幻燈日記帳

認める・認めない

小高いヒューマンエラーの丘



お察しの通りのこの体なのでおズボンの減りが異常に早いわたくし、なんとか1年近くもったEDWINのジーンズに穴が空いてしまったのでサカゼンに行く。するとサカゼンさん(愛してる)とEDWINさん(愛してる)がコラボして摩擦強度20倍のジーンズというのを売り出していた。値段は少し高いが構うもんか、これで1年に2本ジーンズを買う生活ともOSARABA、と勢い良く購入したら摩擦強度20倍でパンツにかかる負担も20倍なのか、今度はパンツがヘタるのが早くなってしまった。僕の中では非常にピースフルなジーンズを買った、という気持ちだったので、そうか、あちらを立てればこちらが立たず、昔の人はいいこというなァ。
仕事で藤沢の方へ向かう。大学が小田急線沿いだったこともあり、4年間「僕は今すぐ退屈な日常を抜けだして小田原に行くこともできるし、箱根の温泉に浸かってから講義を受けることだって出来る」と考え続けたのだが、その4年間、1年時に校舎があった本厚木より先に行ったのはたったの一度きりだった。当時スタッフをやっていたレーベルでyes, mama ok?のトリビュートを出して、営業のために小田原の某レコード店に行った。そこそこな交通費をかけてそのためだけに向かったが、さすがに心細くなり、小田原城を冷やかし、春の海を眺めていたのだった。さらに心細くなり、適当に入った雑貨屋でヴィンテージのイタリア製のキーホルダーを購入したのだが、部屋に転がるのを数年眺めているうちにどこかに行ってしまった。思い出とものは一生釣り合うことなどないのだろう。
僕にとっての小田急線は下北沢より先の事だ。思い出が詰まっているようで詰まっていない小田急線にまた飛び乗る。4年間を思い出し、始発の新宿を出発する前から眠りこけてしまった。そしてぱっと目が覚めた時に目的の駅に居た。年明けぐらいに熱心にメールを打っていたら東西線で乗り換えの高田馬場を乗り過ごし、落合で引き返そうとしたら、熱心なメールの続きを打ち始めちゃって気がついたら早稲田に居た男とは思えない睡眠に対する緊張感。仕事はしっかりこなしました。