幻燈日記帳

認める・認めない

東京最後の日

去年買った変態っぽいコートを羽織って吉祥寺行きのバスに乗った。ココナッツディスクに寄って、金野さんから預かった戸張大輔「ギター」のプロモ盤を矢島さんに渡す。そして少し立ち話。つい長くなってしまう。これから僕も矢島さんも同じライヴを見に行く。ぼくはファースト・ステージ。矢島さんはセカンド・ステージ。台風の話をしながら「ファースト・ステージにすればよかったなあ」と矢島さん。「無職はほら、時間に自由がきくから、こういう時は早い時間にしないと」。

ココナッツディスクを出てユザワヤに寄って養生テープを探す。「窓ガラス割れたとき大変だからちょっとでも楽なようにするのにおすすめだよ」みたいな感じの動画をTwitterで見たのだ。大きな台風が来る。みんなそわそわしている。昨日、西友にないか見たんだけれどもやっぱりなかったのだ。あ、養生あるじゃん!と思ったらすずらんテープだった。ユザワヤにももちろんないのだ。

諦めて新宿まで出てそこから大江戸線に乗り換え、ビルボードへついた。受付で名前を言う。こんな気持ちで自分の名前を言うのはいつぶりだろうか。傘を預け、7インチを買い、コートを預けてバーカウンターに向かう。クランベリージュースを注文して5階席のいちばんはじっこに座る。しばらくするとライヴが始まった。自分が歌わない前提で書き始めるから書ける詩がある、ということを知ったのは割と最近のこと。「自分で作った歌を自分で歌う」ということを改めて考えさせられた。

ライヴがはねたらひとりで帰る。今日のライヴは女性の目線でえがかれる失恋の歌が胸にしみた。ひとりで勝手に失恋した気持ちにまでなっていた。エスカレーターを降りきるととらやがあったのでいくつか羊羹とホールインワン最中を買った。期間限定だか店舗限定だったかで紙袋の虎が折り紙仕様になっているのもご用意できる、と書いてあったので、それにしてもらった。かわいい。店を出て恋人に電話をかける。「いま終わったよ。ミッドタウンにいるけどなにか必要なものはある?とらやの羊羹はちょっと買った」「なんで羊羹?」「ふふふ、それぐらいいいライヴだったということだろうね」

 

吉祥寺からビルボードまでまったく外に出る必要がなかったため、今、雨がどれぐらい降っているか、というのが再び乗り換えの新宿に出るまでわからなかった。もうひどい雨になっちゃって、ちゃんと家に帰れなかったらどうしよう、なんて思ったりもしたけれど、周りを歩く人達をみて考えるのをやめた。なんの音楽も聴かないで街を歩く。大江戸線から地上に出てビックロにモバイルバッテリーを買いに寄る。すでに商品の陳列棚はほとんどからっぽで、さあどうしよう、なんて気持ちが遠くなっていったのだけど「今、店の入口に入ってきたばかりのが並んでますので」というので向かってみると小さいコンテナボックスに積まれたモバイルバッテリーが並んでいた。その中のひとつを手に取り「いくつか種類があるけれども」「違いを教えてもらえませんか?」と店員さんに訊く。「こちらが2回分ぐらい、そちらが3回分くらい充電できます。2回分の方はケーブルも最初からついているけど3回分の方はついてないです」と丁寧に教えてくれた。(じゃあ3回分だな)とそちらの方を手に取って売り場を離れるとき、店員さんが「最後の入荷です。あるだけです」と言っていたのが小西さんがとばしたジョークと重なった。

ビックロを出て紀伊国屋も寄れるかな、と思っていたけれども閉まっていた。汗をかきながら新宿の気温計に目をやると21℃と表示されていた。変態っぽいコートはまだ早かった。金曜の夜だというのに表通りはあまり人がいなくて、少し狭い道に入ると妙に人が多い不思議な街だった。電車もいつもより人も少なく、駅から一番近いスーパーマーケットはもぬけの殻だった。それでも長蛇の列のレジを抜け、炭酸水と野菜ジュースだけ買って帰った。いつもの街だ。明日はそうはいかないだろうけど、明後日はまたいつもの街であってほしい。どうか。どうか。