幻燈日記帳

認める・認めない

畑々段

某日

ラジオの仕込みのためにいっぱい音楽を聴かなきゃならない日があったので、吉祥寺まで散歩がてらiPhoneで音楽を聴いた。部屋でネットサーフィンしながら聴くより頭も働くしとても良かった。習慣にしたい。

 

某日

カクバリズムで打ち合わせ。ミュージシャンとしての壁は27歳、30歳、33歳だと言い聞かせて生きてきたが33歳の壁はコロナ禍によって3年先延ばしになっただけなのかもしれない。なんとか壁を乗り越えていくために気合を入れて行きたい、という話をする。

 

某日

成年漫画家、高柳カツヤ先生の2冊目の単行本が出た。発売日に手にいれるためルーエに向かう。Twitterで見た表紙のあまりのカッコよさにもシビれていたが店頭に並んだその様があまりにも美しくて泣きそうになった。そして手に取りさらにシビれる。小口(本の側面)が真っ白なのだ。ここまで小口が白い成年漫画は大横山飴先生以来な気がする。komiflo(エロ漫画サブスクサービス)で読んでいるときから漫画として惹かれる部分があって、そこがどこなんだろう、って考えていたけどまさか小口の白さだと思っていなかった。奥付けを読み、「日陰の糸」から5年経っていたと気がついてゾッとした。

 

某日

MURABANKU。のトークイヴェントで土屋くんがたまこまーけっとの話をしたい、と言っていたのでU-NEXTに加入して途中まで見る。「ドラマチックマーケットライド」、リリースされた当時は装飾に耳が行っていて全然正面から聴けていなかったと気づいた。終わりの方のメロディが片岡知子としか言いようがないメロディで泣いてしまった。ちゃんとアニメを観るのはODD TAXI以来かもしれない。アニメはどうも難しいのだ。折り合いがつかないことが多い。今回も4話で妹のあんこの話があったのだけど、抜けてる姉、たまこよりもしっかりした妹として描かれていたのに突然好きな男の子に出会ってしまったら部屋のクローゼットに逃げ込んでしまう描写が全く理解できずそれ以降はうわのそらでの鑑賞になってしまった。アニメに限らずこれまで、たとえば「台風クラブ」では好きな映画だな〜と思って見ていたけど最後に「これが死だ!」と飛び降りた少年を八つ墓村STYLEで死なせるその様が理解できなかったり、「ペット」観たとき大蛇が理由もなく死んだのが受け入れられなかったりしてきたことを思い出していた。これもまた大きな諦めのひとつになってしまいそうだ。

 

15日

土屋くんの話を聞いて考え方が少し変わった気がする。宇多丸さんが「北極百貨店のコンシェルジュさん」を語っていたのを目の当たりにして自分はアニメーションをどう見たらいいのかを全くわかっていなかったと反省していたのだけど、土屋くんの目線で立つとまた別の見え方ができそう、と言うことがわかった。でもまたちょっと落ち込んでいるので続きを観るのはまた今度、とした。

 

某日

ある収録のため、ヒゲの長さを整えようとバリカンを手にもちバスルームで一人きり大暴れしていたらアタッチメントの毛詰まりを改善しようとしたのち、アタッチメントがバカになっていたようでまったく一本のラインとしてまるっと刈り上げてしまった。ヒゲを全部剃ってしまうのもどうかと思い、慌てて鬼越酒井さんスタイルに変更。収録はギリ乗り越えた。