幻燈日記帳

認める・認めない

あむそれ

9日

日本橋高島屋に行って百貨店展を見る。小さいスペースに少ないけれども濃い展示で胸が騒いだ。当時配られたという百貨店白木屋の小冊子など、興味は尽きない。丸善に寄って本を買う。漫画を1冊、それと英語の本を買った。頭が動いていない気がするのは実際に頭が動いていないからだ、というのもあるし、あらゆる音楽を聴いて、どうして私はこの言葉がわからないんだろう、とずっと思ってきた。中学の頃に些細なことでつまずいて、そのつまずきがいつの間にか積もってしまい諦めたのだ。もう一度取り戻すんだ、と平積みになっていた「中学英語をもう一度ひとつひとつわかりやすく。」という本を買った。その日の夜から少しずつ、読んで解いて理解しようとするのだが些細なことでまたつまずいた。まずつまずいたのが3人称単数なら動詞にsがつくけど、3人称複数ならsがつかない、ということ。大人なんだから、と調べてみると「英語はそういうもんだ」という記事がほとんどで、ようやく見つけた記事を読んでなんとか納得することができた。30分以上あーでもないこーでもない、とやっていると次は"Is that Mt. Fuji?"の回答でつまずいた。"Yes, It is"ということが飲み込めなかったのだ。Thatの返答がモノならitというのはわかっていたのだけど、富士山をモノだと認識することができずアワアワとしてしまうばかりになったので、一度「モノとは」と検索をかけてみる。それでも整理しきれず、頭の中に部屋のなかの「モノ」を広げてみる。この部屋でものではないものはどれだけあるだろう、ソファに座っている私と妻以外はすべてものであろう、ということは最初のうちは理解できていた。だが、部屋を俯瞰で見たとたんに困ってしまった。建築物はモノなのだろうか?そう思ってしまったら水道はものではない、という気がしてきた。時計はモノだが壁は?壁紙はモノかもしれないが紙はモノなのだろうか。そうだった、私はこうして中学の時に挫折したのだった。頭から煙を吐きながら本を閉じた。

ゴミ捨てで深夜、マスクもしないで外に出ると子供の頃にかいだ冬の匂いがした。

眠る前にバート・バカラックの訃報が届く。94歳、大往生ならばなんにも惜しくはないし、悲しい気持ちにもならないはずなんだけど、どういう訳かちょっと落ち込む。

Are You There (With Another Girl) - song and lyrics by Anita Kerr Singers | Spotify

 

10日

目が覚めると雪が降っていた。しかし今日は散髪の予定をいれてしまっていたのだ。一昨日みたいになにもかもだめだ、という感じもしなく、たやすく動き出せたので支度をして部屋を出るとまだ半端な雪景色。屋根屋根は白くなり、アスファルトはべしょべしょ。道の少し先ではおじさんがまだ踏まれていない道をわざわざ選んで歩いていた。バスに乗って吉祥寺へ出る。雪が降ってうれしい。永福町に着いた頃には雨はすっかり雪になってしまっていた。歩きづらい道を歩いていると先輩ミュージシャンとばったり。少しだけ立ち話して別れる。散髪は今回も順調で、シゲルさんは"SONGS"を絶賛してくれた。人と会う機会があまりないので「アルバム良かったよ」と直接言ってくれる人があんまりいないから嬉しい。併設されている奥さんのお店でお茶を飲む。受験から帰ってきたばかりの娘さんもお茶を飲んでいて、高い窓の前に座ってブラックコーヒーを飲む彼女はかっこよかった。

店を出ると外はすっかり雨になってしまっていた。なんだかつまらないな、と思いながら傘を広げる。お店の軒先からドサッと音をたてて雪が落ちてきた。街も普通の顔に戻りつつあった。

電車に乗って吉祥寺に出る。窓の外を眺める。文庫もある、携帯もあるけどじっと窓の外を見てみる。これは学生時代の、精神のコスプレだ。屋根屋根が連なり、どれも雪が積もっている。真っ白な東京ではないのだけど、今はこれで足りている気がしてしまって自分もつまらない大人になってしまった、と痛感する。

 

12日

家を出る直前まで英語の本を読む。妻にも付き合ってもらう。私に比べると英語に覚えがあるので「これはどうなってるの?」と訊くたび一緒になって考えてくれるのだが、人を表す代名詞でまたつまずいた。「彼の写真はとても美しい。私はそれらを気に入っています」の「それら」が空欄になっていて、そこを埋める、という問題だったのだが、写真をthemとすることに抵抗が出てきてしまった。外に出てみて誰かの家の軒先に吊るされている洗濯物がtheyのようにどうしても思えなかったのだ。

混乱した頭のままリハーサル。『SONGS』ツアーのリハーサル2日目だ。この日は佐久間さん、なおみちさんの3人に加え社長もきてくれた。前回、改訂したセットリストを頭からためそう、という話で集まったのだが、ミドルテンポの1曲目に対し「スロースターターになってしまうのでは」、という懸念が出てきたため、1曲目を変えてみて、そこから実際演奏してみてどういう曲がほしいか、というのを提案し合って形にしていった。13年バンドやってきたけどこういう決め方は初めてで少し興奮した。リハーサルは延長され、5時間経ってやっと終わった。ボロ布になった澤部佐久間でリハスタのロビーで2時間話し続け、家帰って社長とも1時間長電話してしまった。さすがに疲れ果てた。