幻燈日記帳

認める・認めない

わたしの青い空

枕元に積まれている、
最近買った何冊かの漫画が。
志村貴子さんの放浪息子柳沼行さんのふたつのスピカ
木村紺さんの巨娘
福満しげゆきさんの僕の小規模な生活
どれも側面はすっきりとした色になっている。
ぐっと来る漫画は、
絵の枠に制限がありながらも、
どこまでも伸びるようなものをかいている。

眠れなくて。
あまり普段ヘッドフォンとかでは、
爆音で音楽聴いたりしないんだけど、
どうしても大きい音で藤井隆さんの、
わたしの青い空、という曲が聴きたくなった。
バルトークでもフォーレでも、
豊田道倫でもイエママでも、
フランソワーズアルディでもXTCでも、
ムーンライダーズでもメルツバウでも、
ヴェルヴェツトアンダーグラウンドでも、
トッドラングレンでも、ゼイマイトビージャイアンツでも、
ブロッサムディアリーでもユニコーンでも、
カーネーションでも小川美潮でもだめなのだ。
藤井隆さんの私の青い空でないとだめなのだ。
なんでこの曲を何度も聞いてしまうのだ。
本じゃダメなのか、映画は?絵画は、AVは?
どうしても埋められない隙間をわたしの青い空でごまかす。
どうにもならないのか。
つらい、と口にだしたら世間に置いていかれないのだろう。
僕はそれらを諦めたわけじゃない。
まだ僕のすぐそばにある。とおもう。
ああ、あの人に逢いたい。あの人の顔がみたい。
だから、一月十日のスカートのライブにあなたはくればいいのだ。