2月は慌ただしくすぎていった。動く台車に乗せられたまま日々がすぎて行って、記憶があまりない。そんな中、15日に行われた福島空港での公開収録は印象深い。福島に行くのは初めてだ。父のルーツに福島が関わっていた気がする、米が毎年送られてくるし……ぐらいの距離感だったのだけど、ライヴはとても上手くいった。"視界良好"はライヴでやった中でも一番よくできた気がする。コロナ禍直前の川辺くんとやった風知空知であまりにうまく行きすぎて「このままこの調子で演奏できたらどえらいことやで」とうきうきしながら演奏していたら間違えてしまったことがあったので、集中してしっかりやり通せた。嬉しい。長く曲を歌ってると、ごく稀に自分の手に負えなくなってくる時期がくることがある。「視界良好」もそういう1曲になりかけていたのだけど、9年経ってやっとまた自分のものになった気がしたのが嬉しかった。ライヴが終わった後に両親に結局澤部家と福島の関係ってなんなんでしたっけ?と訊ねると、父方の祖母のヒデサヨ(私の母もサヨコなので私は彼女のお三味線の芸名か何かからヒデサヨと呼んでいる)の疎開先で、アウトドア狂の父の出掛け先のひとつ、という感じだったそうで、収録時に詳細がわかっていなくてよかったようなよくなかったような……しかし母から母方の祖父、山下家は福島出身だときいて、目を丸くした。母方の祖父も祖母も私が小さい頃に亡くなってしまって、時々秩父の墓に墓参りに行くのがせいぜいで、あまり話題にもあがらず、よく知ろうともしてこなかったのだった。奇妙な縁ではない、ありふれた縁だと思うけど、忘れてしまっていただけかもしれないけれど、今更山下家のルーツが福島だと知るなんて、少し奇妙に映った。
某日
向井さんからの提案でアンコールをご一緒することに。曲は大滝詠一さんの「君は天然色」。選曲に大いに驚く。数年前にWWWの横の階段のギャラリーでやってた向井秀徳展で上映されていたヴィデオには若かりし頃の向井氏による「それはぼくぢゃないよ」のカヴァーが収められていたから、こう、言葉にするのが難しいんだけど、私も向井さんもいろいろあってここに辿り着いたんだ、こういう形で一本の線になるのか、と感慨深い気持ちになる。高校生の頃に買った『A LONG VACATION』をターンテーブルに乗せ、耳コピをして、その細かいワザに改めてクラクラする。歌詞カードを広げ、テキストエディットに歌詞を手打ちする。儀式のようなものだ。
6日
向井秀徳さんと弾き語りのツーマン。気合いを入れるために録画するだけして見ていなかった「幸せな結末」のドキュメンタリーを観る。冒頭、画面に大写しになった大滝さん直筆の「"pop"」という文字に胸を打たれてさめざめ泣く。あとでわかるのだが、それは1971年の手帳に書かれた言葉だった。この「"pop"」が胸にデカデカとプリントされたTシャツを着たい。
会場に入ると、向井さんはすでにステージに居た。中学生の頃のヒーローのひとりだ。向井さんがいなかったらきっと、中学生の頃の私はF#m7を2x2200や2x2222のようなポジションでは弾いていなかっただろう。リハで向井さんがギターをギャンと弾いた瞬間、つい妻の方を見た。
リハーサルで「君は天然色」。歌い分けを確認してから、演奏を初めて、向井さんがどういうふうにやっているのかをなんとなく汲み取っていく。最初はサビはユニゾン、という感じだったけど、向井さんの提案でハモに回ることになって、探りながらドカンと声を出した瞬間、何かすごい力が働いた。以前、どついたるねんのライヴで歌った時に一発で声が枯れたことがあったのだけど、それに近い負荷を感じ、このままの力でやったら飲み込まれる、と慌てて力加減を修正。この組み合わせなら調和を取ろうと努めることもまた、アウタナティヴ(Alternative)なり。
自分のライヴは最初の4曲目ぐらいまではフワついていたけど、どんな曲やっても盛り上がるし、MCもウケるわで怖いものがない状態だった。あの曲が!この曲が!全曲がめちゃくちゃにうまく行ったんですよ!という感じでは正直なかったけど流れみたいなものに満ちていて楽しく演奏できた。向井さんのライヴも最高だった。VIVA!YOUNGのクラヤマさんも大盛り上がりで本当にいい一日だった。
某日
CPAPの機械を変えることになる。1年近く使用して、やはり合わない(1時間ぐらいですぐ取ってしまう)、という話になり、もうぼちぼち諦めようと思うんです、と伝えると、機械のメーカーを変えよう、という提案を受ける。T社からP社へ。機械を受け取ってみると、何かの手違いで鼻だけのマスクしか入っていなかった。まあそれも人生、と早速試してみたのだが、生まれてこの方、鼻炎のため、両鼻が綺麗に通っている時間は合わせてもひと月分もないのではないか、というこの私、合わないどころの騒ぎじゃなくてP社のカスタマーサーヴィスにすぐ電話をかけ、口を覆うタイプのマスクに変更してもらうことになった。しかしそれも正直よくわからない…… 質の良い睡眠が手に入る日は来るのか……
15日
nestでワンマン。音作りに大変苦労をする。「勝手知ったる」はずだったnestもコロナ禍での改修もあってステージの質感がちょっと変わっている。あの頃と違うのは床材だけではない。私も床材相当のどこかが変わっているのだろう。私が豊田道倫さんの『東京の恋人』レコ発で初めてnestに行ってからもう21年経つ。初めてスカートで演奏したシャムキャッツと王舟くんの企画、猫王会からももう15年経つんだ。過去にあった私と今ここにある私は本当に地続きの私なのだろうか。そういうことを確かめながら演奏したような気がする。16歳の時に作った「ウーリッツァー」から37歳の時に作った「スペシャル」への着地が綺麗に決まったような気がして嬉しい☺️ 終演後に馴染みのお客さんから「アンコールの2曲はどちらも約束にまつわる曲でしたね」と言われてハッとした。
某日
4月から週一だけど母校の音大で講師をすることが決まった。へんな人生。今はうまく行く気がしない。
19日
タカラくんと葛飾出身くんとで亀戸にあるカセットテープが豊富に在庫されているというレコード屋に行く。タカラくんはカセットテープコレクターで、部屋の家具・家電を70年代のある時期より前に製造されたもの以外は置かないようにしている、という若人で、葛飾出身くんは「トゥー・ドゥリフターズ」のMVを作ってくれた葛飾出身くんだ。
たとえばロータリーがある。そこに「締め出そう」以外の文字が退色しているなにかを啓蒙する塔がある。横断歩道を渡るとちょっとした広場があって、そこには薬物使用は「ダメ、ゼッタイ」と訴えるモニュメントがあって、その奥には噴水のようなものがあって、中心には亀のオブジェがある。初めて降りる亀戸は全く知らない街なのに、それらが配置されているルールだけ知っている感じがあって空恐ろしさを感じた。
蕎麦屋でゆるりと昼食を摂って、ゆるりとレコード屋へ向かって、それぞれ物色をする。東京コレクターズというお店で、カセットの在庫数はやはりエグくてちょっとドキドキするぐらいだった。知ってるアルバムの知らない顔を見せられるような感じがあって、私もスティーヴィー・ワンダーの『シークレット・ライフ』のカセットを購入。他にもレコードを見ていて驚いたのが鈴木さえ子さんの『緑の法則』の黒盤・帯付きのいわゆる通常盤仕様。私が持っているのも緑色のクリア・ヴァイナル盤だけだったのでもちろん購入。嬉しい。そこから少し歩いてやたら湿気の強い喫茶店に入って音楽の話をする。楽しいネ!!! 餃子を買って帰る。
22日
マーライオンが会社を設立する、というのでそのパーティでDJをすることに。阿佐ヶ谷のTABASAはカフェアリエのコウノさんがときどき間借りで漂流カフェアリエをやっている、というからいつか……と思っていたらこんなに時間が過ぎてしまった。初めて行くTABASAはぎゅうぎゅう、お客さんで一杯で、もっと空いているとき、それこそコウノさんがいるときにくればよかったなあ、なんて思った。店長の高原さんがTABASAを離れるのをきっかけにアリエも離れる、という。
DJは初めて使うCDJに悪戦苦闘。日本語が表示されないだけならまだしも、LINKモードも搭載されておらず、1台のCDJで闘うストロングスタイルになってしまった。普段がレコードだけでやってきたっていうのもあるけど、今までいかに恵まれた環境でDJしてきたかを思い知らされた。砂の壁のmaoさんのDJプレイもはじめて聴く曲が多くて最高だったし、ごきげんなマーライオンはもちろん、姫乃さんにも久しぶりにあえてうれしい一日になった。
23日
トッド・ラングレンを観に行く。聴きたいと思っていた曲は半分も聴けなかったけど、いいライヴだった。『A Cappella』なんて学生の頃に首を傾げながら聴いてそれっきりだったから"Honest Work"という素晴らしすぎる曲に気づけてさえいなかった。『ライアーズ』(ナイポレでトッド特集をやるにあたってやっと聴いた2004年のアルバム)収録曲なんかも聴いて思ったけど、ライヴで演奏されることの素晴らしさは時系列や録音された状況を飛び越えて並列になる、ということだなあ、と改めて実感する。私もそうありたいけれど、これは(かつて観て大いに感動したティーンエイジ・ファンクラブと比較すると)振れ幅のある表現をしてきた人の方が効果がでる、ということも身に染みた。すごい。
26日
りーもこちゃん(ex.ムラムラタムラ氏)にお誘いいただいて単独公演のゲストとして出演。自分を強くもて、ここはアウェイだ、と言い聞かせまくった割には平常心で演奏することができたし、2度目の大喜利もまずまずの結果が出せてほくほく。演奏終わって「フゥー!」が多いとアガるのと同じで、何か言ってウケると嬉しい。ぴんくさんの時とは違う感覚だった。
27日
単身、岡山へ向かう。28日、29日と山口の遠征が決まって慌てて組んだ西日本弾き語りツアーが始まった。スタッフなしでどこまでやれるのか、中一日あけてライヴやると自分がどうなるのか、という人体実験も込みのツアー。春のうららかさも桜のはかなさも慌ただしい旅程で吸い込まれていき、あまり記憶がない。旅のお供に大江田真さんの本、『大切なことは小さな声で語られる』を読みながら。音楽に関する話は聴いてこなかった音楽、知らなかったものでも楽しくなるからいい。
夕方も目前に近づいた岡山に到着して、ホテルについて荷物をおろし、リハーサル。最低限のチェックを済ませて、orab recordへ。元GREEN HOUSEのオーナーが新しく立ち上げたお店だそうで、店の大きさから清潔さから、おいてあるものからとてもよかった。本番は2曲目の「火をともせ」で盛大にコードを間違えて心が折れかけたけど、温かいお客さんのおかげで正面からスカートの音楽を見せられるライヴにできた気がする。でもどういうわけかMCが全然キレなくて申し訳なかった……なんというか、頭に浮かんだ状況を言葉にするために余計なひとことふたことが常に乗っかってしまうような……うーむ
終演後、ムーンライダーズとあがた森魚さんのコピーバンドで高名な架空楽団のメンバーも見にきてくださって黒瀬さんから手厚いもてなしを受ける。真夜中の地下室でギターを持って思いつくままに曲を演奏した。ライダーズの曲は難しくてあーでもないこーでもない、となってしまったが、あがたさんの曲は今まで耳コピしたことない曲でさえ弾いてみたら弾けた。シンプルである、ということの強さをこういう角度で体感するとは思わなかった。自分にとっては美しい瞬間のように思えた。黒瀬さんは稀代のコレクターでもあり、いろいろコレクションを見せてもらったのだけど、写真を撮り忘れるぐらいのむちゃくちゃなものばかりがあった。私の実家も動物が勝手に集まる実家だけど、きっとものが黒瀬さんのところに集まってくるんだと思う。
28日
今年はじめて開催される湯飯祭に出演するため、山口の長門湯本温泉へ移動。新山口から主宰のスタッフ青年、早野くんの運転で宇部空港によってマコイチくんをピックして、そのまま山道を走る。後部座席に乗っていた私はうとうとしていて、意識が遠のく直前に「エヴァって通ってる?」という会話が聞こえ、そのまま「さわまんはどう?」と振られ、戻ってきた。「はっ、うとうとしちゃってた。エヴァはねえ、通ってないんだよね〜」と言ったのだが、それ以降エヴァの話は一度も出なかったから意識が遠のく直前の幻聴だったのかもしれない。そうだとしたらハズかしすぎる。
山道を1時間ほどいって、ある道を左に曲がった途端に山道ではなく「町」になった。不思議な感覚だった。嘘なんじゃないか。まだ眠りかけている途中なんじゃないか。しかし車は駐車場に着いた。温泉街といえば車が走るのも躊躇われる狭い道を所狭しと宿や商店が立ち並ぶ、という光景を想像していたのだけど、ゆったりとした温泉街で暮らしの中に宿や商店がある、という控えめな景色が広がっている。桜の木もワサーっと植えられているのではなく、要所要所にあって、その情景が余計に現実感を打ち消しているように思えた。
長門湯本温泉は一度は飲食店もゼロになったことがある温泉街だそうで、でも「ひなびた温泉地」という感じもしない。どういうわけか、と誰かに言われて思い出したのは、安倍元首相とプーチンの会談に使われた大谷山荘もここ長門湯本温泉にあったのだった。パワーというのはすごいな。
開催されている湯飯祭をチェックしていくとなんともいえないいい湯加減。ちょっとした山?丘?の上に神社があって手を合わせる。そこから見えた景色がまるでゼルダの伝説 Breath of the Wild / Tears of The Kingdomの中のカコリコ村のようで、パラセールでヒョイと飛びたくなった。そうしてみるとこのあたり一帯はめちゃくちゃハイラル。川を渡ると今にもリザルフォスが出てきそうだし、橋の下の石をどかせばコログが出てきそうですごくいい。これならいい気分でDJができるかもしれない、と思ったのだけど、実際に回してみるとDJブースのテントが視界を遮り、反応や雰囲気が全くわからなくて妙な不安に潰されそうにもなった、ふふふ。「好きな曲をいい感じの音量で聴いていればそれでいいじゃん」に達するまでちょっと時間がかかった気はするけど、結果的に楽しくやれた。「ダンスに間に合う」をかけたらマコイチくんが歌ってくれたのも嬉しかった。
DJブースに貼られていた翌日のタイムテーブルをよくよく見てみると、翌日はリハの時間はほとんど取れなさそう、しかもやるなら朝9時から、と言われてしまったので、DJが終わってから少しだけ調整させてもらうことになった。マコイチくんと現地の音響さんと連携を取り合っていい具合に聴けるところを探っていくと、不安は取り除けた。翌日出演する古燈くんも特に音を合わせたわけではないけど、勝手が知れて不安は少しは無くなったようだった。翌日9時からリハをするという古燈くんにマコイチくんと「明日のリハーサル我々も付き合います」と告げ、解散。私はお世話になる宿、soilのすぐ横にある恩湯でゆったりする。この温泉がとにかく最高だった。真新しい施設が頼もしい。結構ぬるっとしたお湯で、顔を湯に近づけると硫黄の匂いがかおる。温度もぬるめで目と鼻の先に源泉があり、それをちょっとだけ加温して提供しているそうだ。今までの人生でも屈指の温泉体験を得た私は親睦会でいい感じに飯を食い、その後マコイチくんとスタッフの早野くんの3人でピザやパスタなどをギチギチに詰め込んだ。たらふく酒を飲んでいるであろうマコイチくんが「明日起きれるかな」と心配していて、(酒が飲めない私からすると)なんか羨ましかった。
29日
目覚ましがなって、止めて、を繰り返したら9時を過ぎていた。慌てて古燈くんのサウンドチェックに向かう。朝の温泉街とミスマッチな光景がなんだかおかしい。マコイチくんとふたりでキーボードのロー感どうだろ、とか、ボーカルのミッド削ろう、とか言い合いながらチェックして無事いいところに落とせた。こうやっておせっかいおじさんになっていくのだ。ホテルに戻ると朝食の提供時間を過ぎていて(後で調べたら9時までだった)、恩湯に入ることにする。昨日の夜はわからなかったけど、誰もいない恩湯に入ってみてわかったことがある。脱衣所を抜けると道が二手にわかれている。左に行けばシャワーがある。そこからちょっと直進して突き当たりの少し手前には掛け湯があり、突き当たりを左にいくと湯船がある。そしてその奥には恩湯の守り神なのだろう、石像が祀られていて、それはもう試練の祠なのであった。湯船をアイスブロックで乗り越え、水面に沈んでいる鉄(製かどうかは知らないけど、湯船の底からもお湯が出るようになっていて、格子状のパネルが沈んでいるのだ)を利用してセンサーをストップさせて、石像まで辿り着く……私はもうハイラルの住人になっていた。
食いっぱぐれた朝食を取り返すべく出店しているお店で気になっていたいくつかを食べ歩く。ラザニアもフォーもおいしい。とにかくずっといい気分でいられる。行き交う人々の表情も心なしか軽い。古燈くんのステージを観る。今回はじめてあった古燈くんは24歳で、あまりにもまぶしい。私にも24歳の頃があったなんて今ではもう誰に言っても信じてもらえないだろう。いいステージだった。私はゆるやかな雰囲気に押されてパリッとやるというよりはなごやかに進行。いい意味で力が抜けたいいステージだったと思う。
夜は大谷山荘にまで足を伸ばしてリッチな日帰り入浴。大きい浴場、力強い岩肌の露天風呂、檜風呂は確かに良かった。限界まで焼き鳥を食べて倒れるように眠った。
30日
味噌汁屋の方と、整体をやっていた方と相乗りで新山口方面に送ってもらう。途中、生ういろう屋によってもらったり、道すがらあった大嶺酒造の施設にもフラッと寄って、とても楽しい帰り道になった。それぞれ別れ、新山口駅に荷物を預けて防府にあるというレコード屋へ。ちょうどいいところがあって何枚か買う。もう随分見なくなっていたけど、かつては大きめの新譜を取り扱うレコード屋には必ずあった検索機が現役で動いていて嬉しくなってしまい、お店の人に事情を話して『スペシャル』の取り寄せ用紙を出力。いいものが手に入って嬉しい。
タッツが取ってくれた新幹線の時間なんてとっくに出ちゃったあとで、連絡すれば座席の変更してくれたのかもしれないけど、なんとなくそれも違うよな、と新大阪行きの新幹線の自由席で京都を目指す。夕方の少し前に山口を出たつもりだったが、大阪に着くともう真っ暗。乗り換え。大阪からは大混雑でびっくりした。大荷物で焦っていると「澤部さんですか?」と声をかけられる。なんとNegiccoのファンでスカートを知って度々観てくれている、という方だった。世間は狭すぎる。自由席で移動してみるもんだ。
京都へ着いて奈良へ移動。取ってくれた宿は駅の目の前で気持ち的にとても助かった。これで駅から遠かったらちょっと落ち込んでいたかも知れない。
どこでもいい、近場で夕食を済ませたい、とGoogleMapを開いてみると近くにいい具合のラーメン屋があったので向かった。正直あまり合わなかったのだけどそれ以上に、店内のBGMがずっとライチャス・ブラザーズの"Unchained Melody"だったのが正気じゃなくて良かった。奈良は怖い街だ。
31日
あいにくの空。降るのか降らないのかギリギリの線をずっと行く感じ。奈良駅の1階に入っていたうまいものプラザみたいなお店のちょっとしたランチバイキングが最高だった。メインの料理をオーダーすると一回そのバイキングゾーンから盛れるのだけど、かぼちゃもナスもピーマンも食いてえな……と追加オーダーでおかわり自由のオーダーに切り替えた。実際どれもおいしかった。野菜がたくさん食べられるのは実にうれしい☺️ 次いくことがあるならおにぎり+バイキングのおかわり自由にすると思う。
入り時間まで時間があったのでシルエロレコードで買い物。明らかに「和モノ」コーナーから妖気がビンビン出ててたじろぐ。いいレコード買えた。下にあるプリトミさんも入った途端に斉藤哲夫さんの「僕の古い友達」がかかっていてそれだけで最高。わずかな時間だったけどいい奈良体験だった……
リハーサルを丁寧に済ませて本番。昨日の電車で一緒になった人も観にきてくれた。内容は、というと近年やったライヴの中でも群を抜いて良かった気がする。あまりに手応えがあって帰り道、宿までの20分ぐらいの道のりを資料で回していたボイスメモを聴きながら帰るほど。「火をともせ」は本当にいい曲だな……