんからもらった餅を食べる。鞄の中の新刊にも手をつけずほとんど眠っていた。

新幹線が福岡に着いて、外に出ると肌寒かった。京都ではキャリーに仕舞ってしまったセーターのことを想う。雨降る中タクシーで宿に向かう。やっぱり少し人が少ないような気がする。チェックインして人の少ない街に出て、ドラッグストアに向かう。マスクはなし。除菌のアルコールのジェルみたいな小瓶が売っていたので買ってみた。ロビーで集合してもつ鍋を食べに行った。ポニーの高橋さん、媒体の方も合流し、ぽっかり明日がフリーになってしまった橋本さんと二人、レンタカーでも借りて熊本の方にでも行っちゃいましょうか、とか話す。去年やったマヌコーヒーのインストアが本当に楽しかったと言う話でまた盛り上がる。高橋さん、媒体の方に「ベタにラーメン食べるならどこなんですか?」と連れて行ってもらったラーメン屋でラーメンを食べたらスープがぬるくて笑ってしまった。そして「熊本行こうだなんて調子に乗っちゃいけないよ」と釘を刺されたような気がした。部屋に帰ってニュースを見ると、福岡も外出自粛要請が出た事を知った。これから僕どうなっちゃうの〜

しかし生活は続くのだ。持って来ていた肌着を着尽くしてしまった。本当だったらシャツもTシャツも洗濯したいのだがホテルのランドリーにはトラウマがあり(https://sawabe.hatenablog.jp/entry/2019/07/09/020813)、靴下、パンツだけ1時間の洗濯+乾燥コースで突っ込んだのだが仕上がりを受け取りに行くと全然ずぶ濡れのままだった。これから僕どうなっちゃうの〜

くそったれ人生にさよならポンポンヨガ

関西キャンペーン2日目。少し早起きしてUdon Kyutaroにうどんを食べに行った。もう経済回したる、ぐらいのつもりでタクシーに乗った。今日のセレクトは茎わかめのうどんとABURIというもの。小2つは中1つ、というスローガンを胸に美味しくいただく。小麦の香りがグッとくる。鼻から啜りたい。ご主人から「この後は?」と訊ねられたので「この後11時からFM802の生放送なんです」と伝える。そこにさらに「FM局は早く入りすぎるとめっちゃ引かれる」という豆知識をおすそ分け。そしてFM802に到着。待ち時間で翌日の埼玉での生放送が現実的でないのでは、東京は外出の自粛要請が出ていて、埼玉からもそんな感じになっているようだった。それならば、今日の収録終わって京都に泊まって東京に帰るより、京都に泊まって月曜にキャンペーンが組んである福岡に入ってしまった方がいいのでは、という話がちらっと出る。そして出番の声がかかった。ヨガインストラクターもされているという内田絢子さんの番組にちょっとゲスト出演。そのままヨガも体験して、ヨガなんてランジャタイの「くそったれ人生にさよならポンポンヨガ」ぐらいしか知らなかったので、https://www.youtube.com/watch?v=mOB-wJ9riZk 大変興味深く、ちょっと動いただけで体が火照った。そこからFM OH!に移動。ナイポレでもお世話になっている前田彩名さんの番組にゲスト出演。芯を食ったことを言えた気がして勝手に満足感を得た。悪路ではあるがここでFM802に戻ってコメント収録をし、そこからイワブチさんオススメの渡邊カレーで昼食を取り、その後またFM802の方に戻って802の人に教えてもらったtototo Recordに向かった。ここでも悪路!お店は素晴らしいお店だった。これがこの値段!もってるけど買っちゃおうか、と思うのもあったけどずっと欲しかったレコードとCDが手に入った。Chet Bakerの"Albert's House"は80年代の再発盤。Richard Twardzikの"The Last Set"まで。あとMOONRIDERSの"AMATURE ACADEMY"の20thエディションも購入できた。ジャニスで借りて充実したライナーに驚いたのだけど、手に入れようと思った頃には廃盤になっていて1CDの紙ジャケットをずっと聴いていたのだった。どれも本当に嬉しい。tototo Record、とってもいいお店でした。

京都へ移動。セーターとパーカーを着てきたけど今日にはとても暑いかっこになってしまった。汗だくになりながら電車で京都へ。ついてすぐ打ち合わせ。NICE POP RADIOの選曲を詰めて行った。どのタイミングだったかは忘れてしまったけれど、埼玉での生放送は苦渋の決断で出演を取りやめることになってしまった。残念だけど仕方がない、という思いと福岡に余計に2泊もするドキドキがごちゃ混ぜになって、そこに生放送HIGHが到来。用意しておいたメールを目の前で紛失するなど、色々あったけど最後に演奏した「花をもって」がとにかく演奏していて気持ちが入ったのでオーケーということにしたい……

東京に戻る話がなくなってしまったので急遽、翌日NICE POP RADIOの収録もすることになった。かと言って普段一日かけて選曲しているから内容がどうなるかちょっとだけ不安なのだが、α -stationのライブラリーからかけるという企画になったのでとても楽しくやれる気がしています。

東京を気にしながら東京ではないところにいる不思議な気持ち。どのタイミングで乗ったタクシーだったか忘れたけど「道わからなくってすみません、東京から来たんです」と告げると語気を強めて「東京はこっちに来ちゃいけないんじゃないの!?」と言うので「土日で自粛要請が出ていて、昨日からこっちで仕事なんです」と正直に伝えた。最終的には運転手とは険悪にならず車を降りることができたが、あの瞬間のピリついた雰囲気はとても嫌なもの、辛いものがあった。某社はアーティストのプロモーション活動を止めたそうだ。福岡でのプロモーションももはややれるかわからなくなって来たけれど、東京にも戻れないなら福岡に入ってやれるかやらないかの判断を待った方がいい、とシリアスな顔をしているが、やっぱりほんのちょっとだけ余計に2泊することにドキドキしているのも事実なのだ。でもこれには語弊もあって、額面通りの「ドキドキ」とどうなってしまうんだ、と言う気持ちが同居している。決してワクワクではない、と言うことだけは記録しておこうと思う。

ターン・シャーン・ガディ・ホーデー

名古屋・神戸・大阪とキャンペーンが始まった。FM局を中心に生放送や収録、時にはスタジオライヴをしながら街から街、FM局からFM局へ。どうでもいいけどFM局は大抵最上階にある。今日は名古屋で2本、神戸で1本、大阪で1本。刻一刻と状況が変わっていく、不安定な気持ちの中でそれぞれに向き合う。名古屋で収録したMCの方に「この後は神戸なんです」というと「豚まん!食べてきたら。小さいやつがあってね、それがめちゃくちゃ美味しい」という推薦と、乗り合わせたタクシーの運転手さんが詳しく教えてくれたため、軽く豚まんを食べる。これがとても美味しかった。タクシーの運転手さん曰く「麹から生地を作っていてね、ほんのり甘いんですよ。だから餡はちょっと(塩)辛い」という通り。そこに酢醤油からしを溶かし入れ、ホカホカの肉まんをちょいとつけたり、べったりとつけて楽しんだ。Kiss FMに向かう途中、タクシーの運転手さんが「こんな時間にこんなに人少ないの、20何年とやってますけど初めてですわ。この時間の大丸は混むんですよ。普段の1/4ぐらいじゃないかな」という。仕事の性質上、平日の昼間にうろつくことが多い繁華街も確かに人が少なかった。生放送ではマスタリングのレンジがどうとか、夕方のラジオ聞いている人がわからないような細かい話ばかりしてしまった。少しだけ、反省している。

そのまま大阪へ向かう。街の静けさに近い雰囲気とは裏腹に電車は人が多かった。ポニーキャニオンカクバリズム陣営に加え、スマッシュの方まで来てくれて大所帯での移動になった。FM802にあがるエレベーターで「こんな売れてないバンドに、これだけの人がついてくれるなんて」と感慨深くなった。きっと、こう思ったことが効いてくる未来がくるはずだ。いい意味でも、もしかしたら悪い意味でも。とにかく、今はいい意味だけを真正面から受け取りたい。

FM802に移動してtwitterを見ていたらおさかな券の話題が出ていて、みんなで見て笑ってしまった。怒ることに疲れてしまったのは何週間前だっただろうか。日記に書いておけばよかったな。新しく入ったマネージャーの上野さんに「どんな音楽を聴くの?」と訊いたら新しい音楽を色々教えてくれた。土井コマキさんのプログラムに出演した後、みんなでご飯を食べる。プロモーションを担当してくれているイワブチさんは年に200本映画を見るそうで、去年3本ぐらいしか見れていなかったから、とても羨ましく感じた。ジョジョラビットの話になった時、スカートのリハーサル中になって、優介が「めちゃくちゃ面白かったですよ!先輩に対してネタバレを一つだけするなら最初に「抱きしめたい」のドイツ語版がかかる」という最高のプレゼンを受けても、結局締め切りに追われたりしているうちに近所でかからなくなってしまって諦めていたことを思い出した。やっぱり見たい。イワブチさんから「そういえば最近、プリファブ好きなんでしょ?」と訊かれて「そうなんですよ〜」と返したら、上野さんもたまたまNetflixでやってるドラマ(ノット・オーケー)に"The King of Rock 'n' Roll"が使われていて最近好きで聴いていて、FM802で「どんな音楽聴くの?」と訊いたときにプリファブと言おうとしたそうだけど、伝わらないだろうな、と引っ込めていたそうだ。不思議な偶然もあるもんだ、と嬉しい気持ちになった。

宿にチェックインしてジーンズを脱いでさあどうしたもんか、シャワーを浴びるか、と思ったところで髭剃りを買うのを忘れていたことに気が付いた。ビジネス街のホテルだったため、近くにコンビニがなく、10分ぐらい歩いてコンビニにたどり着いた。知らない街を軽装で歩く背徳感。蛇のおなかのような高速道路を潜ったけれど、不思議とその蛇が大蛇ではなく、自分が小さくなったような気持ちになった。R-1と髭剃りを買ってコンビニを出て、人気の全くない道を歩く。暗くて色もわからないけど大ぶりの花びらが木についていた。自然と話しかけてしまった。そういう夜だった。

あいずがほしい

レコーディングの合間に4/11に久しぶりにやる曲の譜面を書こう(なおみちさんがまだ演奏したことがない曲ということだ!)、と思っていたら五線譜は忘れたのにかばんにたっぷり漫画が入っていたのでため息をついてすべて忘れて何冊か漫画を読んだ。「マイ・ブロークン・マリコ」が噂に違わずすごかった。発売週に買いに行ったらどこにも売っていなくて「夢中さ、君に」と同様、屈辱の二版が手元にある。「テルマエ・ロマエ」でさえ初版(すごく少なかったらしい)を手にしていたこの私が…と加齢を感じる。何ヶ月か前にアトロクに出たとき、おすすめの漫画を紹介、ということでいろいろ持っていったのだが、まったく言語化できず宇垣アナにめちゃくちゃ助けてもらったあの日から、もうちょっと言葉にできるようにしないと、と思ってはいるんだけど、やっぱり言葉にできない。とにかく最初のラーメン屋のふてぶてしいラーメンどんぶりにすべてがある気がする。

2/17、フィロソフィーのダンスとツーマンだったクアトロの客席はマスクをしたオーディエンスで埋め尽くされていた。あんな奇妙な光景は見たことがない。そうしてそのライヴをやって1ヶ月経った。4/11のワンマンがあったからあんまりライヴはもともとない予定だったけど、とても楽しみにしていたクアトロ!ああ、ムーンライダーズを初めて見たクアトロで行われるはずだったムーンライダーズのイヴェントも延期になってしまった。知人友人のいくつもイヴェントが延期になり、中止になり、チケットが取れていた空気階段の単独も延期になった。なんだか胸にぽっかり穴があいたような、とも言えるけど、ぼくの場合は幸い、シングルが出るタイミングだということもあって、やれ取材だなんだ、それといままた新しくレコードを作っているからやることは多く、今は「気がついたらあれから1ヶ月経ってしまった」というのが正直なところだ。

シンガーである以前に、医師から「(その大きすぎる扁桃腺を持っているならば)あなたは24時間、365日マスクをしてないとだめ」と言われたことがあるぐらいの私なのでもともとある程度のマスクの備蓄は今年のお気に入り「フルシャットマスク ふわっとプリーツタイプ」を含め、それなりにあった。更にたまたま深夜にコンビニに行ったら品出ししたばかりの50枚入りの箱マスクを入手。「マスク不足は解消される」という報道を見ていたから、翌日レコーディングに持っていってメンバー、スタッフに配ったため残りももう10枚ぐらいというところまで来ている。あれ以来、店頭でマスクを見たことがない。

さて4/11「真説・月光密造の夜」の足音が近づいています。スタッフ、メンバーもやれる方向でなんとかならないか、とリハーサルや調整を続けています。なにか進展がありましたら、ここやTwitterやHPでお知らせします。

 

追伸

溜まっていたレコードを少しずつ聴いているのですが、ポータブル・ロックのビギニングスは本当にみんな買える時に買った方がいいですよ。ココ吉のブログに素晴らしい熱意が掲載されているのでリンク貼ります。

http://coconutsdisk.com/kichijoji/2020/02/11/portable-rock-beginnings/

タム・タム

某日

ゴミ捨ての為にサンダルを履いて外に出た。昼の陽射しは暖かくても夜冷える、みたいなのが続いた結果、「早く春が来ないか」と真剣に考えてしまった。冬が好きだし、一瞬の気の迷いだった、と今なら思えるが、どうしてそう思ったのか。子供の頃に聴いたくるりの「東京」という曲で驚いたのはやっぱり「季節に敏感にいたい」というフレーズなのだけど、放っておいても過ぎていく、気がついたら季節が変わっていく無情さみたいなものを改めて考えた。

某日

御茶ノ水ディスクユニオンでBilly Nichollsという人の"Love Songs"というCDと目が合って購入。試聴をしてしまったことを後悔するぐらいいいアルバムだった。アルバムで一番好きだった曲はYouTubeにすらあがっていなかったけど。https://www.youtube.com/watch?v=uYZhwW07avE

某日

夕方、シングルの取材が一件。シングルで取材をしてくれるのは嬉しい。岡村詩野さんにやってもらったからきっといい記事になると思います。お楽しみに。喫茶店にそのまま残ってやいのやいのと話したのもなんともいえずよかった。

渋谷の街はいつも通りな気がする。人は多いけど、日曜日の夜ってもっと人居た気もする。マスクをしてない人が多いのはマスクが手に入らなかったからなのだろうか。確かにどこに行ってもマスクはない。マスク不足は1週間で解消されます、みたいなニュースも見た気がしたけどあれは気のせいだったのだろうか。TwitterのTLに出てくるのはコロナウイルスの話題ばかり。あとから振り返った1週間なんて大した時間の流れじゃないってわかっていても、この1週間、どんな対策が取られたか、どんなムードだったかは覚えておかなきゃいけない気がした。

電車の中で乙嫁語りの12巻を少しずつ読む。乙嫁語りはずっといいけど12巻はムードがとてもいい気がして静かな話でもワクワクしながらページをめくった。

仕事の山を超え、あとは降りるだけ、という感じになってきた。しっかり事故ない様に気をつけなければ。

Tudo Joia

深夜にリハーサルスタジオを借りて頼まれた曲の作業に取り掛かっていた。迫りくる締め切り、そして自分のレコーディングに板挟みになりながら苦悩がメロディに宿る、そんな大人になると思っていなかったから、曲の出来不出来は一旦おいておいて、ふーん、なんて言ってみたりするのだ。そう、成果はあがらなかったのだ。自転車で自宅に帰り、風呂につかってから眠った。

目を覚まして30分も経たないうちにインスタントラーメンを胃袋にぶち込み、レコーディングに向かった。懲りずにプリファブを聴いていたら舐めたてののど飴を飲み込んでしまった。子供の頃でさえ、そんなことなかった気がして気が動転した。ひっかかるような違和感が続き、飲み物も持っていなく、用賀に向かう環八沿いにはまったくコンビニがなかった。そういえば曲がるところ間違えたときにコンビニがあったな、と思い出して、そこまでの辛抱だ、とハンドルを握るが脂汗が出てきていた。ようやくコンビニに着いて飲み物を手にとってレジに並んでいる途中、突然つかえていた違和感がなくなった。よかったんだけど、よかったんだけどね。

今日は前回取りこぼしてしまったものを補填するためのレコーディング。アコースティック・ギターのダビング。まず「駆ける」にアコギを入れて、他の旧曲にもアコギを入れていった。とてもいい仕上がり。頭の中の存在しないリスナーから「初期の作品はあの音質だからいいんだろ」というお便りが来たこともあったが「気持ちもわかるけどいいから聴けって」と胸を張って言えるものになりそうだよ。「楽器の音がクリアになることであんたが目指した森を上から見るような音楽じゃなくなるじゃないか」と返事が来たら「楽器の音がクリアになったぐらいで森が森でなくなるわけはないのよ」と教えてあげよう。

レコーディングが早く終わったので車とばしてひっさしぶりにココ池に顔を出す。たまりにたまった取り置きを買い、何枚か気になるCDを買った。"Orlandivo"というアルバムをジャケ買いしたのだけど、これがJoao Donatoアレンジによるレコードでシビれる大名盤だった。

Let's Change The World With Music

衿沢世衣子さんが展示でシール交換会をするという。シールをやたらコレクションしていた時期があったので、それらを探していたら金がなかった頃(2014年3月)にユニオンに持っていったCDやレコードの買取価格表が出てきた。BIG STARのファーストのアナログ買取価格は500円。マックス・ローチバディ・リッチの共演盤は100円、ニルヴァーナの局部麻酔の紙ジャケは960円の値段がついていた。日記でも何度か書いてきたけどα-stationでプログラムを持つようになって自分のライブラリーと改めて向き合ったとき「手放したはずがないのに手元にない」と不思議がることが何度もあったのだけど、それらを売り払ったことなんてすっかり心になかった。ちょっと驚いた。昔、手放したレコードやCDのことは全部覚えているぐらいのつもりでいた自分が恥ずかしくなる。このときの買取総額は8260円。6年前の3月、「サイダーの庭」のリリースに向けてとてもお金がない時期だったのだろう、というのは思い出せるのだが、その8260円で何をしたのか思い出せない。スピンドルでCD-Rを買ったのかもしれない。家賃の足しにしたのかもしれない。米でも買っただろうか。そしてどういう気持ちで手放したのか。今ではちょっと部屋が手狭になってきたから、とフランクに読まなくなった本やCDやレコードを手放すこともある。でも6年前の僕が手放したレコードはどうだったんだろう。6年後の僕に期待して手放したのではないだろうか。確かに金ないときに売り払ったCDやレコードを買い戻すことも増えた。でもそれで本当に6年前の僕の期待に応えられているだろうか。

 

衿沢世衣子さんの展示は最高だった。衿沢さんがいらっしゃって緊張して展示もそわそわとみてしまったからもう一日行きたかった。「遠い春」のツアーのときにグッズのイラストを描いてもらったのにご挨拶もできていなかったけど、やっとご挨拶することができてうれしい。原画も見れてうれしい。グッズも買えてうれしい。サインまでもらえてうれしい。衿沢さんの漫画、高校の頃から読んでます!と胸を張っていったし、ノートにもそう書いてしまったのだけど、古い日記を調べてみたらどうやらギリ大学生だったみたいです。高校生の頃に「向こう町ガール八景」が出ていて、友達に貸し借りしていたらまた違った人生や人間関係があったかもしれない。

 

怒涛のレコーディングの日々だった。時間の関係でCMでは多重録音していた「駆ける」をバンドで録り直したり(シングル出るよ)、古い曲を今の録音環境、メンバーで録り直したりする。スタジオに向かう車中ではずっとプリファブ・スプラウトを聴いていた。集中レコーディング最後の3日目を迎えた日、天気予報は雪だった。へとへとになった布団のなかで「(スタッドレスタイヤを履いていないから)雪が降らないといいな」と思ったとき自分の中の少年が死んでしまったような気がしてとてつもなく悲しい気持ちになった。悲しい気持ちを抱えて眠るのも嗜好品として好きだったという記憶もあるのに、あの頃の気持ち、ノスタルジーではないあの頃の気持ちが還ってこない。だが、それを求めるのはノスタルジーなのではなかろうか。気がつくと眠りに落ちていて、目覚ましの音で目が覚め、ぼんやりしていたらめざましの設定時刻を一時間していたということに気がついて遅刻しました。作業が終わって(終わらなかったけどね!!!)、スタジオを出ると雪が降っていて、車に積もっていた。社長とキャッキャと車の前で写真を撮ったりして、(そしてその後社長にターンテーブル貸してもらった)家に帰る頃、またプリファブ・スプラウトを聴いていた。普段は作業の終わりにはその日の成果を確認するのが常だったのに、今はどうしてもセンチメンタルな気持ちにならなきゃいけない気がしていたのだ。雪が降る道を走りながら「ジェシー・ジェームス・ボレロ」がかかる。環七から青梅街道に入ってしばらくすると雨になってしまった。練馬区が近づくにつれてちょっと道にも雪が残るように見えた。「グリーフ・ビルド・ザ・タージ・マハル」を聴いて本当に少年は死んでしまったのだろうか、と考える。

Grief Built the Taj Mahal, a song by Prefab Sprout on Spotify