幻燈日記帳

スカート澤部渡公式ブログ

Tudo Joia

深夜にリハーサルスタジオを借りて頼まれた曲の作業に取り掛かっていた。迫りくる締め切り、そして自分のレコーディングに板挟みになりながら苦悩がメロディに宿る、そんな大人になると思っていなかったから、曲の出来不出来は一旦おいておいて、ふーん、なんて言ってみたりするのだ。そう、成果はあがらなかったのだ。自転車で自宅に帰り、風呂につかってから眠った。

目を覚まして30分も経たないうちにインスタントラーメンを胃袋にぶち込み、レコーディングに向かった。懲りずにプリファブを聴いていたら舐めたてののど飴を飲み込んでしまった。子供の頃でさえ、そんなことなかった気がして気が動転した。ひっかかるような違和感が続き、飲み物も持っていなく、用賀に向かう環八沿いにはまったくコンビニがなかった。そういえば曲がるところ間違えたときにコンビニがあったな、と思い出して、そこまでの辛抱だ、とハンドルを握るが脂汗が出てきていた。ようやくコンビニに着いて飲み物を手にとってレジに並んでいる途中、突然つかえていた違和感がなくなった。よかったんだけど、よかったんだけどね。

今日は前回取りこぼしてしまったものを補填するためのレコーディング。アコースティック・ギターのダビング。まず「駆ける」にアコギを入れて、他の旧曲にもアコギを入れていった。とてもいい仕上がり。頭の中の存在しないリスナーから「初期の作品はあの音質だからいいんだろ」というお便りが来たこともあったが「気持ちもわかるけどいいから聴けって」と胸を張って言えるものになりそうだよ。「楽器の音がクリアになることであんたが目指した森を上から見るような音楽じゃなくなるじゃないか」と返事が来たら「楽器の音がクリアになったぐらいで森が森でなくなるわけはないのよ」と教えてあげよう。

レコーディングが早く終わったので車とばしてひっさしぶりにココ池に顔を出す。たまりにたまった取り置きを買い、何枚か気になるCDを買った。"Orlandivo"というアルバムをジャケ買いしたのだけど、これがJoao Donatoアレンジによるレコードでシビれる大名盤だった。

Let's Change The World With Music

衿沢世衣子さんが展示でシール交換会をするという。シールをやたらコレクションしていた時期があったので、それらを探していたら金がなかった頃(2014年3月)にユニオンに持っていったCDやレコードの買取価格表が出てきた。BIG STARのファーストのアナログ買取価格は500円。マックス・ローチバディ・リッチの共演盤は100円、ニルヴァーナの局部麻酔の紙ジャケは960円の値段がついていた。日記でも何度か書いてきたけどα-stationでプログラムを持つようになって自分のライブラリーと改めて向き合ったとき「手放したはずがないのに手元にない」と不思議がることが何度もあったのだけど、それらを売り払ったことなんてすっかり心になかった。ちょっと驚いた。昔、手放したレコードやCDのことは全部覚えているぐらいのつもりでいた自分が恥ずかしくなる。このときの買取総額は8260円。6年前の3月、「サイダーの庭」のリリースに向けてとてもお金がない時期だったのだろう、というのは思い出せるのだが、その8260円で何をしたのか思い出せない。スピンドルでCD-Rを買ったのかもしれない。家賃の足しにしたのかもしれない。米でも買っただろうか。そしてどういう気持ちで手放したのか。今ではちょっと部屋が手狭になってきたから、とフランクに読まなくなった本やCDやレコードを手放すこともある。でも6年前の僕が手放したレコードはどうだったんだろう。6年後の僕に期待して手放したのではないだろうか。確かに金ないときに売り払ったCDやレコードを買い戻すことも増えた。でもそれで本当に6年前の僕の期待に応えられているだろうか。

 

衿沢世衣子さんの展示は最高だった。衿沢さんがいらっしゃって緊張して展示もそわそわとみてしまったからもう一日行きたかった。「遠い春」のツアーのときにグッズのイラストを描いてもらったのにご挨拶もできていなかったけど、やっとご挨拶することができてうれしい。原画も見れてうれしい。グッズも買えてうれしい。サインまでもらえてうれしい。衿沢さんの漫画、高校の頃から読んでます!と胸を張っていったし、ノートにもそう書いてしまったのだけど、古い日記を調べてみたらどうやらギリ大学生だったみたいです。高校生の頃に「向こう町ガール八景」が出ていて、友達に貸し借りしていたらまた違った人生や人間関係があったかもしれない。

 

怒涛のレコーディングの日々だった。時間の関係でCMでは多重録音していた「駆ける」をバンドで録り直したり(シングル出るよ)、古い曲を今の録音環境、メンバーで録り直したりする。スタジオに向かう車中ではずっとプリファブ・スプラウトを聴いていた。集中レコーディング最後の3日目を迎えた日、天気予報は雪だった。へとへとになった布団のなかで「(スタッドレスタイヤを履いていないから)雪が降らないといいな」と思ったとき自分の中の少年が死んでしまったような気がしてとてつもなく悲しい気持ちになった。悲しい気持ちを抱えて眠るのも嗜好品として好きだったという記憶もあるのに、あの頃の気持ち、ノスタルジーではないあの頃の気持ちが還ってこない。だが、それを求めるのはノスタルジーなのではなかろうか。気がつくと眠りに落ちていて、目覚ましの音で目が覚め、ぼんやりしていたらめざましの設定時刻を一時間していたということに気がついて遅刻しました。作業が終わって(終わらなかったけどね!!!)、スタジオを出ると雪が降っていて、車に積もっていた。社長とキャッキャと車の前で写真を撮ったりして、(そしてその後社長にターンテーブル貸してもらった)家に帰る頃、またプリファブ・スプラウトを聴いていた。普段は作業の終わりにはその日の成果を確認するのが常だったのに、今はどうしてもセンチメンタルな気持ちにならなきゃいけない気がしていたのだ。雪が降る道を走りながら「ジェシー・ジェームス・ボレロ」がかかる。環七から青梅街道に入ってしばらくすると雨になってしまった。練馬区が近づくにつれてちょっと道にも雪が残るように見えた。「グリーフ・ビルド・ザ・タージ・マハル」を聴いて本当に少年は死んでしまったのだろうか、と考える。

Grief Built the Taj Mahal, a song by Prefab Sprout on Spotify

 

 

 

なんども書きうつせ

夢からさめてとんでもない夢を見た、という実感が頭の中にだけ残っていて、それが怖い夢だったのか、悪い夢だったのか、いい夢だったのかすらも覚えていなかったんだけどぼんやりしながらもなにかがスコーンと突き抜けてしまった頭でテレビをつけたら映ってたカニさえ愛おしく感じてきっと悪い夢ではなかったのだと思うことにした。

頭の中で日記を書くだけ書いて忘れて実際書かないことが増えてしまった。些細なことでも記録しておきたいときというのがあって、それが最近だ。あんなに大好きだったTwitterの居心地がよくない。mixiは自然とtwitterに皆が移行してどうでもよくなっていったという印象があったけど、twitterの代わりはまだ見つかっていない。もちろんくんから「VRチャットっすよ」と言われたがwindowsしか対応していないらしく、ヴァーチャルの世界なのに美少女になるにはハードルがいくつかあるんだな、と悲しい気持ちになった。

1/28のネイキッドロフトで行われるトリプルファイヤー山ちゃんとのトークイヴェントのため、打ち合わせ。山ちゃんの工房?にあるバンド漫画コレクションの山を見て、道を極めるというのは快楽だけではないんだな、ということを実感する。間違って恋人の小さめのマスクをしてきてしまったと気がついたのは帰り道だった。

10月最後の日のように

昔のことを思い出さなきゃいけない案件がふたつほどあったので、どうしても埋められない記憶を過去の日記を読むことによって掘り起こした。ひとつは収録。自分の好きな音楽を沢山紹介するプログラム。これはいつか告知します。もうひとつは松永良平さん「ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック」出版の一環のイヴェントで、スカートの故郷、ココナッツディスク吉祥寺店で明日(1/10)に開催されるトークショウのため。10年前の自分は(特にmixiでは)露悪的に振る舞おうとしていた気がしていたからあまり気が進まなかったのだけど大学を卒業するときの日記で『高校生の頃に長谷川きよしさんの「卒業」という曲を聴いて、当時「高校を卒業して、もし、大学も卒業したらこの歌みたいな気分になるんだろうな」と思っていたのだけれども、卒業式も控えた今でもなお、その実感はない。能吉利人さんの書いた詩のような気分、というよりも、斉藤哲夫さんが歌った「何気なく窓越しに耳寄せれば、淋しがり屋、皆んなが歌い出す」というような気分。』と書いていたのには驚いた。

ついこの間だけど去年の暮れ、友人のゼキ(映像作家の大関泰幸)さんと恋人とでごはんを食べているときに「来年で10周年っすわ」と言うと「来年は俺がさわまんの日記を編集してZINEを作る」と冗談なのか本気なのか妙なムードの口調で迫られたことを思い出した。

 

今日は雨の日です

12/17

少し遅刻して百軒店を歩く。街頭のスピーカーからスミスがかかっていた。BYGに着くとくじらさんのリハーサル。ドラムとヴァイオリンのトリオで優介が生き生きとピアノを弾いていて嬉しい気持ちになる。優介とふたりの出番のリハーサルを終えて、椅子に座っていると慶一さんがある歌を口ずさむ。すかさず岡田さんが「エリック・カズだね」と言う。確か"If You're Lonely"というアルバムの1曲目だった気がする。弦楽器やコーラス隊に彩られた深い孤独のアルバムのことを思い出す。今日はムーンライダーズかしぶち哲郎さんの7回忌だ。

もともとソロでの出演は決まっていたが岡田さんから「砂丘をやりたいんだ。手伝ってくれない?」と連絡を受け、二つ返事で引き受けた。ライダーズのファーストに収録されたかしぶちさんの大名曲。難しい曲だし、出番も最初だったからずっと緊張していた。「緊張するね」というと優介も「いやあ、緊張しますね」と返す。楽屋でそんなやり取りをしていると誰かに肩を揉まれる。振り返ると良明さんだった。「大丈夫だよ」なんて言ってくれて気持ちがちょっと軽くなる。ここにいる人達みんな僕にとってのスーパースターで、こうして同じイヴェントに出ているのが信じられなかった。緊張したけれどそれでも最初の出番を終える。うまく演奏できてホッとした。ホッとした途端に猛烈な淋しさが押し寄せてくる。すると楽屋で慶一さんが「みんなでやるんじゃなくて、ひとりずつかしぶちの曲を歌うとなんだか湿っぽくなるね」というと岡田さんも「砂丘の譜面を送ってもらったら当時の譜面だったんだよ。クラウンのロゴとか入って。それまで譜面ってくじらがきれいに書き直したやつをライヴとかで使うことが多かったじゃない。でもそうじゃなくてさ、曲が作られたときの譜面なんだ。だから生まれたてのアイデアが記されているんだよ。それを見たらやられちゃって」。人の減った楽屋で改めて今夜かしぶちさんの曲を歌う意味を深く考えたりした。

僕が選んだ曲は「今日は雨の日です」という曲。最近の曲をやりたいな、と迷ったのだけど優介が「Curve」を選んでくれたので、あのBYGでやるならば、とかしぶちさんが高校生の頃に作った「今日は雨の日です」を選んだ。ソロアルバムには入っていないし、お客さんからしたらピンとこなかったかもしれないけど終演後、かしぶちさんの奥さんが「すごく嬉しい選曲でした。この曲を作った頃、哲郎と私は高校生で少し遠い高校に自転車で通っていたの。自然の豊かなところだったんだけど、帰り道には哲郎の頭の中は音楽で溢れていて、部屋に帰るとすぐ譜面に頭の中の音楽を書き写していた。「冬のバラ」もそうだけど、そういう時期の曲なの」と教えてくれた。

終演後、BYGをあとにしようとしてマネージャーの野田さんに挨拶してから行こう、と思ったけどなかなか見つからず、演奏した地下にいるのかな?と地下に入ると音響の方が後片付けをしているだけで、もうすっかり静まり返っていた。

 

12/18

自主企画"Town Feeling"開催。リハーサルも快調に終えたところでどついたるねんのステージで吹くサックスを忘れていたことに気が付き一旦取りに帰った。陽が傾く青梅街道を抜け、自宅からサックスを回収。戻った頃にはどついたるねんのリハーサルが始まっていたのだけどそのステージには脱退したはずのDaBass(Coff)君と昆虫キッズの冷牟田くんが居た。あまりの状況に「交通事故に遭った僕は瀕死の状態に陥り、あまりの痛みのため、脳が頑張って日常のようなものを見せ続けてくれているんだけど、のっぴきならない状態のため、見えているものに歪みが生じてしまっているのかな?」と思ったけど現実だったようだ。DaBassが居た理由はわからなかったけど笑、冷牟田くんが居た理由は普段どつをサポートしているガガキライズ吉澤さんがインフルエンザにかかってしまったため、急遽代役を勤めることになったそうだ。また王子のギターが素晴らしかった。そういうこともありどついたるねんのライヴは最高だったし、柴田さんのライヴも最高。セットリストが素晴らしくって「後悔」で始まって最後の「結婚しました」で爆踊り。スカートは最初の3曲不調、あとは大丈夫だったけど終わりよければ全て良し精神で最高としておきたい。最初の3曲の不調は自分に時々起こる音がフラットして聴こえる怪現象が「ゴウスツ」のギターを鳴らした最初の音から起こってしまったことが原因でした。「ギターのチューニングがおかしいのかな?」と思ってゴウスツから即CALLに流れていくはずだったところを一旦止めてギターのチューニング確認したんだけどどこもズレていなかった。そこからちょっとずつ立て治っていったかな、とも思うんだけど「視界良好」が終わったあと、佐久間さんが助け舟を出してくれたおかげで今までで一番うまく「ランプトン」が歌えた気がする。バンドっていいな、と思えた瞬間でした。「新しいアルバム出るのでそれに期待して欲しくて新しい曲をたくさんやる」という今年の前半を経て、「新しいアルバム出たからそれを聴いて欲しいから新しい曲たくさんやる」っていう今年の中盤を経たので自由に組んだら今年発表した曲は2曲だけになっちゃったんだけど、むしろそれが効いた気がして嬉しかった。でも「ゴウスツ」には悪いことをしてしまった。帰り道の車ではこないだ作ったばかりの新曲を繰り返し聴いて帰った。

台湾通信

12/6

車でマネージャーの家のそばまで行く。親父からでかい車を借りたのだけど、CDしか聴けないことをすっかり忘れていて車の中に転がっていたTMBGのベスト盤を聴いた。マネージャーと落ち合い、運転を変わってもらう。何か忘れ物をしていないかだけが気がかりだった。空港に着き、車を降りるとずいぶん寒く感じた。「12月でこれかよ」と呟く。現地で待っていた駐車場の人に車を預け、荷物をカートに写し、集合場所でみんなと合流。僕以外は海外の渡航経験のある人たちなので、なんかソワソワする。大所帯なので荷物を預けるだけでも一苦労だった。

飛行機は気流の関係や、空港の混雑からだいぶ遅れたけれども、無事台湾に着いた。飛行機を降りると「ここが!台湾!」という感慨も与えさせず移動が続く。言葉の通じない国じゃ機内で配られていた入国カードを爆睡ゆえに貰いそびれただけで大変だった。「アーーー アーーー エアプレーン……カード……」としかいえなかった時、心の底から落ち込んだ。なんとかなることなど一つもないのだ。

空港のロビーで今回の主催のスパイキーと落ち合う。僕ははじめての海外に浮かれ倒して早速自動販売機でお茶を買った。持ったことのないお札、みたこともなかった小銭が手の中にある。不思議な感覚だった。

到着したのが夕方だったということもあってか道路は混雑。1時間ほどたっただろうか、宿泊するホテルについた。それぞれの部屋に荷物を押し込めロビーで落ち合い夕食を摂りに行った。街の居酒屋のような場所で乾杯をする。その店は店内に二つ、すたみた太郎でしかみないようなでっかい炊飯器が設置してあってご飯は基本フリーだった。小さい茶碗に米をよそっていたのだが、佐久間さんが米を茶碗から平たい皿に移していたのがなんともいえずおかしかった。知らない街に戸惑いながらも楽しい食事を終え、ホテルに帰る。僕だけタピオカすすりに街へ残った。なんとか注文したタピオカは達成感というスパイスにより美味しく感じた。部屋でのんびりしたのち、眠る。

 

12/7

明日、お昼ご飯行けそうだったら11時にロビー集合で、とLINEに投げ、翌朝マネージャー以外は集まってくれた。起こそうか迷ったが「えっ、飯とか……どうでもいいから寝かせてくださいよ……」と言われたら心が粉々になるどころじゃないのでこっそり部屋をでる。メンバー+PAの荻野さんでタクシーを相乗りして牛肉麺のお店にきた。バナナTVでやってた牛肉トマト麺が食べたくて…… 食事は美味しかったし、みんなでご飯食べるのは楽しい。お腹もいっぱいだ。いい滑り出し。ホテルのロビーでなおみちさんが「もし行けたらもう1軒行きたいな」と言っていたけど、満腹のため解散。そのまま徒歩でホテル戻る組とタクシー乗る組みに別れた。

ライヴハウスに向かう。今回はTHE WALLというところ。近くには大学がいくつかあるらしく、古い街並みに時々娯楽が転がっている不思議な街だった。言葉の壁を感じつつ、リハーサルを済ませ夜市に繰り出した。それぞれ思うままのつまみ食いをする。肉まん焼いたみたいなやつ、美味しかったし、みんなと別れてから食べた麺線は忘れられない味になった。ライヴハウスに戻り、スパイキーに台湾の言葉を少しだけ、レコード屋も少しだけ教えてもらった。街へ出る。バスに乗ってみたかったがバスのコミュニケーションは難しそうだ、と判断し、電車に乗る。切符だと思っていたがゲームで使うようなプラスチック製のコインが切符の代わりでカルチャーショックを受けた。日本の電車と雰囲気が違うんだけど、ホームの感じは大阪の地下鉄とか、京王線を思い出す感じ。知らない言葉が飛び交う中、改めて海外にきたんだ、と実感した。

最初のレコード店は先行一車という店。なぜか友川カズキフリーク店主が経営するというレコード屋。まず入口がわからない。湿った路地裏を何度かうろうろしてようやく店の入口に気がついた。ドアを開けたが雑然とした部屋が目に飛び込んできてゾッとする。無力無善寺初めて入った人とかこういう気持ちだったのかな。とか考えた。恐る恐る奥に進むと女性の店員さんがいて、店内にはクラシックが流れていた。拙い英語でやり取りをして、レコードを見ていく。欲しい!と思ったものはちゃんと値付けがされていて、これじゃ東京で買ってもおんなじだなぁ、と考えを改めた。東京じゃ買わないようなど定番を敢えて買うか、と切り替えたのだが、それもこれ、というものに出会えず、結局WIREの12インチを買って店を出た。見たことのない雨樋や、見たことのない柵を持った家を通り過ぎ、次はWHITE WRABBITというお店へ。こちらはとても綺麗な店内で日本の音楽も積極的に紹介されていた。ここでは落日飛車のCDを購入。駅に向かう途中、信号待ちで立ち止まったところでふと街の写真を一枚撮った。日本にいる時、なんでもないところで写真撮っている外国人観光客を見て「はて」、と思っていたのだが、旅情というのはこういうことだったのかもしれない。もう一度電車に乗ってPAR STOREを目指す。駅を出るとこれまで見た古い街並みとは違う、ピッカピカの街並みが目に飛び込んできて驚いた。銀座か表参道のような雰囲気。少し歩くと看板が目に入ってワクワクしながら扉を開けた。モンキー君もお店にいて、久しぶりの再開を楽しんだ。最近どんな音楽聴いてる?というやり取りで僕は田中ヤコブ君を。モンキーからは我是機車少女というユニット?を紹介してもらい、そのCDを買って帰った。モンキーとの話が嬉しくてつい伸びてしまって、最初から見ようと思っていた自分の出るイヴェンとに遅刻。どのバンドも魅力的だったけど、フレンドリーで我々みたいな引っ込み思案、内弁慶バンドには助かった。

東京でライヴをやるときとあまり変わらない気持ちで演奏できたのが自分でも不思議だった。いつもより疲れは感じていたけど、楽しく演奏できた。打ち上げは楽屋で小規模に。ケータリングにいくつか料理を頼んでくれたのだけど、そのうちの一つが松屋の生姜焼き丼みたいなやつだった。異国でみる慣れ親しんだチェーン店の名前はどう響いたのか、今となっては思い出せない。

夜遅くにホテルに帰ってきて24時間開いているスーパーマーケットに向かう。東京にいる恋人とLINEしながら家に買って帰るものを選んだ。真夜中のスーパーは西友みたいな雰囲気で、置いてあるものも日本の物も多く、商品を手に取るたびにここがどこだかわからなくなっていく仕組みになっているようだった。スーパーを出てシンとした街を歩く。

 

12/8

昨日、なおみちさんが言っていたもう一軒行きたかった店が気になって向かおうとしたらなおみちさんももうすでに着いていたようだった。いわゆる台湾の朝ごはん、みたいな風情の店で中国風とされるおにぎりやオムレツをパンで挟んだような一見キテレツな料理を食べる。どれも美味しかった。小籠包もようやくここで食べる。なおみちさんとタクシーでホテルに戻り、部屋の片付けをしてホテルをでた。この時、部屋にネックピローを忘れたことには気づいていない。みんなと別れて財布に残った小銭を全部吐き出す。余裕を持って行動したつもりだったけど出発ロビーがあまりに遠く結構ギリギリになってしまった。急いで飛行機に飛び乗り、座席についた時マネージャーから数分前にLINEが来ていた。「澤部さん以外全員もう座ってます」

飛行機は空港につき、今度はしっかりもらった入国カードを記入しようと記入台でペンを握ったのだが、ペンが出ないし、記入台はガタガタしていた。こいつは美しい国。こいつはおもてなしじゃないか。

空港で待っていた駐車場の方から車を受け取り、機材を積んでいく。帰り道は車の中に転がっていたRUNT STARのFIRST LIGHTを聴いた。っつーか、なくしたと思ってた。

嘘みたいに輝くそれ

清水の舞台から飛び降りる気持ちでピチカート・ファイヴの7インチボックスを買った。因果なことに8/31に買ったヘッド博士の煽り(だけではない…住民税…国保…年金…)を食らって金欠になってしまっていたため、予約はしていなかったし、現在もバキバキの金欠状態が続いているのだけどミューマガに原稿書いたりしていたもんだからずーっと欲しくてソワソワしていて、こりゃこの気持ちどうにもならない、買うしかないのか、ないのかと思いを巡らせていた。そこで「明日の朝、HMVの開店より早く目が覚めたら行くだけ行ってみよう。売り切れていたら諦めがつくよ」と唱えて布団に入った。そして目を覚ますと時計は開店より前だった。最低8時間は眠らないと眠った気がしない僕が!6時間弱の睡眠で!こりゃもう運命じゃん!ぐらいの浮ついた気持ちでHMVに向かったのだが31にもなって襲ってくる金欠とは一体なんなのか、ということを自問自答。そして思い出す。浪費癖はない、と思いこんでいたけど、あるのだ。

いつもより賑わう開店して間もないHMVに在庫はあった。しかし厚紙のサンプルしか店頭に出ていなく、一気に吹いていた風が止まる。(大好きなスタジオ・ライヴの7インチは予約特典だったな〜、それは付かないんだろうな〜)と思い、それなら無理して買うまでもないよ、生活が第一だよ、と店内を徘徊。新入荷を見て少しずつ心が落ち着いていく。これでよかったんだ。マジドラのシウォンチュさんソロだけを持ってレジに向かった。レジ打ってくれた店員さんに「ピチカート・ファイヴのボックスって特典…付かないですよね?」と訊いたら「つきますよ」とのことだったので食い気味で「買います」と伝えたのでした。ポイントが溜まったからナンバーガールの12インチを500円とかで買えましたよ。来月の僕よ、一緒に頑張ろう。