幻燈日記帳

認める・認めない

柿なら柿ねば

11月29日

yes, mama ok?のライヴで大塚へ。ギターポップレストランは毎回不思議な手触りのイヴェント。yes, mama ok?は全員爆音で"KEEP FROZEN"が完全にひとつのよくわからない塊になった瞬間があってびっくりした。良し悪しはわからないけど、なんかすごかった。良し悪しはさておき、これがyes, mama ok?だ、という瞬間だったような気がする。

 

1日

電撃澤部倶楽部発足の報せが世界中を駆け巡った。いわゆるファンクラブだ。ファンクラブというものの存在意義の第一は取りづらいチケットを取りやすくする、ということだと思う。私もかつてゆずやASKA氏のファンクラブに入っていたときは大いに助かった。しかしスカートはチケットが取りづらくなるようになるような兆候すらない。一生、ほどほどの規模をそこそこ埋められる、そういうバンドになるんだ、一生かけてそういうバンドをやるんだよ、ということをだんだん受け止めてきた。だからこそコンテンツが魅力的でなければならない……魅力的なコンテンツになるかどうかわからないけどともかく年齢的に忘れていることも増えてきたので、自分がどういう音楽に触れてきたかを振り返るエッセイを書くことにした。数年前、ユニコーンのベスト盤を小6の時、図工の先生に借りた時のことを思い出そうとして昔の日記を読み返していたら「HMVの袋に入っていた」と書いてあって衝撃を受けた。私はそれを忘れてしまっていたのだ。忘れたくなかったし、忘れていたことを思い出したくもなかった。でもこのまま忘れてしまうのはもっと嫌だった。自分の音楽がどこからきてどこに向かったのか、ということを少しずつ思い出しながら書いていて、今現在、大学3年生まで来た。どうしてこうなったんだ、とぼんやり思ってきたけれど、そりゃそうなるわよ、というのがよくわかった。他にもボイスメモで録音したライヴの共有や、会員限定ライヴなんかも予定しています。歌う有料note、踊るPixiv Fanbox、Fantia純情派、だと思っていただけたら。

https://subscription.app.c-rayon.com/app/skirt/home

 

2日

Francisの企画に呼んでもらってyes, mama ok?でドラムを叩く。最高のライヴになったと思う。近年のyes, mama ok?の中でも屈指の大充実。正直ドラムはいくつかああできていたら、こうできていたらという部分もある。でもそういうものを全部包み込むムードというのがあった。yes, mama ok?で演奏するようになってもう15年も経つんだなあ。

 

3日

アトロク漫画部の部員としてアフター6ジャンクション2に出演。今年面白かった漫画などについて話す。漫画の話をずっとできる友達ってあんまりいなくて、ゼキさんぐらいかもしれない。でもここで話すと、「みんな読んでないだろうな……」というものもチェックしてる人が誰かいる。話の中で出てきた知らなかった作品とかは今後の参考にもなる。実に楽しい空間ナノデス。ひとしきり漫画の話で盛り上がった帰り道、途中まで聴いていたゴリラ祭ーズのニュー・アルバム『The Drifter』の続きを聴く。この日、道には無数のイチョウの葉が落ちていた。この日のイチョウの葉はパリパリで、車で踏んでもそれがわかるほどだった。神宮のイチョウ並木に差し掛かったとき、「めくるめく師走」が流れて、カーブを曲がった。もし、神様がいるならばこれをエンドロールとするだろう。いつもより運転に気をつけて無事に家につけた。これ以上ないタイミングでこれ以上ない曲がかかることは人生にごく稀にあるけれど、今回のこれはまさにそれなのであった。

めくるめく師走 ‑ 曲・歌詞:ゴリラ祭ーズ | Spotify

 

4日

トリプルファイヤーのワンマンを観にいく。リキッドルーム!少し遅れてしまって、もう演奏が始まっていたのだけど、「相席屋に行きたい」が演奏されていて、これが1曲目だと確信した。この数年育ててきた切り札のような1曲をまず最初に切ったんだ、「相席屋に行きたい」が後半になくても魅せることができる、という判断をバンドがした、という事実に胸がアツくなった。この日のファイヤーはもちろん最高だった。内容的には『EXTRA』の手応えをみんなで反芻しながら、リリース前後のムードの総決算、といった感じのライヴ……になるかと思ったらアンコールで演奏された「YouTube見て死んだ」という新曲に度肝を抜かれることになる。ここ数年のトリプルファイヤーは「現場に行かなきゃいけないバンド」の相当上位で、観にいく度に進化がある。今回はあくまで総決算かもしれない、とちょっと油断していた。もちろん「コインとキノコ」のアップデート版は最高だったよ。それでも、ここまで駆け抜けたのだから、と、ちょっと油断していたのだ。ヒーッ、というわけでトリプルファイヤーのライヴは今後も絶対観た方がいいです。6月にはワンマンもあります。

トリプルファイヤー 史上最大の作戦| Spotify O-EAST・O-WEST・O-Crest・O-nest

 

7日

管楽器を交えてのリハーサル。どうしたってテンションがあがって最高。帰り道にはDough-istのパンも買えてバッチリ。

 

9日

優介こと想像力の血のワンマンを観にいく。西田くんのギターで久しぶりに見れたけどめっちゃ良かった。優介の音楽、特にライヴで繰り広げられるそれはそれ以上言葉で伝えられない。

 

10日

ゲネ。最終調整だったが、それぞれの善意が重くのしかかり、しかも全部掛け違ってしまって、最終的にめちゃくちゃになってしまった。いくつもそういうことがたまたま重なっちゃっただけなんだけど、ひとつがイヤモニの導入についてだった。近年のいくつかのライヴで歌が取りづらそうにしている私をみかねての提案だったのだが、限られている時間を長く費やして「向いてない」「時間と費用をかける価値はなさそう」ということがわかっただけになってしまって、そこから負のピタゴラスイッチが始まり、善意の小さな鉄球が、善意のちょっとした磁石が、全て私のやわらかいハートに沈んでいき、とんでもない気持ちで帰路についた。誰も救えないほど傷ついてしまった私を見て、スリーピースの確認中にボーイと優介は「今後は澤部さんにもっと優しくしよう」と話し合った、と後日教えてくれた。

 

11日

ラジオの収録。山田玲奈氏にお会いする。FCのエッセイで昔のことを思い出していたから「テレバイダー」でのお姿が鮮明に頭に浮かんで感慨が深い。以前もお会いしたことがあったけど、それももう随分昔だと思うので、今のタイミングでもう一度お会いできて本当に良かった。それから遅刻してムーンライダーズの録音へ。

 

12日

ムーンライダーズの録音2日目。くじらさんがマンドリンのフレーズをダブルで重ねようか、と演奏したら、トリルなのに最初のテイクと全く同じテイクが録れて本当にびっくりした。鳥肌がたった。くじらさんは日本の、いや、音楽の宝です。

 

13日

ナイポレ収録。ゲネとレコーディングで頭がいっぱいだったからなのか、収録してる途中に「えっ、これじゃダメじゃない?」と気づいてちょっと入れ替えてなんとか形になった。恐る恐る放送を聞いたらなんの問題もなかったし、放送後の反応もよくて安心した。普通にナーヴァスになっていただけだったようだ。

 

14日

Zepp Shinjuku公演当日。慌ただしくリハーサルをギリギリまでやって(開演遅れてすみません)、本番さえ始まっちゃえばゲネの時の気持ちも忘れて最高だったわけです。本当に嬉しい。終演後、バンドメンバー+重住さんで新宿の中華料理屋で飲む。いい締め。

当日の録音を聴き返すと、ヴォーカルが普段だったら滅多にこうならないのに!っていう音の外し方を何箇所かしていたけど、演奏も歌も勢いがあって、でも緻密さもあり、余裕もあるけど、逼迫感や切迫感も同居する、ある意味理想的なライヴになった。特に本編最後に演奏した「地下鉄の揺れるリズムで」はどっしりと構えてグルーヴするドラムとベース、単純にウキウキさせてくれるパーカッション、なんて優雅なキーボード、管もコーラスもバッチリ、私ものびのびやっている!我々にとってもご褒美みたいな演奏になっていた。嬉しすぎる。

 

某日

ゼキさんとシズラー行ってライヴのご褒美と言わんばかりに野菜を詰め込んだ。

 

某日

取材で母校に顔を出すことに。写真撮影と簡単な取材を済ませて、美術部の副顧問だった先生の忘年会に混ぜてもらった。こうして見ると、本当に時間がたった、ということがわかる。学校出てから20年経つのか。二軒目には3年の時の担任も来てさらにいろいろ話す。今更お互いナンバーガールが好きだと知って、驚く。時間が経てばそういうこともある。会を終えて、少し離れた場所に停めていた車に戻る途中、当時のままのセブンイレブンに入った。なんとなくチャーハンのおにぎりと揚げ鶏を買って食べる。学生の頃、革命が起きた、と思うぐらいに好きだったチャーハンのおにぎりは昔のものと比べると味がぼんやりしていて寂しい気持ちになった。去年の同窓会以降、人生に「懐かし」が必要になってきてしまったことに気がついて狼狽え続けている。

 

20日

M-1を翌日に控え、いてもたってもいられなくて高円寺のジュンジョーで行われたカナメストーンの壮行会に参加する。告知が出たものの、どこでチケットを買ったらいいのか詳細が掴めず一旦行ってみよう、と会場に足を運んで立ち見で観覧。コーナーで元ダイアモンド野澤さん、元忘れる。の橋本さんとカナメストーンの二人でバンドを組んでいて、その演奏が異常に眩しかった。明日はきっといい日になる。

夜は街裏ぴんくさんの独演会に。全体的にもちろん面白かったんだけど途中で「俺の話もさせてや」と「つんく♂ものまねショー」が挟まれるんだけどこれが信じられないぐらい面白かった。会場はもちろんウケてるんだけど、私と妻の他に数人常軌を逸したウケ方してる方がいて、そうだよな、これそういうやつだよな、と心の中で熱く握手を交わす。終演後、妻は「マジでどういうことなの?こんなおもしろいことやってどういうつもり?」と怒り心頭。わたしも同じ気持ちです。超ハードコアでした。

 

21日

今年のM-1はすごい。決勝に残った他事務所組(真空ジェシカ川北さん曰くニセ漫才師)であるママタルト、真空ジェシカヤーレンズは私がお笑いを好きなって劇場行くようになった2017年ごろに新宿バディオスやハイジアV-1など、西武新宿の小劇場でたくさん見たコンビだ。そこにさらに敗者復活戦にはいま劇場で熱い視線を送るイチゴや豆鉄砲、2017年ごろからメキメキと頭角を表していったカナメストーンもいる。最高。だから私は方々で「今年のM-1はママタルトと真空ジェシカと敗者復活で上がってきたカナメストーンが同点で最終の3組に残って、3票ずつ入って大会史上初の3組同時優勝です🫵」とか言ってた。

この日は平松稜大くんのレコ発のゲストがあるため、敗者復活戦をカナメストーンが出るBグループを途中まで見て家を出た。とにかく逐一連絡ください、と伝え、車を走らせる。環八から甲州街道に左折する信号で待っていると、妻からカナメストーンがBブロックをトップで通過したという連絡が入った。嬉しすぎる。ちょっと泣きながら信号を左折して、泣きながら甲州街道を走る。あんな左折はきっとこれから二度とできないし、あんな気持ちで甲州街道を走ること、これから先の人生で何回あるだろう。

なるべく情報を入れないためにSNSを遮断して過ごしていたが、本番5分前に妻から敗者復活はカナメストーンに決まったという連絡が来た。あ!これはすごい!泣いちゃいそう泣いちゃいそう!と狼狽えていたが、開演が10分押してことなきを得た。

本番はフォーク青年平松くんのイメージを透過してスカートでもフォーキーな曲を選んだのだけど、後半お客さんはハードなものもお好みと気づいて、かなりいいグルーヴまで行けたのがよかった。平松くんのステージもいい。やっぱりコーラスがいい。前にベルマインツと一緒にやった時もコーラスに感動していた。我々みたいな稼業は今後どんどんAIに仕事を奪われる。でも人間が集まって三声でハモったときの快楽というのは文明がある限りいつまでも必要とされるものだと再確認できた。いいものみた。

終演後、遠藤賢司さんのスタッフをされていたという方から声をかけてくれて、「エンケンが!にゅって出てきた!」と言っていただく。ちょうどCREAの連載で母について書いた時、エンケンさんが鍵になったばかりだったのでそれもお伝えする。うれしい。そして和装の女性からこれでお飲み物でも……とおひねりを頂戴するなんていう珍事まで発生して驚く。多分人生初。めでたい。

帰宅してM-1を観る。私は正直に話すと、賞レースと折り合いが悪いことが多くて「どうしてこれが決勝に……?」とか思ってしまうタイプの悪いお笑いファンなのだけど今年はそういう疑問がほぼなかった。確かにカナメストーンもママタルトも真空ジェシカも優勝できなかったけど不思議と気分は晴れやか。いい大会でした……

 

22日

朝起きて「カナメストーンが決勝行った世界だ……」となる。

夜、某CM(3年目だ!飲もう金麦)打ち上げに誘われてメンバーにも声かけたら佐久間さんとボーイが来てくれた。中止になってしまったミュージカルで共演していた天野はなさんにも久しぶりにちゃんと会えたしうれしい。暖かい屋内は人がいっぱいだったので凍てつくテラスで冷え冷えのドリンク飲みながら楽しく過ごしていい年末が来ていることを実感した。

帰りの車で佐久間さんとボーイを乗せてどこかの乗り換えが簡単な駅までおろす、という感じだったのだけど盛り上がりすぎてそれぞれの家まで送る。いい年末。

 

某日

iPhone変えたときに契約のプランを見直した。月の使用量みると大体30GB少し超えるぐらいだったので、30GBまでのプランにして気をつけながら使えば問題ないっしょ、と軽い気持ちでプラン変えたら、そのこと自体を忘れてて月末の手前で30GB突破してしまった。1000円払って1GB追加。気をつけながら使っていたはずなのに24時間で1GB使い切ってしまって人生初の通信制限を受け止めることにした。プランも戻した。人生を感じる。

 

25日

J-WAVEのGRAND MARQUEEでクリスマスソングの弾き語りを、というオファーに答えNRBQの"Christmas Wish"と、番組からのオファーで「静かな夜がいい」を歌った。セレイナ・アンさんの前で私のだめだめプロナンシエイションにお付き合いいただくというプレッシャーもめちゃくちゃあったのだけどなんとか楽しくゆったり歌えた。あと「静かな夜がいい」ってSilent Nightじゃん、と当日気がついた。

 

26日

ライダーズのレコーディング。大きなうねりは小さなきっかけからはじまるのだということを思い知らされる。すげーっ

 

27日

シェイカーひとつ持ってyes, mama ok?のインストアイヴェントに顔を出す。お店入ってすごい人がいて本当に嬉しい。トークだけもっと用意すればよかった!と反省しています…… それにしても本当にリリースできてよかった……1/11には阿佐ヶ谷LOFT Aでイヴェントが、1/18にはユニオンのベストアルバムストアでインストアがあります。よろしければ。

そこからカクバリズムの忘年会でDJ。東日本橋の会場のCITANまで歩いて向かう。年末の夜の街を陽気に歩いて気分は最高。CITANの扉を開けるとすでに片想いのライヴが始まっていて、すごい人だった。人をかき分け会場に入ると音の質感が少しこもっていてそれがとてもいい。どうしてこういう音像なんだろう、と周りを見渡すと、厚着の人が多いことに気がついた。もしかしたら厚い服が音を吸ってこの質感になっているのかもしれない、と思ったら無性に嬉しくなった。DJも楽しかった〜いい納め。

シャムキャッツの藤村くんが近くでライヴが終わった後に顔を出してくれて途中まで一緒に帰る。ぼくはぼくで鞄のシェイカーが歩くたびにシャカシャカなって、藤村くんは藤村くんでタンバリンがシャンシャンなっていて最高だった。

 

28日

ムーンライダーズの活動休止ライヴの上映イヴェントに参加。このライヴは当時、自分のライヴとかぶって参加できなかったのが悔しくてblu-rayもってても見れてすらいなかった。でもCDだけは聴いていて、シリアスな曲が多かったこと、当時の気持ちから、重たいライヴ、という印象を勝手に受けていたけど、映像でみるとなんとスカッとしたいいライヴ。「進化したらまたお会いしましょう」の通りのライヴだった。来年50周年、を迎える今、このタイミングで観れてよかった。

 

30日

佐久間さんとスタジオに入って新曲の制作。7時間とって飽きたら帰ろう、とか言っていたのにまとまった休憩1回だけ取ってあとはずーっとあーでもないこーでもない、とやっていて逆に驚く。一旦形になる。

 

31日

夜、毎年恒例の松本家での年越し。飯を食いながらダラダラと新年を迎える。今年もお世話になりました。

スピンスピンスピン

10月13日

沖縄二日目。レンタカーを借りる。3日間借りるのだがこれも安い。どうなってるんだ沖縄。春にきてまた絶対に行きたかったメキシコでタコスを腹一杯食べる。半揚がりぐらいのトルティーヤに必要最低限の具材で本当に美味しい。どうなっているんだ沖縄。その後、ハードオフでレコードをみたりして、再びホテルに戻り、荷物を取りに帰ってOutputに。ぴんくさんとのツーマンは快調。打ち上げは上江洲さんおすすめのむちゃくちゃな牛丼屋でぶち上げて終了。その後2日間、沖縄の食事とマンガ倉庫を目一杯楽しんで帰京。

 

某日

昼はゆっきゅん氏と対談。マガジンハウス社に初めていった。現在発売中のananに載ってます。初対面だから尚更、ゆっきゅん氏と話すということはDIVAについて考えることに近い。自分の中のDIVAはどこにあるのか、そういうことを考えながら「天城越え」も歌ったし、その時私は本当はDIVAになりたかったんだ、と気がついた。ステージではなにか変なギアがかかって、子供の頃からなりたかった、みたいなことを言ったけど、あれは場の流れ的にそういう言葉が引き出されてしまったわけであって、実際にDIVAになりたい自分は居たが、その頃、私の中にDIVAという概念が存在していなかった。子供の、幼稚園ぐらいの頃の私がゆっきゅん氏に接していたら「私もDIVAになりたい」と思っていたと思う。

 

某日

夜ナイポレ収録して、その後、我らがMOONRIDERSのジャーマネ、ミサコ・ノダ氏のバースデーパーティーにちょっとだけ顔を出して、真夜中にユーバランス、ピンク・マチウラ氏、ケント・マツモト氏との打ち合わせ、というむちゃくちゃな一日。とびきり濃厚だった。

 

某日

ayU tokiO、あゆくんと近況を交換しながら親交をあたためる。「澤部君は友達のミュージシャンの情報をRTだったり、シェアしてくれる。えらい」と言ってくれてうれしい✌️

 

21日

さとう。さんとツーマン。湯浅湾とのツーマンと同じ場所、同じツーマン、でも質感が全く違う。割と堂々とやれた気がする。アンコールもさとう。さんの曲を一緒に、スカートの曲を一緒に演奏して、日村がゆく!の高校生フォークソンググランプリからさとう。さんも私もここまで来たんだなあ、と胸にジンとくる。この曲とても好きです。

つよがり ‑ 曲・歌詞:さとう。 | Spotify

 

某日

新婦が知り合いで、可児正さんの結婚の証人になる、というよくわからない人生イヴェント発生。可児さんは2021年の伝説のライヴ、「サラリーマン川西の夏のボーナス50万争奪ライブ」で初めて見て衝撃を受けた。その時は北島三郎氏の「まつり」に合わせて果物がどういう並びになるか当てるクイズに挑む、という内容で、「まつりだ」が持っている断定の「だ」の意味合いが知らない間にすげ変わっていく気持ちよさにはシビれた。

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ちょっと前にグレイモヤGで見たこのネタもヤバい。「ボレロ」が持つトランシーな部分を明石家さんまを通して見つめる。

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パフェ食って、ハンコ押して、ゲームセンター行って、と大変有意義な時間だった。お幸せに!

 

23日

ムーンライダーズのファンクラブイベントのためのリハーサル。滅多にやらない曲から意外とやってる曲まで幅広くやりたい曲をみんなが言い合うセットリストに。名曲ばかりだぜ…… 私のリクエストは「彼女について知っている二、三の事柄」でした。夜は決起集会。1月のライヴのセットリストも優介と共に任されることになり、本当に気が引き締まる。

 

24日

ユーバランス。ぴんくさんとのツーマン。アウェイもアウェイ。でも「何が起こるんだ?」と観に来てるお客さんばかり、という意味ではホームでもあった。2時間半の予定で演目組んだら3時間半近くになっちゃってたことがある我々としては退館時間とのせめぎ合いでもあったけど、短い時間の中で妙な爆発が何度も起きていてめちゃくちゃに楽しかった。終わったあと中華料理をみんなで食べながら大いに語らう。

 

25日

紀尾井町で行われたパンと音楽のイヴェントに出演。小雨降る中、正直人来ないかもしれない、なんて思っていたけど全然来てくれて本当に嬉しい。野外と無料という条件が重なるライヴは調子良くできる傾向がある気がする。ギターケースを演奏するテントのふちに立てかけておいたら、テントが微妙に雨漏りしていてケースが湿ってしまった。むう。

終わってすぐ会場を飛び出し、ライダーズのファンクラブイヴェントへ。演奏もいい調子。「今すぐ君をぶっとばせ」とか演奏していて気持ちがよかった。

 

某日

細野さんのトリビュートの録音。小西さん本人から締切はいついつ、と言われたあと、事務所がやり取りした過程で「XXまでに完パケ」と伝わって、それをめがけて作業するつもりだったのだが、その日にマスタリングを終わらせたいという意味の完パケだったそうで小西さんから「まだですか……」と連絡が来て冷や汗がドバドバ出た。仕込みはあらかた済ませていたから、どっしり録音することはできたが、ミックスしているうちにだんだん「変だな」と思う箇所がでてきた。ジムで体を動かしながら何度も聞き返して原因がどこにあるのか考えて、ひとつコードが違う、ということがわかった。冒頭の下降していくところ、3拍目をF7で弾いてしまっていたけど、FM7だった。この曲調でそんなことあるのか!ぎゃーっ!なにかに!細部のなにかに触れてしまった!翌日録音し直す。前日のテイクを超えることもできて、安心。なんてプレッシャーのかかる仕事!内容にも満足。嬉し過ぎる。

 

某日

ホフディランとのツーマンでセッションをやろう、とお声がけをいただき、事務所でちょっとした用事を片付けてからリハーサルに向かう。私からは「極楽はどこだ」を提案、ホフからは「ストーリー」。鉄壁のホフの演奏がとにかく最高。特にキタダマキ氏のベースラインがメロディアスで、そういうやり方があったんだ、と目から鱗が落ちた。キタダマキ氏は言わずと知れたSyrup 16gのベーシストだが、私からするとパラダイス・ガラージの「I Love You」のベースを弾いたミュージシャン。人生の1曲であるその曲のベースを弾いた人だ。単純にぎゃーってなる。

 

31日

尊敬する(こういう言い方って、ちょっと斜に構えたニュアンスとかも混ざっちゃう気がするんだけど、本当にこういう他ない大好きなミュージシャン)真部さんの新プロジェクトwidescreen baroqueのイヴェントに呼んでもらう。widescreen baroqueはベーシストであり、ギタリストである真部さんがギターもベースも入れない野心的なプロジェクト。これとかめっちゃ好き。

NO.5 ‑ 曲・歌詞:Widescreen Baroque | Spotify

久しぶりに会う真部さんは気さくで優しかった。今度こそ絶対に飯いきましょう、という。そうです、私は飯を誘えない人間……私は変わった、絶対に今度こそ誘う。

 

11月1日

翌週に迫ったフルバンドでのライヴのリハーサル。慣れてる曲ばかりだったこともあるかもしれないけれど、スッとまとまる。

 

2日

ホフディランとのツーマンで早稲田大学に足を踏み入れる。ここがあの……早稲田……!どんなイヴェントに呼ばれても普段はそんなこと考えなかったのに、この日ばかりが「みんなエグい受験を経てここにいる……中学入試以降まともな入試を一切受けていない私とは……一体……」みたいな気持ちが支配してくる。控室はアメリカの刑務所のような殺風景な廊下のただなかにあり、気が引き締まった。出演する教室はお笑いサークルのLUDOの隣でなおピリっとして、会場に入るとホフディランがいるもんだからさあ大変。ホフは子供の頃に見た「長い秘密」の飛び蹴りをかます広告の写真が心に刻まれていて、子供の頃によく聴いた清志郎さんのトリビュートライヴではワタナベイビー氏が参加していたし、日本でTMBGといえば小宮山雄飛氏だし、スカートがメジャーデビューした頃、ホフもポニーキャニオンに復帰して、ちょうどリリースも近かったから親近感を勝手に抱いていた。それぞれに直接、間接、飛び火的に影響を受け、今日がある、というのが嬉しい。ライヴは最高だった。「欲望」も聴けて嬉しい。

ライヴが終わって祭りも終わりに近づいた校内を少しだけうろつく。大隈重信銅像と写真を撮り、帰路に着く。行きは高田馬場からタクシーで向かったのだが、サスペンダーズのラジオのタイトルよろしく、私も「馬場歩き」を体験してみたい、と高田馬場の駅まで歩いて帰った。豊かな時間だった。

 

3日

大阪、北加賀屋の造船所跡地で行われたイヴェントで弾き語り。正直ミスとかもたくさんあったけど、雰囲気がよく、ライヴとしてはすごくいいライヴになった。終演後、DJも任されていて、海っぺりのちょっと高いやぐらのようなところに仮設されたDJブースで好きな曲をかける。夕暮れの海辺の景色とラー・バンドの相性が素晴らしく、この秋一番の思い出になった気がする。

 

8日

ローカルグリーンフェスティバルで赤レンガ倉庫へ。10年前に比べると野外で演奏する機会も格段に増えた。野外で演奏するのは、集中するのは難しい時もあるけど、それでも楽しい。この日も遠くに見える人の流れが心地よかった。自分たちの演奏はまったく関係ない人たちが、遠い景色のいいところ歩いているのが見えたのだ。どの曲の演奏がうまくいった、とか、印象に残った、というよりは、なんかよかった、というよりない。

 

15日

ダウ90000の「ロマンス」追加公演を観に行く。とにかく面白かった。舞台的な表現が〜とかあそこのシーンで誰々が〜とか言おうと思えばいくらでも言える。しかし「伝えたいことはしっかり伝えなければ」と思わせてくれたことを伝えたい。「ロマンス」を観て「スペシャル」を出した時に「CD・買ってくれ」と言えた。きっと「ロマンス」を観てなかったら「CD・買ってくれ」なんてナカグロいれて言っていなかったと思う。

https://officekanibubble.zaiko.io/e/roman-senyu

 

16日

tbちゃん(tofubeats氏)のライヴにシークレットゲストとして参加。寿司スナイパーオカミのワタールとして初めて人前に立つ。歓声がちゃんとあがってひと安心。寿司スナイパーオカミはtbちゃん(tofubeats氏)の狂人サイドの割合が多いプロジェクトだったので意外と求められてないこともありえるのか……と一瞬思っていたが、頼もしい仲間たちに囲まれ、私も狂人としてステージに立てた。音楽って本当にいいな、って思えることって何度もあったけど、この日の「音楽って本当にいいな」は角度が全く違って最高だった。痛快だった。

 

20日

ワンマンに向けて一旦スリーピースでセットリストを詰めていく。ゲスト多く、パズルのように組み上がった第一案をもとにして、ここがこうなったらもっといいのでは、というのをやりあってセットリストが仕上がった。人生最大規模のワンマンももうすぐそこに迫ってきているのだ。

 

某日

11月は制作。空いた時間は作曲に捧げた。11月中に3曲作った。もっと書きたい。

それに加えてコードブックの準備もしていく。過去にコミティアで作っていたコードブックをワンマンの物販で売ろう、という話になったのだ。久しぶりにあーでもないこーでもない、とギターを持ってコードを書き込んでいく。忘れていた押さえ方がいくつかあって、自分のためにも、いい。

最後のだってしょうがないじゃない

9月23日

ファミレスで譜面の最終整理。リハで躓いたところなどを整理しながら譜面に強調のメモを追加したり、曲によっては五線譜をやめて歌詞だけみる、コード譜をあらたに作る、などの作業をする。これでバッチリ。

 

24日

ムーンライダーズ「ANIMAL INDEX」ライヴの本番。ジョーゼットの幕をメンバーの前にそれぞれ垂らして、そこに映像を投影する、というリリース当時にはテントの中で行われたというライヴの雰囲気を踏襲した演出。スタジオのリハーサルではジョーゼットの幕までは取り入れられなかったから、ここで初めて対峙する。想像上ではやりづらいことこの上なし、かと思ったけど、いざやってみると見えないことはあまり問題ではなかった。しかし会場の特性なのか、反響と低音の回り込みがすごくて狼狽える。リハーサルの半分以上はトラブルに見舞われて、それの対策をどうとるか、などに費やしてしまった。最終的にはいいところに着地できたが、それでも本番、人が入ったら吸われると思っていた低音がより膨らんでいて驚く。低音が回り込んでくると、途端に音階というのがわからなくなってくる。慶一さんも悔しい思いをしたそうだ。私はなんとか気合いで乗り切っていたが「駅は今、朝の中」でいよいよどこを歌っているのかわからなくなった。少し焦って、すぐに冷静になって、初めて「駅は今、朝の中」を聴いた18歳の自分、それ以降、その時々に「駅は今、朝の中」を聴いてきた自分、歌ってきた自分に助けを求めてなんとか乗り切ることができた。録音を聞き返せてはいないけれど、観にきていた妻曰く、問題ないとのことだったので一旦はそれを間に受けることにする。終演後、じゅうたんの導入や、イヤモニの導入など真剣に考える。イヤモニはまだ懐疑的で、歌っている時に顎全体がガッツリ動いて、その動き次第で耳の中で聞こえ方がその都度に変わる、という経験があって、そういう集中力の削がれ方は私にとっては負担が大きく感じるところがあって、じゅうたんあたりから始めるか、と落ち着いた。

 

25日

想像力の血のリハーサル。初手も初手に "Blue Book"を合わせているとき、「ここはフリーで」と言われて、佐久間さんも私もさぐりさぐり優介のいう「フリー」の意図を探っていると「二人ともフリー下手っすね〜」と言われてしまった。速度がはやい。

 

26日

青森に向けて出発。翌日、りんご娘さん擁するRINGO MUSICさんのフェスに出演するため、前乗り。スタッフなしのひとり旅。青森に行くのは初めて。本州でいうなら仙台より北に行くなんていつぶりだろう。子供の頃に雫石にいった記憶はあるが、それが正しいのならばそれが最北。新青森について、iPhoneの充電が寂しかったので構内にある時間貸しの充電器を借りていたら、弘前行きの電車に乗り遅れそうになった。息を整え、座席に座ると流れていく景色があまりにも知らない景色。とにかくススキが多い。今までススキがこんなに揺れてる景色を見たことあっただろうか。多分ない。でもこの景色を私は知っている。思いめぐらせてみると、四人囃子の「空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ」で歌われる景色だと気がついた。

空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ ‑ 曲・歌詞:四人囃子 | Spotify

夕暮れ迫る弘前に到着して、ホテルにチェックインして荷物を預け、また駅に戻る。GoogleMapにレコード屋と入れたら出てきたジェイ・アンド・ビーというお店があるらしく、黒石という駅に向かった。少し外れた場所にあるレコード屋は無条件でわくわくするものだ。とても駅にある券売機とは思えない、学食にある券売機のような券売機できっぷを買い、2両編成の電車に乗り、黒石を目指す。外は暗くなっていて車窓の景色さえ流れていかない。灯りばかりがどこかにある。40分経たないくらいで黒石について、遠くに来たんだな、と改めて思った。閉店間際だったので焦っていたが、駅を出たらタクシーが停まっていてなんとかなる。店の入り口が見つからずに電話をかけると地図上のピンからすると想定外のところに店はあった。お店の広さも置いてあるものもめちゃくちゃいいし、次の電車が来るまで、と閉店時間が過ぎてもレコードを見せてくれた。ブレンダ・ラッセルのセカンドやセルジオ・メンデスのYe-Me-Leなんかが買えて嬉しい。会計の時にお店の方が「珍しいものがあるわけじゃないでしょう?買い付けとかじゃなくて買い取りだけでやってるから……」なんて話してくれて、買ったレコードの重みが一気に増す。気が引き締まった。

弘前に戻って、葛西さんが薦めてくれた居酒屋に向かったのだが、残念、満席。しかし、カウンターで食事をしていたご夫婦が私に気がついてお店に「もうすぐ食事も終わるからここに彼を」と話をつけてくれた。なんと明日のライヴで観に来てくれるそうで、さらに昨年、新潟で上海という人気の中華料理店で、行列を見てそのまま帰っていくスカート一行を目撃したことがあったそう。2017年だったかな?とにかく昔行ってとてもいい思いをした記憶があったから今回も行きたいね、なんて話していたのにリハーサルの合間だったから行列に並ぶ時間はなくてなくなく断念したのだった。そういうこともあり、せっかく弘前まで来たのに!と話をつけてくれたのだそう。ご厚意にあまえてひとり居酒屋でひとり飲めない日本酒を飲みながらこれもおいしそう、あれもおいしそう、と注文してたらいい値段になっていて驚いた。そういうば1人で居酒屋に来たことなんてほとんどなかった。人は傷ついて成長する。それにしても何を食べてもおいしかった。ピーマンの天ぷらがこんなにおいしいなんて知らなかった。最高。

2日後に本番を控えた優介のリハ音源を聴き返しながら青森の夜を歩く。

 

27日

ライヴ当日。10月も目前の青森でしょ、長袖でしょ、と向かってみたのだが、激アツ。夏みたいな天気でたじろぐ。少し時間があったので弘前のいくつかの和菓子屋をめぐることにした。戸田うちわ餅店までタクシーで向かい、餅を買い、歩いて大阪屋まで行く。雪国だときいていたわりには雪深そうな装備がある街に見えず、ハテ……と思う。札幌は入り口が二重になったり、高くなっていたはずだ。でもそういうムードはなかった。各家に掲げられた灯油のタンクが印象にのこる。大きな大学病院のそばを通って、道路の反対側に不動産屋があったので横断歩道を渡り、その土地の賃貸の値段や、一軒家の値段を見て、東京はどうしてこんなに家賃が高いんだ、とめそめそする。私が2016年に部屋を借りてから、大家に払った金額でしっかりした一軒家が買えることがわかって人生の意味を大きく見つめる。

大阪屋は店構えからして名店の雰囲気が立ち込めていた。気になっていた竹流しを購入。「錦玉」とだけ書かれた紙が貼ってあって、パワーを感じ、それも購入。買ったお菓子をひとつも食べていないというのに達成感がある。老いている証拠だと思う。会場に向かうためにタクシーを拾おう、と不動産屋のあった大きい通りに出る。地図上だけの質感で見るとタクシーアプリで配車しないと捕まらなさそうな雰囲気なのに意外とちょいちょいタクシーが通るらしく思ったよりもすぐ乗れた。街というのはわからないものだ。

無事に会場に入り、前室に1時間前に入るという珍しいスケジューリングだったが、これ絶対いいフェスじゃんというのが仮説のテント越しにひしひしと伝わってくる。さあこれからステージ、というときに主催の方がやってきて、「今日も観にきてくれている友人の奥さんがあなたのご両親のいとこなんです」と言い出した。えっ?登場人物多くない?どういうこ?と動揺しているうちに出番がくる。笑っちゃった。

ステージは極めて暑く、日光が直にあたり、目が開いているのに、目視しているのに歌詞カードが読めない、という現象に見舞われる。過去にもあったのでそれほど驚きはしなかったけど、あの現象なんなんだろうな。

終演後、一息つきながら母に連絡を取る。すると父のいとこだということが判明。物販に向かうと、その友人と奥さんがいらっしゃって、最初は親戚があまりに多い家だったから思い出せていなかった。めっちゃ多い祖母の兄弟・姉妹(確か8人いる)をそれぞれの住んでた地名で認識していた(阿佐ヶ谷のばーばなど)のだが、ある地名をきっかけに段々と思い出すことができた。なんと物販までめちゃくちゃに手伝ってもらって本当に助かった。カクバリズムは時給払ったほうがいい。物販を終わらせてふぅ、と一息をつきながら昼食。ケータリングは青森の地のものの小規模なビュッフェだったのだけど、どのメニューもめちゃくちゃおいしい。獄きみという品種のとうもろこしの天ぷらとか、椎茸を焼いただけ、みたいなシンプルなものにこそ強い力が宿っているような気がして(昨夜のピーマンの天ぷらも思い出して)ちょっと恐ろしいものを感じてしまうほどだった。

ぼちぼちおいとまします、というときになんと父親のいとことその旦那さんが新青森まで送ってくれる、というではないか、しかも寄りたい、と話していたJOYPOPSまで寄ってくれる、という。ダメ親戚ムーヴでJOYPOPSに寄ってもらうと、昨日のジェイ・アンド・ビーとはまた違った天国。いい角度でいいレコードがたくさんあった。特に「火の玉ボーイ」のLPは嬉しい。1時間ほど見ただろうか、本当に迷惑な親戚だ、と思いながらも私はDigを止められないのであった。ダメ親戚というよりもダメ人間そのもの!そして新青森まで送ってくれて、なんと土産まで渡してくれたのだ。俺はいろいろ払ったほうがいい。間違いなく酒飲みである母に届けます、と誓い、新幹線に飛び乗って、東京に戻る。

 

28日

優介のユニット、想像力の血のライヴのため、神戸に向かう。ゴリラ祭ーズとの対バンで嬉しい。QUILTという新しくできたライヴハウスは以前は変わったカフェだったそうで、その豪華さの名残がある豪華なソファや机にシビれる。リハーサルが終わって、カレーをいただいて、ホテルの部屋に入って束の間眠った。ぼんやりした頭でQUILTに戻る時、シャツにシミができていることに気がついた。私はまたカレーをこぼしたのだ、オフホワイトのこのシャツに。情けなくて泣けてくるよ。トイレで落とそうとするも落ちなくて肩にも似たようなシミがあることに気がつく。つまりカレーではない。しかしシミがつくような瞬間などあったか?おれはこのシミに気づかず東京から神戸まで来たのか?情けなさばかりが増す夜。

少し遅れてゴリラ祭ーズのライヴ。一曲逃した。無念。めちゃくちゃよかった。下世話な言い方するけど売れるよ。

本番はちょっと段取りグダついたことを除けば楽しく演奏ができた。特に"Quaggi"は格別。ギターを弦楽器というより打楽器のつもりでぐしゃぐしゃ弾くのが楽しい。でもときどきコードも鳴らせる。なんて曖昧。それを許してくれるような器の大きい曲なのである。

Quaggi ‑ 曲・歌詞:想像力の血 | Spotify

終演後、ホテルに戻り荷物を置いてゴリラ祭ーズと軽く打ち上げ。魚が苦手な私でも打ち上げの席なら勇気を出して試せる。この日は佐久間さんがオーダーしたカツオがうまい、というので試してみたがダメだった。しかしアジフライはいけた。日進月歩。3人とも腹いっぱいだっていってるのにラーメン食って穏やかな死を迎える……はずだった。

ホテルに戻ると鍵がない。普段は注意深くホテルの鍵と接している私が、日々の張り詰めた連続から警戒を解いてしまったようだ。立ち寄った店の全てに電話をかけたがどこにもなく諦める。フロントに「諦めたんですけどどうしたら……」と訊ねると、再発行するとその時点で料金がかかるのでチェックアウトまで探されたほうが……とのこと。「料金」と確かに言ったが、詳しくは聞かなかった。眠れなくなるからね。

 

29日

鍵はもちろんなかった。チェックアウトの際、ヒジャブをしたフロントの女性に「鍵をなくしてしまったんです。探したけどやっぱりなかった」と伝えると、9000円かかる、と言われる。盛り上がるオーディエンス。ホームランバッターにでもなった気分だ。「一応伺いますけど……まからないですよね?」と訊くと、彼女はふふっと笑った。オーケー私はその微笑みに9000円を支払うんだ。

「傷心の先輩が行く店選んでください」と優介が言うので、真城さんが前にインスタに投稿されてていつか行ってみたかった洋食のあさひというお店に行く。人気店だけど平日だからそんなに並んではなかろう、と思ったら大行列。新幹線の時間に間に合うか心配になる程だったが、結果最高のランチになった。傷心の先輩を前にして後輩がランチと新幹線を待つ間のクリームソーダを奢ってくれた。ぴえん🥺

東京戻って速攻ナイポレ収録が終わってやっと一息つく。慌ただしい秋が過ぎていくが、長袖では暑い日が多かったこともあり、風情を見出せない。

 

某日

提供曲の作詞。いい具合。

 

10月4日

MASH UP FESTIVALというフェスで高野寛さんと共演。神戸に向かう。起きる時間を一時間間違えてしまったことに気づいて大いに焦った。土曜日、満席の新幹線はこんなに心許なかっただろうか。ギリギリに到着。会場に到着すると、我々の直前の出番の川辺くんの本番が始まるちょっと前のタイミングだった。フェス自体は神戸の海辺の公園の何ヶ所かで開かれていて、私と高野さんの特別デュオは小規模で自由度の高いステージの出演だった。川辺くんのリハを聴きながら、セッションの数曲の確認を済ませて本番。会場は確かに海辺の公園のはずなのだが、あまり海っぽくない。でも海岸線再訪を歌う。前を向くと海辺の気配だけはする。ステージの後ろは古い建物に新しい建物がくっついたような建物も見えていよいよ情緒がおかしくなる。ステージは好調。一緒に演奏した「夢の中で会えるでしょう」には感激。

ステージを終えて、高野さんと夕食をご一緒することになる。少し時間があったので塩谷のジパングレコードへ。地図を見てみると、電車に乗れば夕暮れの海辺が見れるのかもしれない、と思ったのだけど、全然そんなことはなかった。塩谷の駅で降りるのは多分はじめて。10年ぐらい前にライヴで何回か来たけど、どれも車で行ったはずだ。古い駅の階段を降りて、駅前の小さな商店街を歩く。車も通れないような狭い道でなんだか嬉しい。道がまっすぐじゃなくて嬉しい。小さなのぼりくだりがあって嬉しい。すぐにジパングレコードに着いた。店内はニューウェーヴのいいところがかなりあった。ニューウェーヴと捉えていいかわからないけど、もっと体調がよければ(それか気持ちがニューウェーヴだったら)レジデンツとか絶対買ってた。高野さんとの待ち合わせまでまだ時間があったので線路沿いを歩いて須磨まで歩いてみることにした。ところがランナーと釣り人しかすれ違わないような暗黒街道で、容赦なく陽は暮れるし、海はほとんど見えないし、潮風の感じもなく、情緒のようなものはほぼなかった。ただしっかり歩いた、という気概だけが体に降り積もる。そして思ったよりも須磨まで遠くて高野さんとの待ち合わせに遅刻してしまった。すみません……

 

6日

湯浅湾とのツーマン。お声がけに気が引き締まるタイプのオファーで、ちょっとチャレンジするつもりで立ち向かった。ブランクスペースがいい出来だった記憶がある。久しぶりに「しるしをたどる」をやる。『SONGS』はライヴ映えとか考えないで書かれた曲がほとんどだったから今のモードだとやりづらい曲が多いんだけどやっぱりいい曲多い。なんてことない曲だけど、それがいい……

しるしをたどる ‑ 曲・歌詞:スカート | Spotify

 

9日

なおみちさんを介してクジヒロコさんにお誘いを受けてクージー祭りに初参加。迷いに迷って「喝采」「ハッとして!Good」「ハイティーン・ブギ」「天城越え」でキめる。もっとマニアックに行こうか、とか思ったんだけど、どういうわけか正面切りたくなってしまった。リハに入るまでは心配で仕方がなかったのだけど、一度合わせさえしちゃえばなにもかもがばっちり、俺は今夜、たからかに歌うためだけに生まれてきた、と思わせてくれるもんだからクージーバンドはすごいっす。ライヴもトータルで最高だった。特にex.くるりもっくんさんがドラム叩きがたりで遠藤賢司さんの「俺は勝つ」を歌ったところは本当にグッときた。もっくんさんはエンケンさんのバンドのドラマーとしても活動していた分、なんだか泣きそうになった。俺は多分ああいうふうに「さよならは夜明けの夢に」を歌えたりはしない。本当に言葉にできないのだけど、感銘を受けたし、感激したし、出番の前だったこともあって、冷静になろうと努めたけどほとんど泣いてた。すごいものを見た。「天城越え」だけTikTokにフルであげてます。気になる方は自分で探してください。

 

12日

沖縄で街裏ぴんくさんとのツーマンがあったために前乗り。ひと月ぐらい前に2泊3日でパックになってるチケット取ろうとしたら普通に一人で8万ぐらいしたんだけど、3泊4日にしたらめっちゃ安くなったので妻も連れて夕方の飛行機で沖縄に入る。到着したころには浮かれた感じと怠惰が重なり合ってホテルのレストランのビュッフェに飛び込む。メニューはなんと九州の名物料理特集で、沖縄らしいものがほとんどなくてそれはそれでいい。

だってしょうがないじゃない・征服

8月20日

カクバリズムの夏祭りでDJ。社長とバック・トゥ・バックで盛り上がる。Advertisingで大盛り上がりしたのは今年の夏のいちばんいい思い出のひとつといっていいっしょ。

www.youtube.com

全出演者最高だった。毎年思うけどもっと人来ていい。キセルは私の考える国の宝です。涼しい顔で心の深いところまで入り込んできて掻き乱す。でも不快感はない。いくつもある「音楽ってそうじゃなくっちゃ」の大いなる一つ。

 

22日

美術部のマブ、石村まなみがアメリカから帰国して国内でレジデンスで制作をやって、それの展示をやっている、というので本人と友人(ジューリア / 演劇部に顔出してた時期に演じてた彼女の役名がジューリアだったから今でもそう呼んでる。俺だけ)と妻の4人で長野に向かう。我々からしたら比較的早めの時間に集合して、昼過ぎの到着を目指してゆっくり長野に向かった。途中、アメリカ暮らしも長くなったまなちゃん(石村)が「AC……あ、ごめん、エアコン」というのを2回繰り返したので全員が同時に「ACでいい」といったのが非常によかった。休憩のために寄った道の駅で果物とナイフを買ってそのままアッチアチのベンチに腰掛けて食べる、みたいなワイルドな振る舞いは人数いないとできないから楽しい。

事前にまなちゃん(石村)からは「あたしも運転するよ〜」と言われていたのだが、後部座席から「ミラー、ガコンってやっちゃって」と聞こえてきたのでひとりで運転することを決意したのだった。

石村の展示は壮観だった。この土地で製作されたという作品と、美術館自体の持つパワー見たいなものがかけ合わさって大変素晴らしかった。同級生として鼻が高いぜ。ちょっと休憩をして、渋温泉を回ることになったのだけど、これが嬉しかった。去年渋温泉でライヴをやったときに、宿の風呂はいくつか入れたのだけど、渋温泉の醍醐味でもある外の温泉は回れなかったのだった。ここぞとばかりに3箇所回った。疲れを取り、無事ひとりでの運転を完遂することができた。

 

某日

レーニングルームでエアロバイク漕ぎながら息も絶え絶えDuolingoやってたら、以前にも一度声をかけてくれた青年から再び声をかけられた。「スペシャル」のツアーを観てくれたのだそう。「スターみたいでした」って言われたような気がした。エアロバイクとDuolingoに全ての感覚を捧げた私が導き出した幻聴かもしれない。俺にもスターみたいに振る舞えた瞬間があったってことなのか……?とデヴィッド・ボウイを思い浮かべる。想像力は年々衰えていくものだとしても、貧困にもほどがある。

 

23日

台風クラブのワンマンを観に行く。最高。普段のライヴではバンドの演奏の中にある石塚くんの歌がしっかり響いていて、堂々と歌っていて、そこが本当に良かった。

 

某日

NICE POP RADIOのために「灯りは遠く」を弾き語る。レコーディングのときぶりに演奏するから、最初のコードを探るのに時間がかかった。ちょっとだけ変な開放弦の響きがあって、譜面にどこ押さえたか今後は書こう、と後悔。

 

27日

Fievel Is Glauqueを観に行く。彼らを初めて聞いたのは忘れてもしない、中野駅のホームだった。SpotifyBlossom Dearie Singsの最後の曲を再生して、スキップ、するとこのアルバムがお好きなあなたに、と言わんばかりにおすすめを提示してくれる。そのおすすめの中にFievel Is Glauqueの"Go Down Softly"があって、私は一発でやられたわけです。サブスクで現行のアーティストを好きになる、みたいな機会がまだギリそんなに多くないので少し戸惑いながらも作品を聴いていくわけです。するとどうでしょう、彼らの音楽はものすごくいい意味で捉え所がない。ポップでありながらポップにおいて重要な何かが欠けているような音楽で、好きで何度も聴くんだけど、聴くたびに頭のなかで同じ形でとどまってくれない。想像力の血の音楽もそういうものだけど、そういうポップさ。なんといびつなポップさ!その彼らが来日っつーわけなので大変。ライヴもべらぼうによかった。頭の中の形のままの曲もあれば、ちょっと変わっている曲、そもそもわからない曲が全部混ざるとどーでもよくなって、フラットになっていくのが本当に気持ちよかった。ふにゃんとしているのに芯があって実にミョー。いい夜でした。

Go Down Softly ‑ 曲・歌詞:Fievel Is Glauque | Spotify

 

某日

楽曲を書いた声優の土岐隼一さんの歌Recのために初めていくポニーのスタジオで録音。土岐さんが来る前にパラダイス・ガラージ/豊田道倫トリビュートの歌も録音。3月に「ひとつ欠けただけ」のストリングスを録音した際に一緒に録音していた弦楽四重奏、これが私の夢でした。私の夢という点でいうなら、あとはムンズの"Carsex"をジャズトリオで録音すれば完璧です。とにかく感無量。

土岐さんのレコーディングはスムーズで普段の自分のペースと照らし合わせて考え込んでしまった。指示らしい指示をしていない気もするけど、そう言う指示を一瞬で自分のものにしてしまう力があって惚れ惚れとしていました。アルバムでどうあの楽曲がなるのか、多分浮きます。でも楽しみです。11月発売。

 

9月5日

PUNPEEさんとBIMさんのライヴで代官山UNITPUNPEEさんはいつも違う景色を見せてくれる。今まではまずストーレート、シンプルに会場の規模感でそれを感じたのだが今夜はUNIT。我々も何度か立ったことのあるステージだ。ぎゅっとした客席で大盛り上がりの観客たち。毎回思うのだけど私ももっと頑張ろう、と強く心に刻む。楽しい夜だった。締切を抱え、打ち上げにも参加できず家に帰る寂しさよ。

 

6日

ナイポレ収録。「クイズ選曲」をリクエストされ二転三転しながら、疑問形の曲でひとまとめでどうだ、とどうにかこうにかまとめるも迷いながら走っていてなんだか締まりが悪かった。全体がぼんやりする回はそれはそれで好きなんだけどWho Are You(The Who) / あんた誰?(谷啓) / 誰だっけ?(ゆらゆら帝国) の3曲連続が良かった分、出だしも後半もうまくまとまらなかったことがずっと心にささくれのように残った。

 

某日

藤井隆さんとラジオの収録。これが本当に楽しかった。藤井さんと会って、話して、最近人とちゃんと話してなかったかもしれない、と気がついた。話の頭に「なんか」と言ってしまうのがここ何年かのクセになってきてしまっていて、それを是正しよう是正しようと何度も思っていたはずなのに、ここでもそれが出てしまったし、話すのが楽しい、となるとそんなことどーでも良くなってしまって「なんか」が出てしまうのだった。これをどう受け取ったらいいのか、まだわからないが、いまはもっと人と話をしたい、と思う。

 

12日

荻窪でライヴ。家から近すぎて遅刻した。Top Beat Clubは初めて行く箱だったけど、いわゆるキャバーンクラブのようなつくりでめちゃくちゃかっこいい箱だった。独特の反響や慣れないヴィンテージ機材に手こずりつつも「やり切るしかねえ」という強い気持ちに身を浸し、ライヴは無事完走。いい演奏をするだけがいいライヴではないが、この日はまさにそう。決して余裕のある演奏を聴かせることができた、みたいな手応えはなかったけど、振り落とされまい、と気を張り続けて独特の緊張感の中、達成感を得る、と言ったようなライヴだった。

 

某日

突然バービーボーイズがわかった。処分するレコードを選んでいる時、過去に「いつか好きになりそうだな」と買っていた「Black List」というLPを改めて手に取って、針をおろしたら度肝を抜かれた。「C'm'on Let's Go」のアコギの音が眩しくてものすごく引き込まれて、そこからちょっとずつ聴いていたのだけど、「泣いたままでListen to me」で「しゃくりあげてわめいてもいいんだ 殴りたけりゃ今日がその最後のチャンス」という歌詞が耳に入ってきて、最後なんて歌うんだ……!?と期待して待っていたら「言葉の通りだぜ」と締められて圧倒される。やられた。最高。しかし迫り来るライダーズのリハに備えてチャンネルを書き換える。

泣いたままで listen to me (Original Mix) ‑ 曲・歌詞:バービーボーイズ | Spotify

 

14日

「ほうせんか」という映画の深夜イヴェントでDJ。監督はオッドタクシーの木下麦監督で、音楽はcero。直前までレコードを選ぶ。これが大変だった。映画のトレイラーを観て、時代背景も見えきらなかったから70年代頭ぐらいから現在に至るまでの「日本の」「レコードを」「たくさん」持っていった。それに加えてついでに何かあったときのために、とUSBも持参。車で渋谷へ向かったのだが、祝前日、深夜の渋谷をナメすぎてた。超快調にbunkamuraの交差点まで来たのだけど、円山町の坂に差し掛かった途端に人が溢れすぎていて車が動かなくなってしまった。左折しようとしたら道の真ん中にペットボトルが置かれていて、これが本当に人間のやることなのだろうか、とゾッとする。ここは私の知っている渋谷じゃない。nestの隣のクラブの黒服のセキュリティがここまで頼もしく見えたことはなかった。

映画はとてもいい映画だった。物語に殉じる傑作と言っていいでしょう。静かなのに活劇のムードもあってそこが良かった。

とにかくEASTの環境で聴く「8月の現状」と「EXTRA」の音の素晴らしさは一生忘れないと思う。最高だった。USBに入っていた曲も1曲だけかけたけど、「25セントの満月」でみうとと氏がぶち上がってくれたから持っていって本当によかった。

25セントの満月 ‑ 曲・歌詞:ゆうゆ | Spotify

 

某日

コロナに罹ってしまった母の代わりにジョジョグッズを恵比寿に買いに行く。暑い。夏が終わってくれない。普段、酒とは一定の距離をとって生きている自分からしたら酒造関係の施設に近寄ることさえ稀だったので、いいカルチャーショックになった。

 

19日

ムーンライダーズのリハーサルが始まる。ANIMAL INDEX and more。優介とand moreを選曲して、メンバーおよびスタッフに投げて、みんなで揉んで今回の形になった。and moreはもちろん、ANIMAL INDEXの名の下に選曲。ふたりで動物がテーマになった曲を出して選んだ。「"アニメーション・ヒーロー"はどう?天井裏に一匹のネズミ!」「さすがに細か過ぎますよ」と愉快かつシリアスにご覧いただいた選曲になりました。アンコールは最初別の曲が挙がっていたけど、みんなと共有していく過程で誰からか他のにしたいね、なんてなって、人間がテーマになっている曲として二人で選んだ3曲が全曲採用になった。初日は緩やかに始まった。大枠を埋めるというよりも、初日から細やかにああしよう、こうしよう、と詰めていったらみっちりやってて、この日はアルバム全曲までは到達できなかった。

 

20日

ライダーズのリハーサルの前から決まっていたライヴのため、リハをお休みしてつくばへ向かう。機材車の移動で良いですか?とスタッフに訊かれて固まった。以前、Kaedeさんのライヴで新潟に機材車で移動したとき、私は助手席に座っていたから気が付かなかったのだけど、背もたれが座面に対して直角だったことから佐久間さん曰く「中世の拷問」だったのだそう。それでなおみちさんと佐久間さんに訊いてみると「居住性は機材車よりN-BOXの方がいい」というので自走でつくばに入ることになった。ちょっとしたドライヴ気分でライヴに向かうなんていい身分だし、実際に最高だった。リハーサルが終わって科学館にみんなで行ったのも良かったし、適度にほぐれたのか演奏も良かったと思う。やはり畳野さんと一緒に演奏した「波のない夏」と「ひとつ欠けただけ」は印象に残った。帰りの車ではiPhoneを佐久間さんに託して「QUIZ ブランキー・ジェット・シティ」が炸裂。「センスない単車乗りばかり集まった人口わずか15人の新しい国、その彼らの単車の中で一番長いフロントフォークを持つ人物の名前は?」という問題の答えが「C.B.Jim」だったときはさすがにアハが過ぎた(クイズの元になった「Punky Bad Hip」収録アルバムのタイトルが「C.B.Jim」)し、「ガイコツマークの黒い車はある音をかき消しながら進みます。どんな音?」という問題に対して「これね、多分実在する音じゃないと思うんです」という私の名推理も光ったが結局正解には辿り着けなかった。

佐久間さんを送り届けたあと、なおみちさんを送る過程で送られてきたライダーズのリハ音源を確認。一気にモードが切り替わった。

 

21日

リハ3日目。この日はリハを夕方に早退して、品川まで車で出て、大阪でライヴが一本、という予定。舞台監督の笹川さんが「新横浜から乗るの?」と言って、本当だ、絶対にそっちの方がいい、と初めて冷静になれた気がする。品川ではなく新横浜から乗れば、もともと乗ろうとしていた時間も後ろにできる。駐車場も品川に比べれば豊富だろう。気持ちにも少し余裕が生まれたが、それでもリハーサルは目まぐるしくアンコール手前まで参加して、慌ただしく車を新横浜まで走らせた。「頼むからグリーン車にしてくれ」というお願いをしたらすでにグリーン車だった。ありがとうカクバリズム。眠って気がついたら大阪についていた。本当にありがとうグリーン車。イベンターさんと落ち合う。万博の混雑のため、道路の渋滞も予想できない状況にあるらしく、一番確実な地下鉄でPARCOに向かう。気持ち的にもなんだか落ち着かなくて、でもその落ち着かない感じが心地よかった。ライヴも疲労を吹き飛ばすようなものにできて、終演後にカレーを食べるレポートもやって、充足感のなか、ホテルのベッドで眠りに落ちた。カレー大作戦は10/26まで開催中。

今年もいよいよ始まる心斎橋PARCO『カレー大作戦』! コラボカレーが登場した『MASHUP FESTIVAL kobe』のプレイベントに潜入し、先行レポート! | MARZEL – ぼくらが今、夢中になるもの|関西のカルチャーWEBマガジン

 

22日

思ったよりも早く目が覚めたのでKyutaroでうどんをキメて、新幹線に飛び乗る。ふとSpotifyに目をやると「お気に入り」に「3104丁目のダンスホール」が追加されていて、膝を打った。怪盗佐久間は粋な人だぜ。私が早退して以降のリハ音源も含め、いろいろ聞き返しながら自分がやるべきことを改めて整理していく。その整理もとても捗る。さすがグリーン車。ありがとうカクバリズム。無事にリハーサルも終了。とてつもない疲労感ととてつもない開放感を感じ、妻を誘って焼肉をキメた。いい選択だし、必要な選択だったと思う。

新・だってしょうがないじゃない

2日

渋谷のミュージックバーでDJ。若者がめちゃくちゃいてお酒を飲みながら談笑していて普段の暮らしからちょっと遠いものに感じて驚く。いかに自分が部屋から出ていないかが一晩でよくわかるわね。「さっきのDJの方ですよね!めっちゃよかったです!」なんて言われて挙動不審になってしまっていた。SANABAGUN.の岩間くんに久々に会う。2015年にTENDREの河原くんがやっていたampel.とSANABAGUN.とGOMESSくんとスカートという謎の対バンが代官山のLOOPであった。個人的にはこの夜は衝撃的なイヴェントで、新人ではなくなりはじめていた我々の心に大きな何かがこの夜打ち込まれていたのだった。過ぎた時間に思いを馳せる。えみそんさんがカーネーションから(((さらうんど)))に繋げてて「おれみたいだな〜」なんて思った。街や店を考えると明らかに招かれざる客ではある、という自覚もあったから肩身こそ狭かったけど楽しい夜だった。

 

某日

外出て鼻から空気吸ったら鼻燃えるかと思った。半ズボンとサンダルで外に出たら足元熱すぎて燃えるかと思った。

 

4日

野沢輸出氏のライヴを観に行く。ゴキゲン。入場する時にスタッフの方に「RTありがとうございます」と言われて「(ウ)ッス」って感じで交わしてしまったがあとで8/29にある元ポンループのアミちゃんさん(現・粗大アミ)と野沢さん、真空ジェシカ、鶴亀のスリーマンの情報だったということがわかった。いつぞやのマイナビラフターナイトで聞いたポンループの漫才は本当に面白かったし、Podcastも最高だった。そのアミちゃんさんがいろいろ動き出すぞ……!とRTしたのでした。チケットもすぐ買ったけど仕事が入って行けなくなってしまったのでみなさまにお伝えします。いろんなラジオ聞いてきたけど「ポンループのでっかいあたし」は私の心の中では「パープル・レイン」、「ファースト・ラブ」、「スリラー」です。特に好きなアミちゃんは「中野坂上に住んでるんだけど」と切り出して「とにかく風が強いんですよね、中野坂上。」と導入をスッと置いた鈴木さんに対して「なにその話!?」と終わってない会話を終わったことに無理矢理させるアミちゃんです。

https://x.com/J__and__N/status/1947972441692848533

仮#5 ゴルフスクールに通います!その目的は…? - ポンループのでっかいあたし | Podcast on Spotify

 

某日

提供曲の作詞。自分が歌わないんだから普段使わない言葉や言い回しを使おう、と2行書いて満足し、それ以降はいつもの通りの暗い歌詞になってしまった。出来はいいと思うが私がディレクターなら「もうちょっと柔らかくしてくれ」というだろう。絶対言う。でもいいのだ。一旦送信。

 

10日

提供曲の録音。演奏者もスカートで揃えたい、というオファーで久しぶりに中野のVOLTAで録音。VOLTAはいい。待合室にデトロイト・メタル・シティがあるから。コンプラ的には当時もノーグッド(NG)だったけど、読み返すとますますノーグッド(NG)。「今みると倫理的にダメだよね」みたいな価値観と適切な距離を取ろうと積極的に試みているけれど、これだけはダメ。最高にダメ。機材にトラブルが結構あって、録音は1曲だったが10時間ぐらい経ってた。

 

某日

歌詞についてやっぱり「もうちょっと柔らかくしてくれ」とオーダーが届く。本当にその通り。数行入れ替えて暗いけど軽やかさが増してオーケーが出た。リリースされた時には「これで軽やかさが増すって元はどうだったの?」って思って欲しい。

 

某日

松永良平さんから誘ってもらった「ゆるディスコ」というイヴェントに数日思いを馳せる。ゆるとは、ディスコとは……隙間の時間でレコード棚を見返してこれもそうかもあれもそうかも、などとやっていく。橋幸夫さん「股旅'78」が収録されたアルバムにもう1曲、いい感じのディスコがあって、果たしてこれは……と何度か聴くがギリギリバッグには入れなかった。

 

某日

ナイポレの特集が「今はもうないレコード屋」特集で昔のことを片っ端から思い出していく。高校1年生からつけてるブログも訪ね、mixiプレミアムにも課金して日記を検索しながら今はもうない店舗を一軒一軒訪ねていく。当たり前だけど忘れてしまっていることの多いこと多いこと。前にも似たようなことは何度もあったけど、だんだんと自分が自分でなくなっていくような気がして、居場所をなくしているのは自分自身ではないのか?と疑問の目が自分自身に向く。だがその目線をどうすることもできない。

 

17日

ゆるディスコ。自分のゆるディスコ観を磨き過ぎた結果、1985年はっぴいえんど再結成時の「風をあつめて」こそゆるディスコでしょう、となってさすがにやり過ぎたか、と思っていたけど松永さんをはじめ、結構反応があって嬉しかった。初めて細野さんのラジオに伺った時に「あれがめちゃくちゃ好きなんです」「あの音像が今こそ重要」みたいなことを多分収録終わったあとにお伝えしたんだけど、放送に乗る形ですれば良かった。声を大にしていいたい。85年のはっぴいえんどの再結成ライヴ盤はめちゃくちゃ重要でめちゃくちゃに最高。

松永さんがかけてたマルハのノヴェルティの曲も最高でその場で探して注文。届くの楽しみすぎる。それぞれのDJに最高な瞬間があって(ぼくだって「風をあつめて」かけた瞬間は最高だったかもしれないよ!ふふふ)、特に本さんがかけた香港の歌手、Deanie ip氏の「施展法術」に腰を抜かした。原曲はセルジオ・メンデス&ブラジル'66のカヴァーで知っていた「Like A Lover」。美しいバラードがディスコタッチ、AORマナーのポップスになっていて最高。ヒジョーにサイテーな2025年の夏、この音楽は最高に効く。Shazamして即お気に入りに入れました。

施展法術 ‑ 曲・歌詞:Deanie Ip | Spotify

はちみつ通りのヴァカンス

1日

豪の部屋に出演。家を出る前に妻から「余計なことをしゃべるんじゃないよ」と釘を刺される。私も私自身で釘を刺した。雨の予報を無視して部屋を出てしまって、渋谷で立ち往生。コンビニで傘を買ったら1000円して、私と現代と現在への憎悪がメラメラと燃えさかる。ほんのり遅刻してスタジオに入る。実際とても楽しく話せたので多くの人に見て欲しい。余計なことはあんまり言わなかったとおもう。私としては同性の方から向けられる性的な視線や行動についてのトラウマの件を話せて少し肩の荷が下りて大変助かった。

エゴサーチしていたら吉田のコバーン派?コベイン派?の何が面白いのかわからない、と言ってる方がいて、なるほど、確かにわからない人にはわからないかもしれない、豪さんもキョトンとしていたような気もする……ので、説明する。「なんだお前らロックの話もしないのか」という軽口に対して、日本ではカート・「コバーン」とされてきたけど、本国の発音としては「コベイン」のほうがより近い表記になるし、ちょっとツウぶった態度を取れる。それを指して「コバーン派?コベイン派?」と言い放った。確かにロックの話ではある。が、まったくロックの話ではない、とも言える。どちらでもあり、どちらでもないというその鮮やかさ!私はまるで手品でも見るような気持ちで爆笑していた、という話でした。)

youtu.be

放送が終わって外に出ると雨はもう上がっていた。右手に持つ傘が1000円に感じる。

 

2日

ONCE ダブリンの街角で」の上映がある、ぜひコメントを、と連絡がきたので見返す。2008年とかだったと思うんだけど、おかもとだいすけ先生に連れられて行った夏合宿で観せてもらったのが最初で、あの時は「人と映画をみる」ということがほとんどなかったはずだから、妙に緊張したのを覚えている。あの頃はただの学生、よく言ってもシンガーソングライター志願者で、今も似たようなものだけど、状況は少し違う。そうしてこの映画を見ると、また違った見え方をしてくる。とにかく冒頭、街で弾き語りしているシーンの音響にものすごく引き込まれた。音が散って散って仕方がない感じ。このひと月、音響設備のある場所でたくさん演奏したからか、ものすごく羨ましく思えた。今見れてよかった。これ、リンダリンダリンダもそうだけど、(20年近く前の特別な思い出は一度棚上げして)スクリーンで見る人羨ましいっす。

映画『once ダブリンの街角で』公式サイト

 

3日

半蔵門でラジオの収録をした後、高田馬場の甚三といううどん屋に行く。冷たい肉醤油うどんを食べる。確かにうまい、と食べ進めて、「邪道かもしれないけど調味料推奨」と書いて貼ってあったので、試しに卓上にあった黒胡椒をガリガリかけてみるとまた自分のなかで表情が変わった。うどんと黒胡椒、せいぜい釜玉バターでしかお目にかかれない組み合わせだが、全然冷たい醤油うどん+生卵でもオッケー。こんなにマッチするなんて知らなかった。感動した。

 

某日

アフター6ジャンクション2で上半期のおすすめ漫画の話をするため、積んでしまっていた漫画をひたすら読む。今年の前半はチリチリ言ってるぼんやりとした頭をガツンといかれる傑作揃いだから迷いに迷ってなんとか提出。ファミレスでこうの史代さんの短編集読んでてたらあまりの素晴らしさにさめざめ泣いてしまって、かばんを探ったらイギー・ポップのタオルが出てきたのでそれで涙を拭った。

こうの史代さんは高校生の頃に知って大学時代をかけて夢中になって読んで、新作が出版されては大喜びしていた。でも10年以上、こうのさんの新作を読めていなかった。それは新刊の内容が古事記や震災、仏教、と描かれる題材に距離があるように思えて、「今回は多分私に向けての作品ではない気がする」とか横柄なことを考えて、読まなかったのだと思う。書店でのパトロールで今回のこの短編集の出版を知り、手に取って、買って、制作でチリチリ言ってるぼんやりした頭で読んだ。冒頭に収められたMONGOL 800「小さな恋の歌」を題材とした作品にガツンとやられた。MONGOL 800のヒットを横目に違う音楽を聴いていた子供だったし、友人たちもカラオケで歌うこともなかったと思う。

「小さな恋の歌」にちゃんと触れた最初はいつだろう。金魚草の伝説のGIGをノーカンとしていいならばおそらくラヴィット!で東京ホテイソンのタケル氏が歌ったのを聞いたのが最初だと思う。その時に「永遠の淵」と歌われていたのを聞いて、よくも悪くも違和感があったのだが、漫画の中にもその言葉が出てきて、楽曲と同じように、よくも悪くも違和感を受けとった。あとがきを読むと「「永遠の淵」という言葉はもっと上手く消化できたらよかった」と書かれていて、勝手に感動する。それは、私もこうのさんも同じだったのか、という驚きに近い感情だった。

「小さな恋の歌」には自分にはどうにもならないこと、どうやっても届かないことが描かれている。大袈裟にいうならば、構図としては「ミノタウルスの皿」のようなものかもしれない。そういうふうに一度見えてくると、読み返していくうちに涙が溢れた。これは良くない、とかばんを探るとイギー・ポップのライヴで買ったタオルしかなくて、イギー・ポップのタオルで涙を拭った。

イギー・ポップは母が若い頃に夢中になったアーティストで、高校の卒業アルバムの寄せ書きにはイギー・ポップについての言及があるほどだ。あれから40年以上が経ち、今ではイギーは「パンクのゴッド・ファーザー」の異名を取るレジェンドだ。私の子供の頃のトラウマに「ファンハウス」のジャケットはあるし、ミドルティーンの頃に読んだ「イディオット」の日本盤の解説に書かれたライヴの様子を伝える生々しい文章はショッキングだった。イギーの音楽をちゃんと聴いたのはデヴィッド・ボウイを好きになった高校生以降だったはずだ。すべてのアルバムを聴き込んで大好きなアーティスト、というわけではない。今となってはほどんど聴かないレコードもあれば、そもそも聴いたことないタイトルだっていくつもあるが、私にとってイギー・ポップはやはりちょっと特別な存在なのだ。私は先日の来日公演で私はイギー・ポップのライヴをはじめて体験したのだけど、それが本当に特別な体験になった。数日のうちはイギーのことしか考えられず、母には「アメリカでもブラジルでもいいから絶対観にいったほうがいい」と連絡をした。そのライヴ会場で記念としてグッズのタオルを購入していて、それがたまたまその日、カバンの中に入っていて、たまたまその日こうの史代さんの短編集を読んで涙を流したのだ。うまく説明できる気がしないのだが、イギーのタオルで涙を拭った瞬間は非常に特別な瞬間に思えた。まったく触れてこなかったもの(小さな恋の歌)がこうの史代さんによって解かれ、そこで揺れ動かされた感情をイギー・ポップが支えてくれた。自分が選ばなかったもの、選んできたもののいくつかがその瞬間に交差したのだ。その瞬間は「たった今、澤部渡という人間が完成した」とさえ思ったのだけど、冷静に考えるとちょっとよくわからない。でもそう思ったことだけは書き残しておきたい。

 

某日

締切はあるが予定がないことをいいことにとにかくたまりにたまったラヴィット!を消化しまくる。みなさんはいま2025年7月を生きていると思いますが私はまだ2024年の11月にいます。しかし11月めちゃくちゃ面白い。チャンスさんのニューヨーク不動産もあるし、悪口を畳み掛けるカードゲームも最高だったけど、若槻千夏さんのグラビア撮影旅が最高だった。窓に吹きかけられた霧吹きに対して外野のモグライダー芝さんが「お酢です、お酢」と言っていて感動する。なんて意味のないやりとりなんだろう!

その後、2025年1月の放送にようやく入ってひと安心。だがカレンダーは7月の終わりを指し始めていた。

 

9日

医者にかかる。こうして医者にかかったのは半年ぐらい前、あたたかい紅茶を飲んでいたら信じられないほど前歯が痛み出し、唇まで痺れ出した、ということがあった。慌てて歯医者に行くと、全く問題なし、との診断。だったら一体なんなんでしょうね……と医師と話すと、「シビれっていうのが怖いですよね。脳神経外科とか行ったほうがいいかもしれません」という話に。そのまま次の日から脳神経外科に通うことになり、血液検査等いくつかのチェックをして、太りすぎててMRIを通過できなかったことと血圧が思いのほか高かったと言ったような悪いところに目をつぶればほぼ問題なく(©️大鶴肥満氏)、そういう中で「CPAPでもやったほうがいいのでは」という話になったのだった。何年か前に一度トライしたのだけど、CPAPが保険適用内になる数値にあと0.1足りなく断念していたが、制作のプレッシャーから眠りが浅い毎日の只中にあった私にかかれば、検査の数値は問題なく保険適用内にまで手繰り寄せることができた。かくしてCPAP生活がはじまるのだが、問題が発生。重度の鼻炎持ちである私は口に空気が送り込まれるようになるカップを装着することになった。扁桃腺があほみたいにデカくてただでさえ喉が激弱にそれが耐えられるだろうか、という疑問が湧き、ツアーが終わるまでは使用はやめておこう、となっていたのだった。そうして!ツアーが!終わって!ようやく試してみたのだが全くうまくいかない。1週間ぐらい試してみたのだけど、思ったより乾燥はどうにかなりそうだった。でも口呼吸である、寝相が悪い、このふたつがどれだけCPAPに向かないかが痛いほどわかった。送られてきた結果を医師とみながら、私はまた遠い場所にあった。「一旦……昼寝するときとかに装着してみて慣らしていきますね……」なんて遠い目をして答えることしかできない。

 

某日

選挙が近づき、SNSを見ていて悲痛な気持ちになる。Twitterはもうグンナイ。これからはblueskyの時代だ。人が少なくて過ごしやすいです。

bsky.app

 

某日

作曲仕事。久しぶりだから最初はうまくいかない。どうしたもんか、と手だけ動かしていくうちにどうにか形になっていった。

 

某日

ポニーキャニオンの社員さんや業界の方々と飲みにく、という珍しい夜。楽しくて2時ぐらいまでお茶を飲んでいた。音楽の話が聞くのも話すのも嬉しい。

 

16日

京都でDJ。カバンに7インチを詰めて京都に入る。たどり着いてみると豪雨であまり歩き回れもせず、粛々とDJをやる。とても楽しかった。和ろうそくのゆるキャラが踊ってくれたのがとてもグッときた。ナイポレのディレクター、Y氏から「祇園祭の日だからホテル早めにとったほうがいいですよ」という連絡を受け、カクバリズムにそれを伝えたのだけど、タイムテーブルをみたタッツから「これなら日帰りいけるよね」と言われ素直に「……はい」と言ったことを悔やむ。DJがはねてあまり深い挨拶もできないままに会場を後にして、タクシーで京都駅に向かう。華やいだ夜の街、浮ついた夜の街が少しずつ遠ざかっていくのをただじっとみている。私はどうしてこのまま帰るんだろう。最終の新幹線を少し待って東京に戻った。

 

20日

ハンドメイドインジャパンフェスに弾き語りで出演。ビッグサイトの西ホール。いつかのコミティアで来て以来だったから懐かしく思ったりする。7年ぐらい前に出たときも思ったけど、やっぱりビッグサイトでライヴをやるのは本当に特別。万感の思いだからこそ、ストーリーとかいい出来だったと思う。嬉しい。

終わって少し回ってタコスを食べてビルボードに移動する。ギリギリトリプルファイヤーのライヴに間に合った。演奏は素晴らしく、フジロックをピークにする、と思っていたけど、この日はこの日の別の頂であった。かくありたい。1曲目からトーン・クラスターが陰謀論に堕ちていく描写が危うくも眩しい「ユニバーサル・カルマ」で、アンコールでは「愛の言霊〜spiritual message〜」が演奏された。1987年生まれの我々として、「愛の言霊」は特別な意味がある曲だと思う。ひとつの円を描いたように見えた。

 

22日

「ONCE〜ダブリンの街角で」の上映に登壇するのでジョン・カーニー監督作品を見ていた。音楽のあり方としてはファンタジーに振り切り、物語を通した音楽の楽しさが存分にはじける「はじまりのうた」は最高だった。なにかが始まることへのワクワク感みたいなものには抗えない。続いて、当時見ようと思ったけど見ていなかった「シング・ストリート」は本当にめちゃくちゃ楽しく見ていたはずなのに終わる頃には自分のなかのどこかの部分が冷めていて、果たしてこれはなんだろう、と一日中考えをめぐらせた。昔から「84年以降の洋楽は難しく感じる」と思っていた、ということを鑑みるとなるほど、まんまその時代の話だから入り込めなかったのか、と一度は納得がいったのだが、どうやらそれも座りが悪い。それからまた考え込んで自分の中で一旦落ち着いたのは彼らが「いじめっこをローディとしてバンド仲間に引き入れる」という選択を取った、ということな気もする。こういうことをいちいち考えてしまうから映画は向かないのかもしれない。

 

某日

いとこが働いている老舗のちゃんこ屋が店を閉めるというので妻と実家チームでたずねる。中学生ぐらいの頃に来たぶりだったけどおいしくてもっとちゃんと来ればよかった、なんて思う。実家にも顔を出し猫と戯れる。

 

某日

作曲仕事で曲を書く。締切がめっちゃ近かったため焦って弾き語りのデモを送ったらやっぱり反応が芳しくなかったのでもうちょっと作り込んで、Bメロとか変えて再送。

 

某日

アルバムの狂騒が嘘のように落ち着いた。仕事で初めて一緒にやるチームと楽曲を作っていった。web上でやりとりしていたのだけど、安田くんの采配でスタジオを押さえて、そこであーだこーだやっていくことに。意外とやれること少ないんじゃないかな、とか考えたりしていたけど実際顔を合わせるとああやってみませんか、こうしてみよう、とかアイデアが出て楽しかった。

 

28日

トリプルファイヤーの勇姿をアマプラで見届ける。本当に素晴らしいライヴだった。

 

30日

小西康陽さんとツーマン。緊張してギリギリまでどういう曲をやるのか考えた。カヴァーネタをいくつも仕込もうと「日曜日の印象」の耳コピを始めたりしたのだけど、結局こんな機会は滅多にないのだから、とスカートの曲ばかり演奏することに決めた。しかし実際のステージは1曲ずつ演奏する、というもので流れ上、カヴァー曲が必要だと感じてチャクラの「まだ」を選んだ。もっと適切な曲があったかもしれない。でもこれだったよ。

小西さんのシンガーとしてのライヴを見てからピチカート・ファイヴの聞こえ方が変わったのだけど、弾き語りのライヴを見てからは小西さんが提供した曲の聞こえ方も変わってきた。どういうことか自分でも説明しづらいのだけど、たとえば深田恭子さんの「キミノヒトミニコイシテル」が小西さんの声で再生することができるようになった。歌というのは本当に不思議だ。最高。

手元を追ったり口元を追ったりしながら次になんの曲をやろうか、という贅沢な時間が流れた。

当日、モナレコードのビルの屋上に登った。喫煙者はそこでタバコをすうらしいが私はただの物珍しさから屋上に登った。景色ははっきりいって風知空知(現・シ寅屋)の方がいい。でも高校生の頃から通っていたモナレコードが形を変えてこうあって、そして今日があってこの景色なのだから、特別なのである。人生というのを大いに感じる一日になった。

ジョニーはジョニーだった

6/1

4人編成の最終調整。ギリギリまで粘って曲順を入れ替えたりしていく。みんなで意見出し合った結果とても良い形にまとまった気がする。

 

某日

昼はナイポレの収録に藤井隆さんがきてくれて夜は岡村詩野さんにお誘いを受けてスパークスのインタヴューという無茶苦茶な一日。藤井さんと話すと自分の感覚が拡張されていく感じがする。本当にいい回になったと思います。まだラジコのプレミアムなプランなら間に合う!是非。

https://radiko.jp/#!/ts/ALPHA-STATION/20250613200000

スパークスは過去に2度インタヴューをしている。ひとつは「スパークス・ブラザーズ」公開時。

スカート澤部渡が深堀りインタビュー!『スパークス・ブラザーズ』 エドガー・ライト監督初の音楽ドキュメンタリー | 映画 | BANGER!!!(バンガー) 映画愛、爆発!!!

もうひとつは未発表に終わってしまったが2017年に「アネット」の制作が動き出した時、「ヒポポタマス」のツアーに合わせて行われたインタヴューだった。当時の私は「20/20」をリリースしたばかりでキネマ倶楽部で行われたライヴは観れなかったのだが、インタヴュアーとしてスパークスに会うことができたのであった。「アネット」が公開されたらパンフに収録されるインタヴューとのことだったけど、当時はキャストも違っていたりしたことも影響したのか、結局使われなかった。というわけで3度目のスパークス!前回の「スパークス・ブラザーズ」公開時のインタヴューは事前にしっかりと質問を用意して、そこにおふたりにのってもらう、というものだったけど、TURNならばミュージシャンとしてどういうことを聞くべきか、ということを考え方がいいだろう、と「こういうことを訊きたい」ということを頭の中に浮かべ「そこからふたりの言葉から次に広げるような……」と妄想していたのだけどやはり緊張でうまく喋れなかったり、英語にしづらい日本語をバンバン使ってしまって通訳さんに申し訳なかった。近日公開予定。

終わって「灯りは遠く」のミックスに向かう。1年ぐらい前に録音していた「ふたりソロキャンプ」のOPのために書いた曲で、アルバムの制作で記憶の片隅に追いやられていたのだけど、ロッドで叩かれるドラムの気持ちよさ、地味だけどいい具合に捻くれたメロディ、どれを取ってもお気に入りで安心した。いい仕上がり!!

 

5日

関西キャンペーン始まる。京都のタワレコでインストア。店の中でドカンとやるインストアで嬉しくなる。たのしい。ひとしきり予定が終わった頃、ジャーマネI氏も交えてポニーYくん、Tくんと4人で飲む。一件目で「みんなあんまり食べないんだな〜」と机の上にあるものをひょいひょいつまんでいたらあっという間に満腹になってしまって、二件目に移動した際においしそうなものがたくさんあったのに一口ぐらいしか手をつけられなかった。何度目かの気付きだけどだからみんなシメとかいうんだな。飲み会みたいなものの作法とまではいかないけど、ハウツー本とかないんですかね。

 

6日

磔磔でのライヴを前に街を歩く。どこで昼食を摂ろうかと彷徨うのだが、なかなか決まらず、自分でもどうしてそうなったのかわからないんだけど気がついたらかつくらでとんかつを食べていた。それにしてもとんかつというのはいつでも私に勇気をくれる。とんかつを前にすれば対価を支払う、そしてその値段を気にする、というのがこんなにも愚かしいことなのか、とさえ思えてくる。

とんかつに勇気をもらった私は揚々と磔磔へ向かった。定刻のスタート。客入れのBGM、The Whoの"So Sad About Us"を背負ってステージに向かう。ライヴはお客さんの熱狂的な盛り上がりがとにかく「受け入れられている」というムードに満ち溢れていて最高だった。得三もそうなんだけど、磔磔もなぜかヴォーカルが取れなくて毎度苦労する。今回も苦労した。どうしてこうなるんだ。終演後PA松田さんと相談して、どこの帯域が膨らんでしまうような気がするのか、などを話す。地球屋というお店で打ち上げ。スピーカーがときどきハウリングをなぜか起こすことを除けばかかっていた音楽も最高だったし、雰囲気も歴史もあってさらにいい夜になった。ホテルに戻って、翌朝にかけて早速送ってもらった録音をちょっとずつ聴き返していく。初日らしいいい演奏。

 

7日

10時チェックアウトで街に放り出され、名古屋へ移動。セイロンママというお店に移動してみんなでカレーを食べる。私が食べたミールス的なセットもおいしかったけど、ボーイが注文していたパイナップルジュースが異常なほどにおいしかった。いいドライヴがかかっている気がする。この日はXTCの"Making Plans For Nigel"を背負ってステージへ。ライヴは京都とはまた違う盛り上がり。体感としてはガツンと盛り上がる前列、熱い演奏をしっとりかつホットに受け止める後列、という感じだったような気がしてこれはこれでいい。メンバーは新幹線で帰京、私は京都行きの新幹線に乗った。

 

8日

京都の朝はいい。気候もいい。街を歩くだけで最高。イノダで優雅にモーニングと洒落込み、ジョーズ・ガレージでCDを買って、妻と落ち合ってタケリア・タコスでタコスを食べる。噛む前、口に持って行った瞬間から美味しい。束の間京都を楽しむ。

今夜はスパークスのワールド・ツアーの初日だ。思い切って参加を決めたのだが、いろんな思いが乗っかって気分が高揚する。はじめてスパークスを観に行ったフジロックのときの気持ちも少し混ざっている気がする。今夜、我々はまだ誰も知らない、setlist.fmにも載ってないワールド・ツアーのセットリストの目撃者になるのだ。どうしたら高揚しないでいれようか!ロームシアターのサウスホールは定員800名ほどのホールで音響から照明、全てがちょうどよい素晴らしいホールだった。ラッセルの「イキマショウ!」という声でライヴはスタート。「So May We Start」で始まり、「Do Things My Own Way」に繋がるこの鮮やかさ。近年の代表的な2曲を浴びた後、51年前に発表された「Reinforcements」のイントロが鳴ってあまりの事態に驚く。そこからはそりゃみんなその曲好きだけどそれやるかね!っていう絶妙なラインの過去の曲を数曲演奏して、2019年にシングルとして発表され、2020年のアルバムにもラストを飾る曲として収録された「Please Don't Fuck Up My World」へ。「お願いだからぼくの世界をめちゃくちゃにしないで」と歌われるこの曲は現状と重なって、発表時とはまた違う聴こえ方をしてくる。インタヴューをした時に「Insane」という言葉が出た時に「A Land Insane」を引き合いに出すべきかとても迷って引っ込めた。ボウイの「アラジン・セイン」の元となった言葉、という言い方でいいのかわからないのだけど、とにかく私にとって「MAD!」、そして昨今の街や社会や私やあなたの表情の裏には「1913-1938-202?」が刻まれてしまっている気がする。今夜はそれをポップ・アートとして噛み締めるひとときなのかもしれない。「Suburban Homeboy」でロンがデコイことデコピンのキャップをかぶって登場、そこから「All You Ever Think About Is Sex」!!!!ホットに演奏するスパークス、ロンにのみパイが投げられるあのMVでお馴染みの!!影アナの「ものを投げないでください」の警告がこんなところに効いてくるとは。デコピンのキャップも「ドジャースとメッツの試合を覚えてる?」への伏線だったか、と妙に納得してしまった。近年のスパークスはアルバムで提示したエレクトロニクスを中心にした世界をバンドでの表現としてステージ上で再提示するような部分がある気がするのだけど、この日演奏された新曲でその気持ちよさを最も感じたのが「 Drowned In A Sea Of Tears」だった。あの縦乗りの感じ!音源では巧みなミキシングから縦乗りのリズム感をあえて前に出さない設計になっていたのか、と気がついた。我が人生の一曲「The Number One Song In Heaven」ではもちろん落涙。「ランランララ」とハミングする瞬間が毎回たまらない。あの瞬間に私の人生があると言って過言ではないのだ。

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The Number One Song In Heaven

The Number One Song In Heaven

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「Music That You Can Dance To」〜「My Way」〜「Heaven」〜「This Town」と近年ではお馴染みの流れでこのまま終わりか、と思ったところで、さらにまた演奏が始まった。すぐ聴いただけではどの曲だったっけ、とわからなかったのだけどセカンドアルバムから「Whippings And Apologies」だった。そこから最新作からの「Lord Have Marcy」にこの日のライヴが着地するその様子があまりにも美しくて、スパークスが持つ歴史の軽やかさにめまいがした。最高のショウだった。強いて言うなら「A Little Bit Of Light Banter」が聴きたかった。たとえば「A Little Bit Of Light Banter」からファーストの「Slow Boat」が演奏されて本編が終わるようなことがあっても違和感がなかっただろう。これってマジすげーんすよ……

岸野さんと落ち合ってマルシン飯店に向かうも満員で入れず、龍門で楽しく食事を摂った。

 

9日

京都は割と仕事でくるから妻の行きたいところを中心に回っていくはずで、heathで揚げたてのドーナツを食べたまでは良かったけど、葵屋やきもち総本舗でおはぎを買い、カリルでカレーを食べ、リンデンバウムでクッキー買う、というのは私の範疇のような気がしてならない。

夜のグレイモヤXに間に合うように新幹線に乗る。ライヴは最高だった。柴田さんがあまりに素晴らしくて、普段開かない部位がひらいたようで終演後、お馴染みの「元気のシャワー」の歌詞がどんどん自分に入ってきて、なんというか怖かった。普段のグレイモヤの終演後にかかる「元気のシャワー」とは全くの別物だった。部屋に帰って調べてみると作詞が松本隆さんで膝から崩れ落ちる。

 

10日

タワー新宿でインストアライヴ。昔のようなフィーリングが自分にもタワーにもまだちゃんとあるということがわかって嬉しくなった。終わって街に出て上白石萌歌氏の写真集を買う。写真集を買うことってほとんどなかったのだけど、今の私にはこれが必要なのだ。クルンテープで食事を摂って帰宅。

 

12日

スパークスは東京公演も最高だった。京都では二階席だったけど、この日は1階のスタンディング。景色も音響もまた違って楽しい☺️ 前回のツアーはduo Music EXchangeでの、渋谷公会堂での、ハリウッドボウルでの、それぞれの揺れ方みたいなものがあって、グッとくる瞬間が会場によってかなり違いがあったのだけど、今回はあまりそういう揺れのようななく、ずっと感動しっぱなしだった。

 

13日

シャッポのツアーにゲスト出演するために金沢へ。元ジャーマネ安藤ロス極まれる状態にあり、同行スタッフなし。でもシャッポもカクバリズムのアーティストだからね、こういうときは持ちつ持たれつよ、と新幹線も自分で押さえて向かう。東海道線とは違って本数も少なく、自由席で金沢に入ることになった。駅のホームで向井秀徳さんとバッタリお会いして握手を交わす。「今夜はもっきりやなんです」と言うと「おぉ、ンもっきり」とかえってきた。THIS IS 向井秀徳を喰らって一人静かにブチ上がる。いいスタート。昼食を食いっぱぐれたので金沢駅構内をうろついてかつぞうというお店で派手なカツ丼を食べた。美味しかった。店をあとにしようとするとお店の方が声をかけてくれてファンだと言うので驚いてしまった。いい流れ。

バスに乗る。目に飛び込んできた景色が普通の街とは少し違うことが気になった。行ったことないけどロンドンのようにも思えた瞬間があるかと思えば、街の中心地の角だなんて東京だったら大きいビルが立っていそうな場所に植え込みと銅像だけがあったり、なんとも言えない雰囲気がもう立ち込めていた。バスを降りてもっきりやを目指す。大通りから路地に入る。なんてことない街だと思っていると、すぐに川が流れ出す。店の入り口が橋の向こうにある、あの形だ。そうしてしばらく歩いていると古い教会ともう営業していない古い喫茶店が目に入ってきた。店の名前は「芝生」だった。どういうわけか息をのんだ。この時はただそのレトロ感に圧倒されていただけだったはずだった。

もっきりやについてリハーサルを終え、弊バンドの物販がないことに気が付く。私は「シャッポだってカクバリズムのバンドだもんね、きっと用意してくれる」ぐらいに思っていたが、安藤氏の後継で入った複数のスタッフはもともとのそれぞれの業務に忙殺されていてバタバタだったらしく、当然のように物販は用意されいなかった。むう。しかし、この事態、カクバリズムに10年いる私ならば予想しようと思えばできたはずだ。「新幹線の切符を自分で取る」、というのはさすがに初めてだったから、まずここで何かひとつ警戒すべきだった。それにしても安藤氏がつくまでは「現場やライヴにスタッフが付かない」なんていうのが当たり前だった時期もあるので、もはや特別と感じていなかった、そこで確認を怠ってしまった、ということだ。無念。不覚。金沢のみなさん、すみません。

ホテルへチェックインに向かう。さっきの芝生と教会の横に川が流れていて、カーヴしていることに気づいて胸が張り裂けそうになる。そしてその右手奥には真新しいマンション、そして石彫刻まで建っている。この街は一体どうなってしまっているんだ。堅町通りという小さな目抜通りを横切ると、"What's Going On"のサックスが小さく聴こえてきた。これも重要な瞬間の一つだった。ホテルにつき、チェックインを済ませて、もっきりやの方に戻ってあたりを散策してみる。古くからある「ビューティーミキ」という美容室の看板が妙に頼もしい。そこから2分も歩かないうちに二十一世紀美術館が見えて私は本当に感動していた。この街は過去も現在も未来も否定しないのだろう。

ライヴは札止め、シャッポの演奏も中で聴けないぐらい。演奏も好調。シャッポとのセッションも気持ちよく終わってひと安心。みんなで飲みに行って楽しい夜になった。

 

14日

ギリギリまで金沢を楽しもうと妻に伺いを立てると、おいしいパン屋とビリヤニ屋の情報が入ってきた。バスに2,30分ぐらい乗ったのだけど、やっぱり街の雰囲気は少しだけ違う気がする。ビリヤニ屋では工藤祐次郎くんの曲がかかっていてそれが本当に良かった。そこからまたバスに乗ってエブリデイレコードという店で買い物。手頃な広さのいいお店だった。次のバスが来るまでの1時間、じっくりみる。デリック・ハリオットのクリスマスアルバムが買えた。たとえ内容がよくなくてもデリック・ハリオットのクリスマスアルバムが手元にある、というだけで私の気持ちは少しは軽くなる気がするのだ。昨日のライヴを観ていたというお客さんから驚いたように声をかけられたけど、それもそうだろう、という気がする。

バスを途中で降りて、前から来てみたかった甘納豆のお店、かわむらで買い物。このかわむらのあたりはまた街並みが極端に古く、本当に奥が深い街だぜ、なんて簡単に思う。かわむらからホテルまであまり距離がなさそうだったので歩いて向かう。その際に数時間前にバスで渡った橋を渡った時、橋の向こうとこちらであまりにも景色が違ったから本当に驚いた。我々の生活における橋、というのはせいぜい「向こう」と「こちら」をつなぐ、ぐらいのものだったはずだったのだが、「向こう」と「こちら」でその表情が全く違っていたのだ。橋の向こう、繁華街の方は建物の背も高く、ぎゅうぎゅうとした景色が広がっていたのだが、橋のこちら側はおだやかな街並みが続いていた。あとでもちろんくんとTwitterでやりとりしたけど、空襲がなかったから街の役割が当時のまま残っている部分がある、とのことだった。簡単に思ってしまったが、決して簡単ではなかった。

釜めし食って帰京。

 

15日

翌日、エアコンの取り替え工事が決まったので慌てて掃除をする。泣きながら掃除をする。

 

16日

なんとか取り替え工事が完了する。冷房のスイッチを押してみると涼しい風が出てくる。これがなんとも嬉しい。ギリ眠れるぐらいのぬるい風がぴゅーと出るだけだったのだ。うれしさからつけっぱなしにして外に出て、戻ってきたときに部屋全体が涼しくなっていて衝撃を受けた。

 

17日

リハーサル。順調すぎて怖い。京都・名古屋でのライヴを受けて、曲順の最終調整をしていった。

 

18日

キャンペーンのため、札幌入り。5時起きで6時ちょっと過ぎのバスに乗ったのだが大渋滞で肝が冷える。集合時間から30分も遅刻したけど無事に飛行機に乗れた。ラジオ局をいくつか回る。この時期の札幌は最高としか言いようがない。東京よりは明らかに涼しく、それでも札幌の方々は「暑いでしょう!」なんて言ってくれる。これぐらいの気候だったら大歓迎だ。入りが早かった分、あがりも早い。ポニーキャニオンチームと新ジャーマネI氏と寿司を喰む。I氏と移動してププリエでケーキを食べる。チョコブリュレ。あまりにも最高。ホテルの部屋にカボチャプリンをテイクアウトしてこの日は静かにすすきのに散る(ひとりジンギスカン食って寝た)……

 

19日

ライヴ当日。入りは夕方なのでラーメン食べたりレコードみたりしよう、と向かったのがファイブ・レコーズ。噂には聞いていたけど全然想像していた感じと違う。店に入ろうとしても、あまりに在庫が多くて入れないのだ。店主が軒先にブルーシートを敷いて、そこに店の在庫を広げてくれる。「うちはね!シングル1万枚あるから」と言いながら置いていくのだけど、風が強くてたびたび吹き飛ばされていたのが、わけわからなくて楽しい時間だった。「普通の客だったらこのへんで引いていくんだろうな」というのを店主のまなざしから察したのだけど、宝の山であることには変わりはなく、どんどんギラついた目で「もっと!もっと見たいんです!!」とジャンジャン出してもらっていろいろいい買い物ができた。特に嬉しかったのがエイブラハム先生とストロベリー小学校の4年生の"America, Let's Get Started Again"の7インチだった。うれしさを胸に抱いて店を後にして、以前慶一さんに教えてもらったクラシックなラーメンを食べて、会場に向かった。

トラブル発生。物販が届いていないという。しかしカクバリズムが送った物販は届いていて、ポニーが送ったCD類がなんと秋田に届いてしまった、ということだった。どういう手違いだったんだ……もう物販につよい神社仏閣を訪ねてお祓いしてもらうしかないのか。音響のトラブルも発生。どうしてもノイズが乗る。あゆくんに連絡してあーだこーだやっていたのだけど、結局DIから一本シールド延ばして靴に突っ込む、という対策をしてことなきを得た。

ライヴは弾き語りなのに熱狂的に迎え入れてくれて本当に嬉しい。リクエストも珍しい曲がいくつか並んだ。ププリエのマスター、しほさんがケーキを抱えてみにきてくれて、終演後にみんなで食べたのだけど、これが幸せでなかったら何が幸せというのだろう、という時間だった。

 

20日

札幌から移動。にぎりめしで買ったおにぎりを胸に抱いて福岡に向かう。二時間とちょっとで福岡についてしまって14時間かかったLAって本当に遠かったんだな、なんてぼんやり思う。絶妙な時間早く着いてしまったため、20分ぐらい宿のすぐ隣にあったまんだらけを冷やかす。「イエスタデイをうたって」のAfterwordという外伝本?が棚に並んでいて、存在すら知らなかったので驚いた。調べてみると、アニメ化の頃に出版されたもので、内容は過去にでた「EX」に後日談が足されただけのものとのことだった。新品で買おう、と調べたのだが、もうどうやら在庫はないらしく、無念、と言いながら古本で購入。カットされていなければどこかのラジオで話したのだけど「ひとつ欠けただけ」は「イエスタデイをうたって」の榀子の歌を書こうと思ったのが最初だった。アルバムを作っているときに気持ちが折れそうになって「こんな恵まれた環境でいつまでもレコード作れるわけがない」「今回が最後かもしれない」「だとしたら、ファーストの1曲目がハルなのだから」「榀子の歌がアルバムの最後になればスカートというバンドのキャリアがひとつの円になる」と作詞をはじめた。結果的に気持ちは折れきれず、榀子的なワードが桜というところににじむにとどまったのだけど。ホテルの机に乱雑に置いてみると、ハルが私をみているような気持ちになった。気持ちに気合が入る。いつだっていつが最後になるかわかったものではないのだ。

プロモーションが終わってお気に入りのもつ鍋屋へ。Tさん、Tくん、Iさんの4人でわいわいやって天神に散る(腹ちぎれるぐらい食って寝た)……

 

21日

ハイダルで昼食を摂る。マトンビリヤニにトッピング全部のせ。何口か食べ進めていくと突然スコーンと口の中を何かが撃ち抜く。最高の瞬間だ。今夜のライヴはうまくいく気がする。レコードポリスでスパークスの"Tryout For The Human Race"の7インチを購入。"No.1 In Heaven"期のシングルはジャケットも最高だから嬉しい。マヌコーヒーに向かって、細かい調整をして、楽屋に引っ込む。コーヒー屋でのライヴなのにコーヒーが飲めない私、デカフェのラテを出してもらっておいしさに衝撃を受ける。カフェインが体質的にダメだとわかってきたのでコーヒーは積極的に遠ざけなければならなかったのだけど、やはりコーヒー飲める人が羨ましく思える私にとって束の間、劣等感が埋まった瞬間となった。ライヴが始まってみると、昼間の予感はあたって、ここ最近のライヴで一番というぐらい声が飛んだ気がした。リクエストでも「3と33」を出すなんて、なかなかシビれた。マヌコーヒーには結構な人が集まってくれて嬉しい反面、気のせいでなければ「6年前もここで演奏したんです。あの時は楽しかったなあ、あの日いらっしゃった方いますか?」と訊いてみると、4人ぐらいしか手が上がらなかった。これがいいことなのか、悪いことなのか、いまだに心の中で答えが出せない。しかも、そのうち2人は当時の主催格のふたりだった。

 

22日

8時50分の飛行機で東京に戻り、投票を済ませて、14時から5時間リハーサル。普段入らないスタジオを借りたら、真新しいスタジオで、西陽が異常なほどに突き刺してきて大変だった。最初の通しのリハーサルは元気よくできたのだけど、2回目の通しリハを前に電池が切れる。休憩時間にスタジオを抜け出し、ファミマで買った唐揚げをアンプの上に置いて「これがあるから!がんばれるんですよ!」と力説するなどした。夜中まで選挙の結果がどうなったか気にする。投票した方は無事当選していて安堵。それにしても、日本人ファーストって相入れない考え方。本当に危険だと思う。でも危険なのはそこだけじゃない。あまりにキツいからこっちも「日本人ファーストキツい」っていうけど、きついのはここだけではない。どうなっちゃうの。勘弁してくれ。Please Don't Fuck Up My Worldだよトホホ〜

 

27日

あおやぎくんの整体へ。道中鞄にパンパンに詰めた漫画を取っ替え引っ替え読んでいく。ようやく漫画が読めてるようになった。頭がチリチリいっちゃって文字も絵も滑っていく時期が続いていたから嬉しい。そして面白い漫画がたくさん、本当にたくさんある。整体をしてもらって街に出る。Thinkというパン屋に寄ってみたかったんだ。整体をしてもらった直後というのは、自分が自分でないような感覚になる。歩く、腕を振る、息をする、影が揺れる、どれかがワンフレーム早いか遅いかするような感覚だ。軽くバグったような感覚。その感覚をつれて真夏のような街を歩き、たどり着いたらThinkはイヴェント出展による臨時休業だった。

 

28日

ライヴ。燃え尽きた。衣装でネクタイをしてみるとギターの演奏に信じられないぐらい支障があったりして驚く。あんなに支障があるとは思ってなかった。おかげで「Aを弾け」のソロはボロボロになってしまった。メンタル強化は永遠のテーマだ。京都と名古屋での機材面、居住面での反省を生かしかなり手を尽くしてもらった。アンプを普段のYAMAHAのアンプからマーシャルに変更。これはどうやらよかったらしい。どうやっても低音が回るため、ライヴはヴォーカルがマスキングされてしまいがち。特にギターと歌だけのパートになるとより不安定になってしまうのをなんとかしようとドラムが敷くマットを広げてくれたりもした。京都名古屋に比べれば格段に歌いやすくはなったが、それは単純にステージの大きさの問題かも知れない。やはりイヤモニしかないのだろうか。でもイヤモニは、口を開け方で顎が動いてイヤフォンも動いて聞こえ方が瞬時に変わる、というのが本当に落ち着かない。苦手そうな要素がたくさんあるからなかなか踏み込みきれない。10万かけて「合いませんでした〜」ってなったら悲惨だしなあ。Clairoがやってたみたいにヘッドフォンのモニターが一番性に合ってる気はするが、パフォーマンスとの相性は悪そうだ。課題はいつも残る。

終演後、「四月怪談」と「すみか」の感想を多く受け取ってうれしい。打ち上げもしっとりとした良い打ち上げだった。

年末から続いたムードがようやく終わる。棚上げしてしまっている仕事がいくつかある。がんばる。

 

7月1日

SpotifyのCEOが兵器開発の会社に投資をしている、ということからディアフーフSpotifyからの撤退を決めた、と記事で読む。悲しい気持ちになる。私は20年以上継ぎ足してきた旧iTunesのデータを蹂躙されたくないがために、サブスクはSpotifyを中心にせざるを得ない。現状Apple MusicとSpotifyの二足の草鞋を履く私は、過去にLINE MUSICもTOWER RECORD MUSICも登録したけど使い勝手の面から、結局Spotifyに戻ってきてしまった。思うところがある。本当に毎日思うところがたくさんある。ここで立ち止まらなければならない理由というのは、ここで悲しい気持ちになっている私というのは、一体なんなんだろう。